第33話 恐怖の先に見た光
いよいよ文化祭当日。
張り詰めた空気の中、俺たちの空き教室は、見事にお化け屋敷へと変貌を遂げていた。
漆黒のビニールシートで覆われた壁、天井からぶら下がる不気味な飾り付け。
廊下には、お化け屋敷の挑戦を待ち望む生徒たちの長蛇の列ができ、クラスメイトたちはそれぞれの持ち場で、準備に余念がない。
俺が担当するのは、出口で最後の恐怖を演出する「お化け役」だ。
正直言って、めちゃくちゃ怖い。
心臓はバクバクと激しく脈打ち、手足は震えが止まらない。
恐怖のあまり、体のあちこちが痺れているような感覚に陥っている。
(あぁ、なんで俺……お化け役なんて引き受けたんだ……)
ことの発端は、クラスでの役割決めだった。
由香里が突然、「佐伯ってさぁ、お化け役向いてると思うよ」と無邪気な笑顔で言ったのだ。
その言葉に、クラスの皆が「たしかに!」「おもしろそう!」と盛り上がり、俺は断るタイミングを完全に失ってしまった。
彼女の言葉に背中を押された形となり、もはや後には引けなかった。
「佐伯!大丈夫か!?顔が真っ青だぞ!」
隣のお化け役である佑真が、心配そうに俺の肩を叩いてきた。
彼は、この役を心から楽しんでいるようだ。
「大丈夫だよ……。なんでそんなに平気なんだ?」
「まぁ、俺は元々、こういうの得意だからな!それに、お化け役として、皆を驚かせるのは楽しいぜ!」
佑真の言葉に、俺はただただ感心するばかりだった。
彼は心底楽しそうに、黒いローブを翻しながら、脅かし方の練習をしている。
その様子を見て、俺は自分の不甲斐なさにさらに情けなくなる。
そんな中、教室の入り口で、春原さんがお客さんたちを案内している姿が見えた。
彼女は、持ち前の明るい笑顔と、透き通るような声で、お客さんたちを怖がらせるどころか、楽しませている。
「わぁ、この飾り付け、すごいですね!」
「ここの通路はちょっと怖いかも……でも、頑張って!」
彼女の一言一言に、お客さんたちは笑顔で応えている。
(あの子は……本当に太陽みたいだな)
彼女の笑顔は、この不気味な空間の中で、ひときわ眩しく輝いて見えた。
まるで、闇の中にぽつんと灯された光のように、俺の不安な心をそっと照らしてくれる。
やがて、春原が「それじゃあ、気をつけていってらっしゃーい!」と声をかけ、最初のお客さんが教室へと入ってきた。
俺は、恐怖で心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に襲われた。
呼吸が浅くなり、全身の筋肉が硬直する。
(いやだ……怖い……動けない……)
俺は、恐怖で身動きが取れなくなった。
足が地面に張り付いたように、一歩も動かせない。
このまま動けなかったら、クラスに迷惑をかけてしまう。
そんな焦燥感と、得体の知れない恐怖が、俺の中で渦を巻く。
その時、次の瞬間、春原が俺の背中にそっと手を置いた。
その手は、想像していたよりもずっと温かかった。
「大丈夫だよ、和真。私が隣にいるから」
彼女の優しい声と、背中から伝わる温もりに、俺は少しだけ安心した。
固く縮こまっていた体が、少しずつ解けていくのを感じる。
俺は、彼女に背中を押されるように、一歩前に踏み出した。
そして、客の悲鳴が聞こえてきた。
俺は怖がりながらも、佑真に負けないくらい大きな声を出して、客を驚かせた。
その瞬間、俺の胸の中には、恐怖とは違う、不思議な高揚感が満ちていくのを感じた。
春原は、その様子を見て、にっこりと微笑んだ。
彼女の笑顔は、俺にとっての「光」だった。
その光が、俺の恐怖心を打ち砕き、前に進む勇気をくれたのだ。
文化祭は、まだまだ始まったばかり。
俺は、この光と共に、この恐怖に立ち向かうことを決めた。
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