第3話「蒼い炎」


 ヴァンからの応援要請とは珍しい。確かヴァンは始祖の女の子と接触しているはずだ。

 目的地の自然公園に到着し相棒の刀を持って車を降りる。

 女の子か……。

 大丈夫。登場時の決め台詞は考えてある。

「現場に到着」

「了解。そのまま林の中に入ってくれ」

 無線端末から聞こえる無機質な声に従って林の中に入る。この程度の林なら木を飛び移って移動した方が速そうだ。重要任務につき人払いがされているため人気ひとけはない。

 林の中を進むと遊歩道が見えてきた。

 あれは……。ヴァンと、その後ろに女の子。あれが始祖の女の子か。敵はどこだ?

 すると反対側の茂みの中から青い髪の少年が出てきて女の子の後ろに立つ。

 ヴァン、後ろだ。

 そう声をかける前にヴァンも気づいて男に銃を向ける。

 しかし男はそれを見越していたように高く跳躍し、ヴァンの背後に回る。

 あの動き、なかなかの手だれだ。

 背後を取られたヴァンはさらにその動きに反応し、瞬時に振り返る。しかし男はその動きをすら読んでいたかのように、向けられた銃を足で蹴り飛ばす。銃をはじかれたヴァンは腕を開く体制のまま無防備に。

 まずい……。

 俺は咄嗟に刀を抜いた。

 くそ、ここからじゃ間に合わないか……。だったら。

 俺は咄嗟に思いついた技の名前を叫ぶ!

「忍法!かまいたちの術」

 男の鋭い爪がヴァンの体を貫く寸前、刀から放たれた斬撃が男の腕に届いた。



「助太刀参上!で、ござる!」

 刀を構えたスーツの男がそう言った。

「カイト……」

 ヴァンがその男をそう呼んだ。

 カイト。–––それが彼の名前なのか。黒い髪に黒い目。目はぱっちりしていて口元には溌剌とした笑みを浮かべている。年齢はヴァンと同じくらいだろうがその表情や仕草によって少し幼く言える。そして特徴的なのは手に真っ白い刀を持っていることだ。持ち手だけでなく鞘まで白い。ところどころ青の差し色が入っており、実物の刀を見たのは初めてだが、すごく綺麗な刀だと思った。

「お前、なんだ今の?」

 ヴァンが怪訝な表情で目の前の男に尋ねる。

「知らないのか?必殺技の名前を口に出せば、大体どうにかなるんだぜ!で、ござる!」

 ござる?

 よくわからないが、どうやら仲間らしい。

 ヴァンが飽きれたように言う。

「そんなわけあるか。そもそも刀身から斬撃が出るなんて、どういう原理だよ」

「そんなものは俺にもわからん!で、ござる!」

「あと何だその語尾。ふざけてんのか?」

「拙者侍でござるので」

「さっき忍法とか言ってなかったかよ」

「細かいことは気にするな!で、ござる」

 カイトは元気にそう答える。

 ござるの使い方ちょっと間違ってない?

 あまりに緊張感のないその喋り方に若干の不安を覚える。

 そうしていると、目の前の青い髪の男がゆっくり立ち上がるのが見えた。

 そうだ今は戦闘中だ。

 カイトとヴァンも緊張感を取り戻し男に向き直る。

「さて、腕を切り飛ばした!もう戦えないんじゃないのか?」

 カイトが男に向かってそう言った。

 最初のカイトの一撃、あの忍法とかよくわからないことを言っていたあの斬撃によって、男の右腕は肘から先が無くなっていた。

 男は先の無い腕を押さえながらくつくつと笑う。

 腕を切られて笑っている。その中性的な少年の見た目とは裏腹に不気味な雰囲気が漂っている。

「ああ、もうやめだ」

 男はそう呟いた。

 次の瞬間、男の体がメキメキと音を立てながら変貌していく。

「消耗させて、隙をついて、お姫様だけ頂ければそれでいいと思っていたが……」

 そう言った男の姿はさっきまでの少年の姿から一変。

 大人の姿に変わっていた。

「お前たち混血は、ここで殺す!」

 その声は先ほどまでの少年のような声とは全く違う。低く響く男の声はその場の空気を揺らした。ものすごい威圧感。一般人の私でも感じるほどの殺気。恐怖を直接体に刻み込まれているような感覚に肌があわ立つ。

