第23話 予期せぬ戦い

オオオオオオオオ…


腹の底にビリビリと響くような咆哮。

3階建てのビルに匹敵する巨体。

――もはや吸血鬼というより「怪獣」だった。


「チッ……バイオハザードのラスボスかよ」

玖狼が毒づく。


ノエルの顔も険しくなる。

「力を取り込んだとは言え、あんなに巨大化したのは見たことがない…

やつが飲んでいた錠剤に何かあるのか」


環は言葉を失い、ただその異形を見上げていた。

怪物は、大地を揺るがすほどの一歩を踏み出した。


そして、咆哮した。

3人の拳頭上から、巨大な拳が降ってきた。


「避けろ!!」

玖狼が叫ぶ。

3人が一斉に飛び退き、ぎりぎりのところでかわした。


――――ズウン!!ガラガラガラ


同時にものすごい地響きがして、環は思わずよろける。

コンクリートの地面が割れて陥没していた。


「嘘でしょ…」

環はそれを見て呆然と呟く。


玖狼はノエルを見て、早口に言った。

「3分稼げ!お前なら出来るだろ?

俺はあいつに対抗できる、でかいやつを喚ぶ!」

玖狼の声は切迫していた。


「簡単に言ってくれるね」

ノエルは、短くため息をついた。

そして冷たく笑いながら玖狼を見る。

「僕は君を裏切るかもしれないよ」

「そんなことしたらあいつも死ぬぞ」

玖狼は親指で環を指し示す。

ノエルは環に目を向け、ゆるりと首を振った。

「…それは嫌だなあ」



瓦礫が飛び散る中、玖狼は怪物から距離を取り、片膝をつく。

地面に、白っぽい石でガリガリと魔法陣のようなものを描き始めた。




「やるしかないね」

ノエルはふっと笑い、大鎌を構える。

そして怪物を見据えたまま、環に声を掛ける。

「環ちゃんは後ろに下がって!

あの男の側にいたほうが安全だ」



そう言うとノエルは怪物に向かって跳躍した。

そのまま大鎌で怪物の左肩から右脇腹までを一気に切り裂く。


怪物が断末魔の叫び声を上げた。

巨大な手でノエル掴もうとするが、彼はそれをひらりとかわした。


すごい。あんな途方もない大きさの化け物と渡り合っている。


もしあそこに環が参戦したとしても、足手纏いにしかならないだろう。

(また、何もできない…)

唇を噛み締めた。


不意に後ろの玖狼から声がかかる。

「たま!これ持っとけ!」

銀製のナイフを投げて渡される。

「危なっ!」

環は取り落としそうになりながらも受け止める。

「いいか。俺は今からめちゃくちゃ集中するから、お前が俺を守れ」

「はあ?!」

「頼りにしてるぞ」



そう言って、にやっと笑うと、書き上がった魔法陣の上に立ち、低い声で呪文のようなものを唱え始めた。


環は、ナイフの柄を両手でぎゅっと握った。

(信じてくれてるんだ…)


もう一度怪物の方へ視線をやると、ノエルが怪物の腕や肩を駆け上り、攻撃を続けていた。

切り刻まれた怪物の肉片が、

べしゃべしゃと地面に落ちていく。


――すると、

落ちた肉片たちが蠢き始めた。


それらはひとりでに寄せ集まり、ぐにゃぐにゃと人の形を取った。

環と玖狼の方へ近づいてくる。


ざっと10体はいるだろうか。

動きは速くないが、結構な量だし、何よりどろどろとした見た目が気持ち悪い。

「ううううう…!」

なるべく近寄りたくなかったが、無防備な玖狼の方へ行かせるわけにもいかない。

すぐ近くの人型にハイキックを食らわせて吹っ飛ばし、その隣のやつには玖狼から受け取ったナイフを脳天に突き刺した。

キックで吹き飛ばした方はすぐに起き上がってきたが、ナイフで差した方はどろりと溶けたあと、塵となって消えていった。



ナイフを刺せば、環でも倒せそうだ。

3体、5体と人型にナイフを突き刺していく。


―――あと少し!


そう思った瞬間、

人型が背後に迫っていた。


しかし、

ぼおっ、という音とともにそれは炎に包まれた。

玖狼が呼び出したアモンが助けてくれたようだ。

アモンと目が合う。

「あ、ありがと…」

伝わっているのかはわからないが、アモンはその言葉を聞くと次の獲物に向かって駆け出した。


環とアモンは近くの敵をさらに削っていった。

そして、最後の一体の胸元にナイフを突き刺した。


「も、もういないよね…?」

周囲を見渡した後、環はノエルの方へ目を向けた。


ノエルはひとりで怪物の相手を引き受け、かなり消耗しているようだ。


怪物からズルリと触手のようなものが伸びる。

ノエルがそれに足を絡め取られた。

「…くっ」

怪物がノエルを叩き潰そうと腕を振り上げる。



環は咄嗟に血の鎖を伸ばし、怪物の腕を絡め取る。

だが怪物は咆哮と共に暴れ、鎖が悲鳴のように軋んだ。


「…!」

環は必死に歯を食いしばる。


しかし、鎖に繋がった環の体は、怪物が腕を薙ぎ払っただけで軽く弾き飛ばされた。


「―――かはっ」


ビルの壁に強かに背中を打ち付けた。


ノエルがその隙を突き、怪物の腕を刃で切り落とした。

血飛沫が散り、怪物が唸り声を上げるが、致命傷には程遠い。


怪物が環に狙いを変える。


「環ちゃん…!」

ノエルが環に覆いかぶさる。


(やられる…!)



――その瞬間、背後で光が弾けた。


玖狼の声が明瞭に聞こえた。


「我は求め、命じる――。

暴食の王よ。大地を揺るがす獣よ。

契約の鎖に従い、顕現せよ。


El、Adonai、Elohim、そしてTetragrammatonの御名において。

四大元素を震わせし力をもって。

我が敵を喰らい尽くせ。


来たれ――ベヒーモス!」



地面に描かれた魔法陣が真紅に輝き、黒い瘴気が辺りを覆った。

その中で赤い目玉がギョロリと光った。

亀裂が走り、赤紫色の稲妻が弾ける。

そこから這い出したのは――。


「ギィイイイイイイイイイイイイイイイ…!」


環は思わず耳を塞いだ。

獣の断末魔とガラスを爪で引っ掻いたのが合わさったような不快な雄叫び。

筋肉の塊のような巨躯。

頭部は牛ともサイともつかぬ異形で、ねじれた二本の角を天にそそり立っていた。

吐き出す息は瘴気となり、資材置き場の木材を黒く腐食させていく。

握り拳ほどの牙が並んだ口から涎を垂らし、獲物を探すように目を光らせた。


環は思わず後ずさった。その姿を見ただけで、全身に震えが走った。



玖狼は、怪物と化した吸血鬼を指し示した。

「ベヒーモス!あのデカブツが獲物だ!全部喰っていいぞ!」


ベヒーモス、と呼ばれた悪魔は不気味に笑った。


そして、次の瞬間、巨大な怪物同士が衝突した。

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