第2話「3人目のヴァンパイア」
2
まさに安全の保証されていない絶叫アトラクションに乗る感覚。
生きた心地がしなかった。
私は今、担がれた状態でホテルの高層階から落下していた。
完全に死んだと思った。
しかし思ったよりすぐ落下は終わりを告げた。私を担いでいた彼はただ隣のビルに飛び移っただけだった。
助かったのか……。
恐怖で目を瞑っていたので正確な高さはわからないけど、それでも結構な高さはあったように思う。人を一人担いでこの高さを飛び移れる時点で少なくとも常人ではない。というかそもそも常人であればこの高さからビルを飛び移ろうなどとは–––
そんなことを考えていたのも束の間、今度は勢いよくまるで上空へ射出されるかのように飛び上がる。
そしてその後、上に飛び上がった分当然再び下へ落下する。その一連の流れを何度も繰り返す。
ジェットコースターやフリーフォール系の絶叫アトラクションは得意ではないけど、乗れなくはない。落下するときの内臓だけが宙に取り残されるようなあの感覚は苦手だけど、安全は保証されている。安全が保証されている状況で感じるスリルは少し気持ちがいい。
しかし今は違う。
安全は保証されていない。
この人が手を離したら?足を滑らせたら?
到底スリルを味わう余裕はなかった。つい先ほど多少なりともこの男の力になりたいと思った気持ちを返してほしい。
半ば気絶したように一心不乱に男にしがみついていると、その男に声をかけられた。
「おい、いつまで担がれてんだ。いいかげん自分で歩けよ」
その声でようやく意識を取り戻したかのように目を開く。どうやら無事に地上に降りられたようだ。
死ぬかと思った。
再び自分の足で地面に立てた事に安堵する日が来ようとは。大地に感謝。
降り立ったのは街の近くにある自然公園の中の遊歩道だった。
「しばらく家には帰れないと思え」
男の声は最初の頃よりかは幾分か優しい雰囲気を纏っていたが、それでもまだ冷たく聞こえた。
これから男の所属する組織のアジトに向かうらしい。拒否権はないと言われた以上従うしかない。従わなければどんなことをされるか……。
「通報されても厄介だ。一緒に住んでいる人がいるなら今のうちに連絡しておけ。ただし俺たちのことは話すなよ」
そう言われて、ようやくこれからのことが自分ごととして実感できた気がする。そうか、しばらく家には帰れないのか。
「また落ち着いたら家に帰る時間は作ってやる」
私の不安を察してか、男が優しく言う。
「あんたはもう、売り飛ばされる商品じゃない。できれば俺たちの仲間として迎え入れたいからな。だからもう、無理やり眠らせて連れていくなんて真似はさせないでくれ」
彼の目が少し優しくなったと感じたのはこれが理由だったようだ。
仲間……。急なことでその言葉をうまく飲み込むことができない。
「そういえば名乗ってなかったな」
そう言いながら男がこちらに体を向ける。
「俺はヴァン。適当に呼びやすいように呼んでくれ」
男はそう名乗った。
「アジトに着いたら他の仲間も紹介する。アジトまではここから少し距離がある」
ヴァンはそう言いながらポケットから端末を取り出す。
「今から迎えを呼ぶ。その間に連絡を済ませておけ」
そう言って端末を耳に当てながら、離れていく。
私が家族に連絡するために配慮したのだろうか。
とりあえず、この状況をどう説明するべきか考えをまとめることにしよう。
そう思って、周りを見回す。風に揺れる木々のざわめきが妙に不気味に感じる。すでに空は黒く染まっていて、赤い三日月が浮かんでいる。
やけに静かだ。
そう思った次の瞬間、突然男の声が耳に触れる。
「お迎えに上がりましたよ。お姫様」
私は驚いて飛び上がった。声も出なかった。
「伏せろ!!」
すぐさま遠くでヴァンが叫ぶ。それと同時に銃声が二つ。私は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。
ヴァンが急いで駆け寄ってきて、私の前に立ち銃を構える。
その銃の先には昼間頭を打たれて死んだと思っていた、あの青い髪の男が立っていた。
「不意打ちならともかく、もうあんたの攻撃は当たらないよ」
死んでいないと聞いた時は到底信じられなかったが、こうして目の前に存在しているのを見ると、もはや信じざるを得ない。
「お前、しばらく動けないはずじゃ……」
しかし死んでいないと知っていたヴァンも驚いた表情をしている。
男はヴァンを睨みつけ低く呟く。
「混血風情が、舐めるなよ」
さらにヴァンを挑発するように続けた。
「さあ、夜はこれからだ。最後までお姫様を守り切れるかな?」
言い終わると男が一気に距離を詰めてくる。
ヴァンが銃で牽制するも男は軽々とその弾を避ける。
男はヴァンの目の前まで迫り、横から蹴り付ける。銃を持った手でそれを防ぎながら、今度はヴァンが反対の手で男を殴る。しかし男もそれを難なく防ぐ。
激しい格闘戦が目の前で繰り広げられる。
男はヴァンが足を狙って放った回し蹴りを後ろに飛びながらかわす。
そしてそのまま闇の中に姿を消した。
「なんだ?引いた?」
ヴァンが怪訝な表情で警戒を強める。
「いや、これは……」
