第24話 暴食の王


「グオオオオオオオオ…!」

「ギィイイイイイイイイ…!」


巨大化した吸血鬼と玖狼の呼び出したベヒーモスという巨大な悪魔が対峙する。


ベヒーモスは敵を認識すると近くの鉄骨を掴み、巨大吸血鬼に叩きつけた。

吸血鬼はそれを真正面から受け止める。

骨の砕ける嫌な音がした。

鉄骨が吸血鬼の頭にめり込んでいた。

吸血鬼が痛みに雄叫びをあげる。

「グァアアアアアアアア」

轟音と共に地面に亀裂が走った。

震動に足をすくわれ、環は膝をつきそうになる。


次の瞬間、吸血鬼がベヒーモスを持ち上げ、積まれた木材へ叩きつけた。

爆発のように木屑が舞い上がり、視界が土埃で覆われる。


その中から、獣の咆哮と共に、再びベヒーモスが立ち上がった。

2体の怪物はお互いを殴りつけたり、頭突したり、蹴飛ばしたりして取っ組み合いをした。

そのたびに周囲の建物が破壊されていく。


「め、めちゃくちゃだ…」

環はその光景に少し引いていた。

「…ここにいると巻き込まれそうだ。後ろへ下がろう」

環とノエルは急いで距離をとった。


玖狼の近くまで来たところで、

「あ、あいつらやばすぎじゃない…?

明日のニュースになっちゃうよ」

と声をかけ、周囲の荒れっぷりを見渡した。

「まあ、後始末は上が何とかしてくれるだろ…」

玖狼は目を逸らしながら答えた。


そうしている間にも、

ベヒーモスが巨大吸血鬼の首元に噛みついた。

そして頭を左右に振り、肉を引きちぎろうとする。

骨が砕ける嫌な音と共に、肉片が飛び散る。

鉄骨に張り付いた赤黒い塊がじわりと滑り落ちるのを見て、環は思わず声を詰まらせた。

「ひっ……!」

隣でノエルが顔をしかめる。

「これ以上見ないほうがいい…」

ノエルは自分のコートを持ち上げて、環の顔を隠した。


ベヒーモスはなおも荒れ狂う。

雄叫びを上げながら、敵の腕を噛み砕く。

再生しかけた肉がうねるが、喰われた部分は再生できないようだった。

「アアアアアア――!!」

吸血鬼の絶叫が夜に響き渡る。


骨のみしみしと軋む音、肉を食い散らかす音が聞こえた。

ベヒーモスは肉を喰らい、血を啜り、最後には頭部まで丸呑みにした。


――巨大吸血鬼は跡形もなく消えた。


「お、終わった…?」

ノエルのコートから環は顔をのぞかせた。


資材置き場には鉄骨と木材の山が崩れ落ち、血と肉の匂いだけが濃く漂う。



環は震えながら口を押さえた。

辺りは肉片や赤黒い血液でドロドロだった。

助かったはずなのに、恐怖で身がすくんでいる。

――目の前で繰り広げられたのは、一方的な殺戮だった。


ベヒーモスの、獲物を失った赤い瞳がこちらを捉える。


―――ギィイイイイイイ


不快な鳴き声と共に蹄が地面を砕き、環たちの方へと向かってこようとした。


「……ッ!」

3人に一斉に緊張が走った。

ノエルの腕が、環の肩を強く握った。


その時、玖狼が叫んだ。

「させるかよ……!」

そして、呪文を詠唱する。

「四方の王の御名において、汝の速やかなる退去を命じる!

鎖に縛られ、円環へ還れッ!」


その瞬間、

ベヒーモスの身体が灼けるように光り、その足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

そして、魔法陣から太くて黒い鎖が伸びてくる。

その鎖はベヒーモスを絡め取った。

鎖は幾重にも重なり、怪物を拘束する。

暴れるたびに赤黒い火花を散らした。

「ガアアアアアアァァァッ!!」

瘴気が夜空を覆い、資材置き場全体が震える。


巨獣は抵抗しながらも、光の渦へと引きずり込まれていく。


「ギィイイイイイイイイ…!」


最後の咆哮を残し、蟻地獄に吸い込まれるようにように、魔法陣へと沈んでいった。

血液や肉片、瘴気も鎖も、光も影も――すべてが跡形もなく掻き消える。

直後に訪れたのは、不気味なほどの静寂。


―――カラン……


転がり落ちた鉄骨の一本が地面に当たる音だけが、余韻のように響いた。




玖狼は荒く息を吐き、膝に手をついて立ち上がった。

足元にはアモンが控えていたが、「もう帰っていいぞ」と玖狼が言うと、静かに魔法陣へと消えていった。


「い、今の……私たちにも襲いかかろうとしてたよね?!」

環の声が震える。

玖狼は疲れた顔で笑い、肩をすくめた。

「ん?ああ、あいつは……話の通じるようなやつじゃねえんだよ」

ノエルが鋭く細めた目で玖狼を射抜く。

「つまり、一歩間違えば僕らも喰われていたわけか」

「…さあな」

玖狼はニヤリと笑い、ごまかした。

環は玖狼に問いかけた。

「あの吸血鬼、今度こそ死んだんだよね…?」

「死んでなくても永遠にベヒーモスの腹からは出られねえよ」

環は複雑そうな顔をした。

それは、死ぬよりも辛い苦痛と恐怖を伴うだろう。



「それより」

玖狼はノエルを顎で指した。

「このヘタレ野郎に言いたいことあるんだろ。

俺はちょっと休んでるから、その間に話つけとけ」

そう言って、環の肩をぽん、と軽く叩くと、資材置き場の陰に消えていった。

心なしか玖狼の顔色が悪かったような気がする。




資材置き場は静まり返り、暗闇に包まれていた。

その場には、環とノエルだけが残された。


環はノエルに向かって一歩踏み出した。

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