 大人の姿になった男が先の無い腕に力を込める。

 次の瞬間、メキっという音と共に無くなっていたはずの腕が元通りに再生する。

「バカな!?一瞬で……?何だあの再生力は?」

 ヴァンが驚愕する。

「只者じゃないな……。で、ござる」

「来るぞ!」

 ヴァンがそう叫ぶと同時に男が一気に距離を詰めてくる。

 カイトが前に出て刀で切り付ける。

「はあぁ!」

 それに合わせてヴァンが後ろから銃で援護射撃。二人の息が合った連携に、しかし男は怯むことなくさらに踏み込む。

 男はヴァンの持つ銃の射線をカイトの体で遮るように避けながら、カイトに攻撃を仕掛ける。

 カイトの動きも早い。

 男はカイトの刀による攻撃を全て避けきれない。

 いや、避けきれないのではない。わざと避けていないのだ。

 致命傷は避け軽傷で済む攻撃は敢えて避けず、その隙に攻撃を繰り出す。

「こいつ……」

 カイトは男のその異様な戦い方に驚きの声を漏らす。これまでこんな戦い方をする相手と対峙したことがないため、瞬時に対応しきれずカイトは咄嗟に後ろに飛び距離をとった。

 男の出方をうかがいつつ、再び刀で切り付ける。

 ヴァンも回り込んで、援護射撃をする。

 男はその弾を軽く躱し、そのまま距離をとるように闇に消えた。

「なんだ?もう逃げたのか?やっぱり侍には勝てねえか?で、ござる!」

「バカ!油断するな!あの再生力を見ただろ!奴の目的はこっちの消耗を待つことだ!持久戦に持ち込まれたら、勝ち目はないぞ!」

「何?姑息な奴め!出てこい!堂々と戦え!」

「そんなのが通用する相手かよ!来るぞ!」

 ヴァンのその声に合わせるように、男が闇の中から現れ二人を襲う。

 カイトが前に出る。その後ろからヴァンが銃で援護する。

 二人の息のあった攻撃。しかし男は最低限の動きでそれをかわす。急所を狙ったヴァンの射撃はよけ、カイトの斬撃は傷を負いながら体でいなす。

 当然前の攻防で受けた傷はすでに消えていた。この男は自分の再生能力を活かし、肉を切らせて骨を断つ戦い方をしているのだ。しかし、いくら肉を切ってもこの男の再生力の前にはなんのダメージにもならない。その上リスクが大きい攻め方はせずこちらの体力を確実に削るような動きを徹底し、消耗を待っている。常に気が抜けない状態であり精神的にも削られていく。

 数秒間の激しい攻防の後、再び男は闇に紛れ姿を消す。

「さっきより早くなってる」

 ヴァンは次の強襲に備え警戒を強めてそう呟いた。

「避けてばっかで隙がねえな」

「いくらダメージを与えても瞬時に回復する上に、後手に回るしかないこっちと違って、向こうはリスクを避けた戦い方ができるからな。思ったより厄介だぞ……」

 そう呟くヴァンの声には焦りの色が見える。

 その焦りを見逃すまいとでもいうように再び男が強襲してくる。休む暇は無い。男の攻撃に対してカイトが瞬時に反応し刀を振る。しかし男はカイトの攻撃を避けようともしない。刀を腕で受け止め無理やり間合いを詰める。刃が男の上腕に食い込むも骨までは切れていない。達人が振るう日本刀の切れ味は、本来骨をも断ち切る。首切りの処刑人が一太刀で罪人の首を落とすように。カイトの剣技はそれほどまでに洗練されている。それを感じたのか男は油断せず、刀と接触する瞬間筋肉を固め、さらに腕をわずかに動かし刀の軌道をずらしていた。とてつもない瞬発力。間違いなく戦闘の訓練を受けている者の動きだ。

 刀と素手の勝負では、刀の方が断然有利である。素手の間合いより刀の間合いの方が長いからだ。しかし懐に入って仕舞えば、それは逆転する。本来刀を持つ者に素手で接近しようとすれば懐に入る前に刀によって切り刻まれてしまうのだが、この男は多少斬られようと瞬く間に再生する。それを利用して一気に懐に入る。その異様な戦い方にカイトも苦戦を強いられている。ここまで接近していればヴァンも迂闊に銃を撃てない。

 男は刀を受け止めた腕とは反対の腕を握り締め、カイトの溝落ちに一撃を入れる。しかしカイトも瞬時にその一撃を刀を持っていない方の手を使って寸前で受け止める。その体制で膠着しているとヴァンに後ろにまわりこむ隙を与えてしまう。男もそれを理解しているため、カイトに一撃を受け止められた直後、すぐに後に飛び距離をとる。そしてそのまま再び闇に紛れた。

