第16話 二ヶ月前、母の狂う過程
二〇二四年六月二〇日 一時三五分
コンコンと部屋をたたく音がしたのでアヤナは目を覚ました。目覚まし時計をみるとまだ深夜の一時半を過ぎた頃だ。こんな時間に起こすなんてと眉を寄せた。
のそのそと起き上がり、部屋のドアを開けた。
目の前にいたのは深夜なのに額に玉のような汗をかいた父が息を切らしながら立っていた。ビニール手袋をしてマスクもしている。一瞬誰なのか分からなくて息が詰まった。
「遅くに悪い、少し下で話せないか?」
「ちょっと、今何時だと思ってるの?明日じゃだめなの?」
アヤナは不機嫌に答えた、しかし父はその質問には答えず。
「時間がない、今すぐ荷物をまとめて下に降りてこい、いいか静かにだぞ。」
父は理由も説明せず言いたいことを言い、そのまま下の階に降りて行った。
父は普段こうしろ、ああしろと口うるさく言うタイプの人間ではない。いい意味で放任主義であった。かと言って決して仲が悪いわけではなく、進路の話など家族で話せるくらいには仲がよかった。
おそらく最近の母の奇行のことだろう。深夜に何が起こったのか分からない。だか「荷物をまとめろ」という言葉はどういう意味なのだろうか、まるで何かから逃げる準備のようだ。
アヤナはとりあえず一階に降りようと部屋から出る。階段を下ろうと足を踏み出した時強い臭いが鼻の奥を突いた。
「うっ……なに?この臭い」
アヤナはとてもじゃないが息ができないと思い、鼻と口をふさぐ。それでも臭いを完全に防げないので走って階段をおり、一階の洗面所に駆け込む。洗面台の隣にタオルなどの洗面道具が収納してあるため、新しい厚めのタオルを持って顔の半分を塞ぎようやく鼻が臭いになれた。
「ちょっと台所で何をやってるの。臭いがひどいんだけど」
はじめ、父の姿がダイニングスペースから見えなかったが、キッチンからゆっくり父が起き上がり姿を見せた。
「アヤナか、やっと降りてきたか、荷物はどうした。」
「理由も聞いてないのに準備なんてできるわけないよ。一体何があったの。またお母さんが何かしたの」
「理由か、正直知らせたくなかったんだけどな、こうなってしまったら仕方ないこっちにきてみろ。」
父が私をキッチンへ手招きする。アヤナは不機嫌な表情をしながらも父の方へ足を進める。
「何がある、」
何があるの?と言いかけた時、床が異様に粘り気があるのを感じアヤナは慌てて片足を上げた。
足の裏は真っ赤というわけではないがところどころ赤い何かが付着していた。鼻を近づけると先ほどむせかえるような臭いを強く感じた。
「血?」
父は黙ってアヤナを見ている。表情はどこまでも固くいかに危機が迫っていることを物語っていた。
アヤナは重い足取りでキッチンに到着する。
そこで目にしたのはあたり一面に夥しい量の飛び散った血液と想像したくない赤い塊がそこかしこに散らばっており、それを父がバケツや雑巾で清掃をしている途中だった。
「お父さん、何をしてるの?」
アヤナは目の前の信じられない光景に対して様々なことを連想してしまい目が回りそうだった。
父が人殺し
いや、母がやったのか?でもそれを父がなぜ隠蔽しようとしてるの?
これからどうなるの?学校は?私達家族は?
「アヤナ!!」
父が声は小さいが強い言葉であやなの名前を呼んだ。様々な妄想が脳内を駆け巡っていたため今まで父が自分の名前を呼んでいることに気がつくことができなかった。
「いいかいアヤナは何も心配しなくていいんだ、父さんが必ず何とかする。とりあえずお婆ちゃんの家に行ってなさい。しばらくこの家には帰ってきちゃいけない。」
アヤナはただ大きく頷く、正気に戻ったことで体が震え出し、言葉が出なくなっていた。
「……わかった。お父さんはどうするの?」
「俺は朝一で病院行ってくる。もしかしたらお母さんものことを助けることができるかもしれない。さあ早く部屋に戻って準備しなさい。」
そう言って父は私の背中を押してくれた。
アヤナは自分の荷物を手早く纏めて、深夜のうちに家を出た。
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