第20話  ヒトの心、わたしの心 ⑨

それは、飛んできた。

ご丁寧にお供に蜻蛉のおかわりを引き連れて。


黒くテカテカした甲殻を纏う。


丸みを帯びたフォルム。


何だ、これ?


「多分、スカラベみたいな甲虫」



うわぁ!


いきなり、わたしの横にヒメカ。

片手には…ほんのり甘いシナモンとりんごの香り…


「ホットアップルパイ。食べる?」


食べません。



今は。


食料補充は忘れないのね、この娘。


甲虫…

何か硬そう。


「スカラベ。別目フンコロガシ。古代エジプトでは太陽を象徴する縁起物」


ふ、ふ〜ん…

この娘、いつから虫博士に…


そ、それなら大した特殊能力もなさそう?


甲虫は、オハンに護られた船舶に向かって体当たりをする。

でも、オハンのバリアフィールドを突き破る事は出来ない。


「甲虫の突撃は…痛い。エリィちゃんも経験あるでしょ?サマーランドの田舎ベースでおでこにカナブンが直撃した記憶が」


ないわよ、そんなもの。

虫にぶつかられるくらい、鈍臭いの?この娘?

だが、ヒメカだから…と思うと妙に納得。


「よし!今のうちにやっつけよう!アリス!甲虫にカノン砲の照準を!」

「畏まりました」


数秒後…


カノン砲、発射!!


放たれるカノン砲!


高エネルギーの束が甲虫を捕らえる。



やった!


え、えええええええええっ!!



わたしは目を疑った。


カノン砲のエネルギーを甲虫の甲殻が、は、弾いてる。

カノン砲のエネルギーは四散して消滅してしまった。

ま、まぁ、弾かれた分でも取り巻きはやっつけてるけど。


「甲虫の甲殻は、堅い」


ハイハイ。

というか、これは堅いとかそういう問題じゃないでしょ!


唐突に、甲虫は周囲を飛んでいる、羽虫や蜂を捕まえて…


ムシャムシャ食べ始める…


いつ見ても、キモい。


現状、打つ手が思いつかないので様子を伺うしかない。


「…ウソでしょ?」


なんと、ある程度食べたところで、甲虫の体がムクムクと大きくなり、おまけに角と何か大きな鋏?顎?みたいなのが生えてきた。


「カブトムシの角とクワガタの大顎。甲虫の強いところ集めました。みたいな蟲ね」


珍しくまともな感想。

アップルパイ食べてるけど。


でも、あんな角で体当たりされたり、大顎で挟まれたら、とんでもない事になりそう…


アンスウェラーは…

駄目だ、蜻蛉の対処してる。


現状、試してない武器はミサイルだけど、カノン砲効かないなら、多分ミサイルも駄目そう。


幸い、例の船舶にターゲットを向けてるのか突撃したり、大顎で挟んだりしているけど、オハンのバリアフィールドが阻んでる。


「アリス」


唐突に麗玲さん。


「オハンのバリアフィールドは内側からの攻撃も弾くと言っていたな?面展開しても表裏の強度は同じだな?」



な、何のこと?


「はい。中佐の仰る通りです」


「先ずは由。なら、試したいことがある。お嬢ちゃん、良いな?」


はい!

是非っ!


「お願いします。孫中佐」


いったい、何をしようと言うのだろう…



「先ず、オハンをあの船舶から外す。イルダーナで保護する様に、ベタ付けしろ。どうせ、戦闘の後保護するんだ近いに越したことはない」


麗玲さんの指示通り船舶にイルダーナを近付ける先生。

ほ、ホントにビタ付…

しかもキチンと対空砲火とかに巻き込まない位置に着けてる。

少し、自慢気にしてるわね。


「由。甲虫が体当たりの為、距離を取ったら一応ミサイルで牽制する。万が一倒せたらラッキーだからな」


た、確かに。

ものは試し、ね。

勝手に効かないとか決めつけない方がいいわ。うん。


体当たりの為、距離を取る甲虫。


「ミサイル!」


わたしの掛け声でミサイルが発射される。


着弾、爆発!


「やった!」


つい、声を出してしまう、わたし。


爆炎が晴れると…


。。

。。。



ムシャムシャと羽虫を食べる甲虫がそこには居ました。

勿論、無傷でテカテカしてるわ…



デスヨネ…


「由!オハンを面展開!丁度、エサ喰ってる間に左右から挟み込め!」


え?


バリアで蟲を挟む?

どゆこと?


