第7話:緊急事態


「よし、これで洗脳は完了かな」



 ボクの目の前には、ポッポの森に生息していた半数以上の魔物が集結していた。

 そのバリエーションは豊富とはいえない。


 ゴブリンやオーク、コボルトなどの低ランクの魔物がほとんどである。

 しかし、それでいい。


 魔物を洗脳した目的は、あくまで情報収集の中継地点としての役割。

 強さは求めていない。


 これでもう、ポッポの森の殆どがボクの『目』同然。

 魔物が殺されでもしない限り、その効果を発揮し続ける。


 そして───



『王よ、どうぞ……ご下命を』


『『『なんなりと我らをお使い下さい』』』



 魔力の波長を合わせたことで、意思疎通が可能となった。

 はっきり言って、これはかなり助かる。


 『目』としての役割としてしか期待してなかったが、意思疎通を可能としたことで、従順な諜報員が数十体も手に入った。


 これで、ボクの指示のもと勝手に情報を仕入れてくれる。

 ボクがわざわざ覗く必要がなくなったのだ。


「よし、ならば望み通り使ってやろう。お前たちはこの森のパトロールを毎日行え。普段との相違点、違和感があればすぐに知らせろ。ほんの些細なことでもかまわん」

 

『『『かしこまりました』』』


「では解散」


 ボクの言葉に、魔物たちは散り散りとなり、自分たちのテリトリーへと帰って行った。


「さて、ボクもそろそろ帰ろう」


 そろそろ朝の5時半。

 屋敷の使用人達が活動を始める時間帯だ。


 それが何を意味するのか。

 怪物ヘレナが目覚めるのだ。


 この数週間、彼女の監視によってかなり動きが制限された。


 ボクが騎士団の訓練におもむいたのには、様々な理由があった。

 主な目的は自分自身の強化だが、騎士団の情報収集を一気に進めたいというのがあった。


 来る戦いに向けて、戦力は多く確保しておかなければならない。

 仲間の選別は急務と言える。


 情報収集の要として、ボクは騎士団全ての人間に人形を仕掛けようと考えていた。

 しかし、ヘレナが観客席からずっとガン見してくるため、迂闊な行動ができなくなっていたのだ。


 なので、高速戦闘中に仕掛けたり、ヘレナの居ない時にサラッと仕掛けたりしていた。

 結果、今では屋敷のほぼ全ての人間に人形は仕掛け終えた。

 あとは、遠征に行っている父や騎士団の面々だけだ。


 ようやくここまで来たのだ。

 邪魔されるわけにはいかない。


 ヘレナの位置は人形で分かるとはいえ、彼女が動き出す前に戻った方がいいだろう。

 ボクが突然いなくなったと知ったらどうなるか……。

 考えたくもない。


 とにかく、早く帰ろう。




◇◆




 屋敷にしれっと戻ったボクは、そのまま筋トレを行う。

 終わったら汗を流して朝食に出る支度を済ませ、仮眠をとる。

 ヘレナが起こしに来てくれたタイミングで起き、朝食へ。



 遠征に出ている父を除き、家族で朝食をとる。


 母が話題を振り、それに子供たちが答えていく。

 父がいる時はかなり引き締まった内容になることが多いが、いない時は平穏そのもの。


 母は温和という言葉を擬人化したような存在だ。

 ボクも気が楽で助かる。


「ノーグ、最近かなり鍛錬に打ち込んでいるようだけど、大丈夫なのかい?」


 心配そうにそう聞いてきたのはアルス。

 ウィルゼスト家の長男だ。


「ええ、問題はありません。ボクも楽しくてやっていることですから」


「そうか……。でも、無茶は身体に良くない。休む時はしっかり休んだ方がいい」


「善処します」


 どうやら、アルスはボクの訓練を見ていたようだ。

 しかし、誰に止められたとしても、ボクはこのスタンスを止めるつもりはない。

 死にたくないからね。


「でもノーグ、貴方……クマが出ているわ。少し頑張り過ぎよ」


 鋭い指摘をしてきたのはセリア。

 綺麗な所作で食事を進めながら聞いてきた。


「好きにさせておけばいいだろう。父上も言っていたはずだ。おのが定めた道を突き進め、と。他でもないノーグがその道を選んだ。態々わざわざ俺たちが指摘する必要などないだろう」


 突き放すようなことを言いつつも、ド正論パンチを繰り出していくマルス。


 それにしても、ワイルド系の見た目なのに背筋がピンと伸びてて綺麗に食事してるの……なんかシュールだね。


「あら、マルスお兄様は今のノーグを見てそんな言葉しか出てこないのですか? 何事もバランスが重要。今のノーグには危うさがある。それを止めてあげるのも我々の務めでしょう」