ヴァンがそう呟いた瞬間ヴァンの死角から男が襲いかかる。しかしヴァンも気配で気付いたのか、その攻撃を防ぐ。
二人の戦いは不良の喧嘩とは訳が違う。洗練された動き。まさにプロの技のぶつかり合い。
そして男は数秒交戦した後またすぐに下がり闇に紛れる。
「くそ……。そう言うことかよ」
ヴァンはそう言いながら険しい表情を見せる。
ヴァンがポケットから何かを取り出し、銃に嵌め込みスライドを引く。弾倉を交換したのだろう。その一連の動きさえも洗練されていて無駄がない。ここにきてようやくヴァンが本当に別世界の人なんだと実感する。
「頭を撃ち抜いても数時間で回復するあの再生力。対して、長期戦になればこっちは消耗する一方。持久戦に持ち込もうってか」
ヴァンがそう呟く。相手もまた、ただものではないらしい。
すかさず男が死角からヴァンに襲いかかる。ヴァンもすぐさま反応し応戦する。私はヴァンの後ろに隠れて二人の攻防をただ見ていることしかできなかった。正確には二人の動きが早すぎて、全て目で追えていたわけではない。
男は深追いはせずまたすぐ闇に紛れ姿を消す。周りは木々で囲まれている。次いつどこから仕掛けて来るかわからない。
「ちっ……。守りながらじゃ後手に回るしかない……。厄介だな」
ヴァンが舌を鳴らす。
私を庇いながら戦っているため攻めあぐねている様子だ。
私が足を引っ張っている。これでヴァンがやられてしまったら、私は……。
罪悪感を感じていると、突然ヴァンが叫ぶ。
「襲撃されてる!応援を頼む!」
端末を耳に当てているわけではない。どこかに通信機器が装着されているのか。仲間に応援を要請したようだ。
「うるせえな……。いいからよこせ」
ヴァンのイラついた声がさらに緊張感を増す。
ヴァンがこちらを向き怒鳴るように言った。
「来い!こっちだ!!」
私は慌ててヴァンの後を追うように走る。
「どこにいても無駄だよ」
すかさず男が攻撃してくる。ヴァンは咄嗟に銃を発砲し応戦する。男はその軌道を読み無駄のない動きでかわし踏み込む。ヴァンもそれを予想していたように拳を男に向けて放つ。さらに畳み掛けるようにヴァンの左足が宙を舞う。ヴァンは銃を右手に持ったまま戦っているため足技が多いのだ。男はヴァンの蹴りを手で受け止め反撃する。戦闘力は互角に見える。
激しい格闘戦を繰り広げたのち、男はやはり一撃離脱でまたすぐ引いていく。
「これじゃジリ貧だな……。能力を使うか?」
ヴァンはそう呟いて横目でこちらを見る。
「いや、あの能力じゃ決め手に欠ける……。決めきれずに副作用が来たら……。くそ、能力なしで逃げ切れるか……」
休む暇を与えまいとすぐに男がヴァンに襲いかかる。毎回違う方向から襲ってくるため、どこから来るのか全く読めない。
しかしヴァンは全ての攻撃に対応している。さっきの副作用の時に自分のことを結構強いと言っていたのは本当らしい。
「徹底されたら、応援が来ても逃げ切れるかどうか……」
男が闇に紛れた後、ヴァンがそう言った。私にも何かできることはないのか?
男が立て続けに攻めてくる。
「動きが鈍ってきたなぁ!ほらしっかりしないと、お姫様を取られちゃうよ?」
男は挑発的にそう言いいながら口元に笑みを浮かべている。
ヴァンは男の動きになんとか対応しているが、どう見ても疲弊しているのがわかる。
しかし明らかに男の方が優勢なはずだが男はまだ決めにこない。確実に仕留められる隙を虎視眈々と狙っている。
「はぁ、はぁ……。くそ、さっきの副作用の影響か、消耗が激しいな」
ヴァンが息を切らしながらそう呟く。
私はただ見ていることしかできないことに悔しさを覚える。
いやこれは、ただの罪悪感かもしれない。私のせいでヴァンは押されている。私の血を飲んだから消耗しやすくなっている。ヴァンが死んだら……。
申し訳ないという気持ちに支配されていると、突然後ろから肩を掴まれた。
「捕まえた」
男の声が耳を撫でる。
「しまった!前に出過ぎた」
ヴァンが咄嗟に振り向き銃を構える。
「誘い込んだのさ」
その動きに合わせて男が高く跳躍し頭上を飛び超えヴァンの後ろに回り込む。ヴァンもすぐさま対応しさらに反転。男に銃を向け直す。
しかし男の方が早かった。
男はヴァンの動きを読んでいたかのように、銃を構えようとしたヴァンの腕を蹴り上げる。ヴァンは銃を弾き飛ばされ、腕を開く形で無防備になる。
「これで終わりだ」
男が不適に笑い、構える。
「まずい……」
男の鋭い爪がヴァンの体を貫かんと睨んでいる。
「混血は、死ね」
ヴァンは咄嗟に後ろにいた私を庇うように手を広げた。
トドメの一撃がヴァンの体を貫く。
私は何もできない。体が動かない。目の前で人が死ぬ。私を庇って。私のせいで。
「忍法!かまいたちの術!」
その声は上から白い風と共に降ってきた。
風がヴァンの体を貫こうとしていた男の腕を切り落とす。
「なんだ!?」
男が驚いて後ろに飛ぶ。
さらに上から黒い何かが降ってくる。スーツを着た男だ。
「助太刀参上!で、ござる」
目の前には真っ白い刀を構えたスーツの男が立っていた。
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