「孫中佐、オハンにはその様な使用用途は…」


アリスも困惑してる。


「いいからやれ!」


わたしが頷くと、アリスは麗玲さんの言う通りにオハンに指示を出す。


三角形にバリアフィールドを面展開をしたオハンが、左右から甲虫をサンドする。



ギギギ、ギギギ、ギギギ


甲虫は思いっきり挟まれて、移動するための羽や大顎を動かそうとしても動かせない状態になっている。


どどど、どーゆうこと?


「由!予想通りだ!そのまま、向かって左側を奥に、右側を手前に回転させながら捻じるように押し潰していけ!」



え?

え?

え?


捻りながら、潰す?

そんな事、出来るの??


「ミサイルの照準を合わせておけ。ミサイルは効果がある。ヤツが羽虫を喰っていたのが良い証拠だ」


あっ、共食い再生!


「それに、往々にして、ビーム等のエネルギー兵器に耐性があるヤツは、実弾の兵装に弱いもんだ」


な、成る程。

覚えておこう。


って、もしかして麗玲さん。

わたしにレクチャーしてる?

うん。

そう捉えておこう。


その間も、擬音で表現するのもちょっと難しい音でのオハンと甲虫の攻防は続いている。


だんだん、甲虫のカタチがおかしくなってきた。

文字通り、捻りながら押し潰されて来ている。


そして、ついに…



ブシャァァァァ


蟲が真ん中から裂けた。


「ミサイル!!」


発射されるミサイル。

着弾直前でオハンはエネルギーフィールドを解除し散開。


着弾、爆発。


晴れる、爆炎。


そこには…


「やった!やっつけた!!」


甲虫の影はなかった。

甲虫をやっつける頃には残りの蜻蛉もアンスウェラーが撃破。

他のザコムシ達は退散していったわ!





「マニュアルにない用途…理解不能。マニュアルにない用途…理解不能。マニュアルにない用途…理解不能…マニュアルに…」


アリスちゃん…

マニュアルにない用途、理解不能って繰り返してる。

気持ちは、分かる。

ぶっちゃけ、わたしも何が起こったかよくわかっていない。


「攻撃は最大の防御。逆もまた然り」


え?


「最大の防壁も使い方を少し考えれば武器にも使える」


な、成る程。

でも、サンドイッチして捩じ切るなんて1ミリも思いつかないわよ!


「このオハンは使い方によっては戦略の幅が大幅に増える」


そ、そうなんだ。


「道具というのは使い方は幾つもあるのが普通だ。極端な例を挙げれば鉛筆だ。普通は字を書くための道具だが、使い方によっては人を殺せる」


た、例えが極端過ぎる…

でも、言ってる事、言いたい事は分かる。



麗玲さん、何処となく愉しそう。

この人は、こういう風に作戦とかを考えるのが本当に好きな人なんだろうな…

それを、あんな…


「エリィシアさん。あの船舶はどうするの?自律航行が出来ない様よ?」


状況を見ていたナギサ先生が例の船舶について聞いてくる。


「アリス。あの船舶は収容できる?」


「マニュアルにない用途、理解不能………はい。ございます。モニターに映します」


アリス。

ショックなのね。

きっと、AIの彼女には『複数の使い道』というのがなかなか理解できないのね。


アリスがモニターに映した場所は、先生がビタ着けした場所のすぐ近くだわ。


でも、自律航行できないのよね。

あんな、大きなものどうやって動かせば。


「チッ…お嬢ちゃん。オマエは少し図形の勉強をしろ。点6個でどんなカタチを作れるか遊びながらやってみろ」


何か、麗玲さん。ご機嫌。

でも、図形の勉強?なんでだろう…


どちらかと言えば…

苦手…


「アリス。オハンをL字型に配置してエネルギーフィールドを展開しろ」


何々?今度は何?


「マニュアルにない用途、理解不能…理解不能…」


「いいから言われた通りやれ」


アリスちゃん…壊れた?


麗玲さんの言う様に、オハンを配置してエネルギーフィールドを展開する。


「座椅子の様なカタチになっただろう?2つの面でその船舶を支え艦内に収容するんだな」




!?


!?!?!?


め、


目からウロコとはこの事!


す、凄い!

本当に戦闘以外でも、色々な使い方がっ!


「船舶、収納完了…オハンのマニュアルにない用途…一部学習完了…」


あ、さすがスーパーAI。

キチンと学習もできるのね。


さて。


わたしの心は今、ここ数日内で、一番晴れやかです。


何故なら、です。


さあっ!

中の人を救護に行こう!!



こうして、救出出来た、所属不明の船舶。

果たして、どの様な出会いが待っているんだろう…

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