「ふん、知らんな」


 アルスは困ったように苦笑い。

 マルスは我関せずといった様子で食事を進める。

 セリアは諦めたようにため息を吐く。

 

 その様子を見ていた母は優しい目をして、


「ノーグ、貴方の頑張る姿はとてもカッコイイと思うわ。でも貴方の母としては、もう少し息抜きしてもいいんじゃない、とも思うわね。最終的に決めるのはノーグだけど、ラインはしっかりと見定めるのよ?」


「はい」


 思わず、頬が上がる。


 なんだよノーグ……めっちゃ愛されてんじゃん。


 この家族は完成している。

 優しさが満ち満ちている。

 ここから闇堕ちするルートなどないのではないか……。

 ふとそう思う。



 ──『否』。



 頭の片隅にある、非情で冷徹な部分が顔を出す。


 完成しているからこそだ。

 完璧な状態を維持するのは難しいが、完璧な状態を崩すのは容易い。


 満たされたこの空間を壊すなら。

 たった一つヒビを入れてやればいい。


 そう。

 たった一つ。



 ボクは朝食を食べ終え、部屋へと戻る。



 そこで、ふと遠征に行っている父上と騎士団の様子を確認しようと、執事であるグロスの人形に魔力を送る。


 しかし───。



 繋がらない。



 何も聞こえない。

 何も見えない。

 ボクが施した付与魔法が発動しない。


 

 人形から伝わってくる唯一の情報。



 彼らの周囲に、とんでもない魔力が渦巻いている。

 それが魔力の送受信を阻害している。


 いや、もっとだ。

 強引にでも魔力を送る。


 他の人形の情報収集を一時中断。





「───こいつは」





 ボクは屋敷を飛び出した。

 身体強化で領内を駆け抜け、外壁を飛び越し、北へ走り抜ける。


 ヴァルハイル密林はウィルゼスト領のほぼ北端と言っていい。

 走り続ける体力があったとしても、丸1日は要するだろう。


 だから───。


 北西へと少し進路を変え、その先にある『ラードリア森林』の中へ突っ込んで行く。

 木に登り、忍者の如く高速で空中移動を行う。


 そこで、目的の魔物を発見する。

 イグルスという大型の鳥だ。

 