 自分が有利な懐に入っても決して焦らない。確実に仕留められる瞬間が来るまで待つ。そして決して敵の実力を侮らない。その徹底した戦い方が二人を余計焦りへと誘っていく。

「まずいな……。そろそろ弾がなくなる」

 ヴァンが銃の残り弾数を確認しながらこちらをチラリと横目で見る。

「一か八か、能力を使うしか……」

「能力?そうだよ、この子、始祖の血なんだよな?だったら俺が」

 そう言いながらカイトがこちらに振り返り駆け寄ってくる。

「おい、待て!その力には副作用が……」

 ヴァンが最後まで言い終わるより先に、その一瞬の乱れを逃すまいと男がすかさず仕掛けてくる。

「仲間割れか?よそ見してんじゃねえよ!」

 上から降るように放たれた飛び回し蹴りをヴァンが両手を盾にして防ぐ。あまりの威力に後ろに弾き飛ばされてしまう。ヴァンは受け身をとり男に向き直る。

「くそ、こうなりゃ賭けだ。鬼が出るか蛇が出るか。俺が時間を稼ぐ」

 そう言ってヴァンは銃を構え、威嚇射撃をしながら一気に男に向かって距離をつめる。この瞬間、対象を守る戦い方ではなくできるだけ相手に引く隙を与えないような戦い方に切り替えたのだ。今は距離が離れてしまうことなど気にする必要はない。むしろ離れた方が都合がいい。ここに来てヴァンは後手に回る必要のない、本来の戦闘力を発揮できる。ただ、そうは言っても少なからず今のヴァンは大きく消耗している。どれだけ持つか。

 後ろでヴァンが男を足止めしていることを認識しながらもカイトは振り向かない。完全にヴァンを信用しているのだ。

 カイトは私の目の前に来ると、刀を地面に置いた。

「あの、ちょっと血もらうね」

 そういいながらカイトが私の腰に手を回す。そのカイトの声は少し震えていた。

 そのまま私を抱き寄せる形で体を密着させる。その力が思ったよりも力強く、彼のこれまでの言動や変な口調からはあまり想像できなかった逞しさに思わずドキッとしてしまう。

 カイトが噛みつこうと私の首に口を近づけたので、その緊張した息が耳に触れる。

 それによって、体が勝手に数時間前に味わったヴァンに噛まれた時のあの感覚を思い出してしまう。思い出しただけで、全身が緊張で強張こわばり、熱を帯びるのがわかる。

「俺、うまくできるかわかんないけど……、痛くしちゃったら、ごめん」

 カイトの声からはとても緊張しているのが伝わってくる。その緊張が伝染しこちらまで妙に緊張してしまう。まるでこれからキスをされるんじゃないかと錯覚するような雰囲気に顔が熱くなるのを感じる。ヴァンの時とは雰囲気が全然違う。そう思った矢先、首に痛みが走る。

 首に当たるカイトの唇の感触を意識してしまうのは、二度目の経験に驚きがなくなったからか、それとも直前の緊張感のせいか。

「……っん」

 痛みはやがて全身を駆け巡る快感へと変わっていく。ヴァンの時とは違って急に噛まれたわけではないので、身構えてはいたものの、この感覚には到底慣れる気がしない。足に力が入らず私はしがみつくようにカイトの背中を握りしめた。カイトもそれを感じ取ったのか、私の腰に回した手に力を込める。もはや抱きしめられているような状態で首を噛まれ、その安心感と血を吸われる独特の感覚で頭がおかしくなりそうだ。

 頭が白くぼやけ、今まで聞こえていたありとあらゆる音が消える。ヴァンと男が戦う音も、風が木々を揺らす音も、何も聞こえない。聞こえるのは耳元にあるカイトが血を啜る音と、その合間に漏れる彼の吐息。その吐息が耳に触れるくすぐったい感覚も相まって、体がどんどん熱くなる。意識が薄らぎ、腰が砕けてしまいそうになった時、カイトがごくごくと喉を鳴らして口を離した。

「うっ……!これは……?」

 カイトはそう呟き、私の体から手を離す。その直後、心臓が鼓動するような音が一つ。

 –––ドクン。次の瞬間。

「ああああああああああ」

 カイトの絶叫が夜の闇に響いた。天を仰ぎ心臓を掻きむしるように膝から崩れ落ちる。

「だ、大丈夫……ですか?」

 私は咄嗟にそう声をかけた。

 その絶叫は当然戦闘中の二人の耳にも届いていた。

「なんだ?何をした?」

 男が怪訝な表情でこちらを見る。

「まさか始祖の力を?させるか!」

 男はヴァンに足止めされていたことに今更気づいた。そして目の前のヴァンに渾身の回し蹴りを喰らわす。その攻撃を防いだヴァンはしかし、蓄積した疲労によって踏ん張りが効かず大きく横に吹き飛ばされる。その隙に男は一気にカイトに向け跳躍する。

「死ねぇ」

 膝をついて苦しむカイトの背後に男が襲いかかる。

「カイト!」

 ヴァンが叫んだその瞬間。カイトの周りに巻き上がる–––蒼い炎。

「……蒼い炎?」

 私はその異様な光景に目を奪われた。

 炎はさらに勢いを増し私とカイトの周りを取り囲むように燃え広がっていく。その炎の中でカイトがゆっくりと立ち上がる。手には再び刀が握られている。

「お嬢さん。危ないから下がってな」

 刀は炎で蒼く揺らめき、その持ち主の目は獲物を狩る獣のように赤く輝いている。

「燃やすぜ」


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