第17話 二ヶ月前、母の狂う過程2
祖母の家は東京から離れた山梨のはずれにあり、予め父から連絡をもらっていたのか祖母は快くアヤナを迎え入れてくれた。
祖母と会うのは実に二年ぶりだった。高校入学してから友人との関係が楽しく、毎年家族で帰省していた祖母の家もその年だけはアヤナは行かなかったのだ。
こんな形とはいえ、久々に祖母その日の夜は久しぶりに祖母と二人で会えなかった期間を埋めるように近況を話した。
といってもアヤナが一方的に話、祖母が笑顔で頷くだけだった。家での光景が嘘なのではないかと思えるほどに。
「あやちゃん、今日の夜にでも帰るのかい?」
朝食を食べている時だった。
実家を出て一ヶ月ほど経った頃。学校には入院していることを伝えて休んでいる。父からの連絡は一向にない。
時刻はすでに九時を過ぎており、普段の生活から考えればだいぶ遅い朝食だった。祖母はすでに洗濯や家事を一通り済ませており祖母に起こされてようやく食事を始めた矢先に突然そんな事を言われた。
「おばあちゃん何言ってるの、帰るなら事前に言うし、しばらくいるつもりだよ。」
「そうよねぇ、でもねぇ朝から電話がかかってくるのよ好美さん、『お母さん』から、でもケンジからは自宅と好美さんからの電話は絶対に出るなと聞いていてね。」
祖母の家の電話機が突然鳴り響いた。
「ほら、また……」
「おばあちゃん、出ちゃダメ!」
アヤナの悲鳴のような制止に祖母はただ事ではない事を悟り、受話器に手を伸ばしかけたが止める。
電話機は止まらず狂ったように鳴り響く。出るまでずっとかけ続けるだろう。
アヤナは頭を抱えてうずくまった。母の狂気がすぐそこまで迫っているようだった。
祖母はアヤナの姿を一瞥し電話機に近づきを本線のコードを引き抜いた。電話が鳴り止んだ。
「あやちゃん、おばあちゃんに説明してくれる?」
アヤナは顔をあげて祖母顔をみた、暖かい柔和な笑みがそこにあった。
それから祖母はアヤナにホットミルクとブランケットを渡した。
祖母の入れてくれたホットミルクで一息つき、大分錯乱していた思考が落ち着いた。
「実はね」
母がおかしくなったこと。血まみれのキッチン。父に言われて祖母の家に避難してきたこと。父が母を止めるために動いていること。アヤナの胸の中で詰まっていたものを全て祖母に吐き出した。
いずれは話さなければならないことではあった、しかし祖母にはできる限り巻き込みたくはなかったからなのか話すことを先延ばしにしてしまった。
「なるほどね、ケンジが通りで好美さんからあやちゃんを隠したがる訳がわかったよ。あやちゃん、一旦東京に戻りなさい、多分好美さん、今の電話であやちゃんがおばあちゃんの家にいる事が分かったかもしれない」
「でも、それじゃあおばあちゃんはどうするの?」
肩にかけてあったブランケットが落ちる、アヤナはすがるように祖母の服の袖をつかんだ。
「おばあちゃんは大丈夫よ。」
「ヤダよ、おばあちゃんも私と一緒に行こうよ。」
「おばあちゃんは、大丈夫だよ。年寄りは突然知らない土地に行くとボケるからねぇ。ここに残るよ。アヤナのおじいちゃんのお墓もあるしね。」
祖母はそう言って視線を仏壇に向けた。
「あやちゃん、きっとみんな大丈夫だよ。全部落ち着いたらまた家族三人でおいで、あやちゃんの大好きなものたくさん作って待ってるから。ね?」
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