 ボクは一瞬で距離を詰め、イグルスの頭を鷲掴む。

 そして、



【ボクに従え】



 その命令が即座に刻まれ、目が紫色に輝く。

 イグルスはボクを背中に乗せると──


『ヴァルハイル密林が目的地だな?』


「ああ、最速で頼む」


『了解した』


 ──衝撃波を生むほどのトップスピードで飛び立った。



◇◆



 約一時間後。


 ヴァルハイル密林に到着し、上空から父上たちを探す。


 密林に視界の殆どは阻まれているが、1箇所だけ凄まじい魔力が渦巻いているのを感じる。


 瞬間、目の前が光に包まれ、森の一部が爆ぜた。



「……」



 侯爵家の誇る精鋭。

 第一部隊──二十名。

 第二部隊──二十名。

 魔法師団──十名。


 騎士団長──ナルガート・レイバーン。


 執事長──グロス・マーレイ。


 ウィルゼスト家当主──ガレウス・ウィルゼスト。


 総勢53名。



 立っている者は誰もいなかった。



 大地は血を吸い、どす黒い河を形成する。



 鉄の匂いが鼻を刺し、誰かが断末魔のような声を上げる。

 剣や盾は原型も保てず、無残に転がっている。




 この騒ぎの元凶は──。



 ただ一人。


 重厚かつ荘厳な甲冑かっちゅうを身に付け、巨大な剣を担いだ騎士。


 地獄の大地を踏み締め、今まさにトドメを刺さんと手に持つ大剣を掲げる。


 大剣の行き先は──ガレウス・ウィルゼスト。



 ボクはイグルスから飛び降り、身体強化を全開に。

 そこからさらに、足へ魔力を集中させる。



「吹っ飛べッ───!!」



 ボクの蹴りが騎士の側頭部を捉える。

 足を全力で振り抜くと、騎士は地面を削りながら、轟音と共に密林の中へと姿を消した。


 ボクは密林から視線を外し、倒れている父の容態を確認する。


 馬が通れるよう整備された道の脇。

 木を背にして、こう垂れている父の様子は瀕死そのもの。

 全身から血を垂れ流し、瞼を閉じている。


「息はある、か……」


 どうやら、気を失っているだけのようだ。


 しかし、浅いとはいえ袈裟懸けさがけにバッサリと切られている。

 すぐに死ぬことはないが、放っておけばいずれ……。


 ボクはすかさず回復魔法をかける。


 ハッキリ言って、ボクの回復魔法の練度はそれほど高くない。

 限られた時間の中で、ボクは何よりも情報収集を優先した。


 回復魔法の有無は生存率に直結するため、少しづつ練習はしていたが……。


 今のところ応急処置程度にしかならない。

 筋肉痛なら幾らでも治せるんだけど。


「よし。他の皆は……」


 ざっと見た感じ、重症なのは騎士団長のみ。

 おそらく、さっきの森を吹き飛ばした一撃が原因だ。

 騎士団と父上を守ったのだろう。


 ボクは素早く応急処置を済ませる。

 そして、後は駆け付けてくる人達に任せることにした。


 近づいてくる魔力の反応が多数。

 100はいる。


 おそらく、ここにいない第1部隊〜第3部隊の人達。

 拠点の防備を任されていたのだろう。

 父上か騎士団長、機転の回る人が増援を呼んでいたようだ。


 「さて、ボクは……」


 密林の中から、地面を踏みしめる音が聞こえる。


「まさかここまで上がってくるとはな……」


 本当に勘弁して欲しい。

 結論から言えば、あの騎士は教団ではない。

 だが、今の状況下で言えば教団並の脅威。



 『秘境の守護者』──ベリオン。



 『禁域』の奥地に存在する、秘境の扉を守護する者。


 原作では、コイツを倒すことで秘境への扉が開き、中の試練を受ける資格を得る。

 その試練も突破すれば『禁域』エリアが解放され、みんな大好き周回作業レベリングが始まるのだ。


 しかし、今ボクがいるのはヴァルハイル密林の南側。

 コイツの本来の守備位置を考えれば、こんなところで油を売ってていい存在ではない。


 だが、深くは考えない。

 ここは悪役の過去。

 原作にはない範囲だ。

 何が起きても不思議ではない。


 最優先は、父上や騎士団が撤退するまでの時間稼ぎ。

 残りの部隊が合流し、皆を回収するまで。



「────ッ!?」



 目の前に大剣。


 咄嗟に体勢を崩して軌道から外す。


 後に、地響きと衝撃波に身体を打たれて地面を転がる。


「いきなりだな……」


 ベリオンが大剣を叩き付けた地面は、隕石でも落ちたのかと思うほどのクレーターが存在していた。


 とにかく、この場を離れることを優先する。

 ヤツの攻撃はもはや範囲攻撃だ。

 ここで戦うと周りに影響が出かねない。


 ベリオンは大剣を引き摺りながら、威風堂々とした足取りでコチラへと迫ってくる。

 

「おい、なんでお前がここにいるんだ……? 秘境のお守りは大丈夫なのか……?」


「……」


「何故父上達を追っていた?」


「……」


 対話は不可能。

 原作と変わらない。

 

「逃がしてくれる気は……更々なさそうだな」


 とんでもない殺気。

 魔力の圧だけで精神が削られる。


 実力的には教団幹部の『ビリシオン』と同等。

 序列上位には届かずとも、下位レベルはあると見て間違いない。



「相手にとって不足なし……」



 今の実力がどの程度なのか。

 見定める絶好の機会。


 ボクは闇の中から剣を取り出し、構える。


 始まりの合図はない。


 空気の流れ。

 お互いに察する瞬間。

 

 膨大な魔力で覆われた大剣が、上段から振り下ろされる。


 膂力りょりょくの差は歴然。

 正面からは受けられない。


 ボクは父上や騎士団から離れるように回避する。


 避けるだけ。

 それだけなら問題ない。

 だが、一撃を放った後の衝撃波がボクを襲う。


「出鱈目すぎだろ────ッ!?」


 咄嗟の判断で、防御魔法シールドを10枚は重ねがけで構築。



 次の瞬間、ボクは宙を舞っていた。



 視界の端に、大剣を振り抜いた姿のベリオンが映る。

 防御魔法シールドは全壊。

 


 ベリオンが凄まじいスピードで飛び上がってくる。

 巨躯に反したスピード。


 だが見えてる。

 次は振り下ろし。


 剣に魔力を込め、大剣の間に割り込ませる。

 剣と大剣がぶつかり合い、ボクの身体は地面へと急降下。


 叩きつけられる直前、地面に魔力を放出して加速を止める。

 すぐに足で着地し、前方に転がり込む。


 次の瞬間には、ベリオンの大剣が地面を殴りつけていた。


 また衝撃波。

 しかし、今度は防御魔法シールドで防ぐ。


「仕切り直しだ」


 ボクはベリオンの一挙手一投足を観察する。

 そこから、勝利までの道筋を演算。


 コイツの強さは圧倒的なステータス値だ。

 腕力、素早さ、技術、感覚。

 あらゆるパラメーターが飛び抜けている。


 集中しろ。

 感覚を研ぎ澄ませ。

 適応するんだ。


 ベリオンの姿が視界から消える。

 背後から強烈な殺気。


 横薙ぎに振るわれる大剣。

 ボクはしゃがんで躱し、大剣を持つ右腕を狙う。


 ここで闇魔法を使用。


 影から手を伸ばし拘束する魔法──【縛鎖バインド

 動きを遅くさせる魔法──【減速スロウ

 物体を劣化させる魔法──【腐敗カラプス


 いける。


 そう思った瞬間──。

 構築した魔法が霧散した。


「───っ」


 魔力が散らされた。

 いや、掻き消された。


 ベリオンの身体は、とんでもない魔力で覆われている。

 こっちの魔法が干渉できないほどの魔力制御で守っていた。


 ボクの剣が、ベリオンの鎧に弾かれる。

 断ち切れない。


 攻撃の失敗。

 それは致命的な隙。


 ベリオンの巨大な手で頭を掴まれる。



 気づけば、後頭部に激しい痛みが走っていた。


 空が見える。

 頭が真っ白になる。

 耳が遠い。

 

 ボクは地面に叩きつけられていた。


 その事実を認識した時には、ベリオンは大剣を掲げていた。

 トドメを刺そうと。



 まさに絶体絶命。

 絶望的。

 強い。


 色褪せる世界。

 音が無くなって、全てがゆっくりに感じる。



 こんな状況なのに。


 何でかな……。



 とても、



 ────楽しい。




 感覚に従い、身体が勝手に動く。

 

 身体強化に全力を注ぎ、振り下ろされる大剣の間合いの内側へ───。

 流れるままに、右拳をベリオンの腹に叩き込む。


 ベリオンは地に足を着けたまま、地表をめくり、後方に吹き飛んでいく。


「……なるほど、分身体か」


 ボクが右拳を叩き込んだ箇所。

 鎧は砕けていない。

 だが、ポッカリと穴が空いていた。


 魔力が綻び、粒子状になっては霧散していく。

 ベリオンの鎧含めた全てが、魔力で編まれた偽物。

 複製の精巧さ、制御が完璧で、初見では気づかなかった。


 そう、だ。

 この能力は、原作では使われていない。


 驚きはない。

 そんな状況がいつか来るかもしれないと、頭の片隅にはあった。


 むしろ、ヤツが分身であることに納得している自分がいる。


 ボクがまだ生きていること。

 父上たちに死傷者がいないこと。


 ベリオンが本体だった場合、死傷者が出てもおかしくない。

 いや、全滅していないことの方がおかしいのだ。


 状況を整理できたことで、少し余裕が生まれる。


 ここからは肉弾戦。

 下手な小細工はなしだ。


「さぁ、第2ラウンドと行こう」


 ボクが構えると、ベリオンも構える。


 まさに今、お互いの全てがぶつかり合わんとするその時───。


 背後から、禍々しく強大な魔力が突き刺さった。

 振り返った先、ボクの瞳が映したのは……。





「っ……ヘレ、ナ?」





 ボクの思考が止まる。


 何故……?

 どうして……?

 どうやって……?


 そんな疑問が頭を過ぎる。


 彼女はゆっくりとした足取りで、ベリオンに近づいて行く。


「……だめ、だめ、だめ」


 うわ言のようにそう口にするヘレナ。


 嫌な予感しかしない。


 それを裏付けるかのように、唯一見える彼女の左眼には、六芒星の紋様が浮かんでいた。


 そんな彼女を危険と判断したのか、ベリオンは大剣に風を纏わせ振り下ろした。

 竜巻がうねり、地表を抉り、ヘレナを呑み込まんとする。


 瞬間、ヘレナの瞳が煌めいた。


 竜巻は存在しなかったかのように姿を消し、ヘレナはを進める。


 確定だ。

 今の竜巻は風の魔法。

 それをかき消したということは……。



 ───ヘレナは魔眼を覚醒させた。

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