第31話 文化祭の準備と小さな恋心
9月に入り、昼間の暑さも少しずつ和らいできた。
夏の終わりを告げるように、チャイムが響き渡る。
「さて、いよいよ文化祭の時期がきました~!」
ホームルームで担任の響先生がそう告げると、教室は一気に活気づいた。
毎年、花隈高校の文化祭は個性的な出し物をすることで有名らしい。
ちなみにこの高校の文化祭は、受験生である3年生の息抜きイベントでもある。
つまり、3年生は受験シーズンで勉強が忙しい時期のため、1年生と2年生が主に出し物をして、お客さんが3年生と教師となる。
「何にしようか?」
「メイド喫茶はありきたりだろ?」
「じゃあ、お化け屋敷とかどうだ?」
様々な意見が飛び交う中、最終的にクラスの出し物はお化け屋敷に決まった。
「それじゃあ。文化祭の出し物が決まったから準備を始めていこうか。」
ホームルーム後、クラス委員長の石原がそう宣言すると、教室は拍手と歓声に包まれた。
「うわー、お化け屋敷!面白そうだね!」
隣の席で、春原が目を輝かせている。
「佐伯くんは、どんなのが得意?お化け役とか?」
「いや、俺は......力仕事とか......」
俺がそう答えると、春原は「じゃあ、一緒に頑張ろうね!」と無邪気に笑った。
そして、お化け屋敷はD組の教室では少し狭いので教室よりももっと広い空き教室を使わせてもらうことになった。
そして文化祭の準備は、予想以上に大変だった。
教室の窓を黒いビニールシートで塞ぎ、教室への入り口を迷路のように段ボールで作り上げていく。
俺は主に、大道具の制作を担当した。
釘を打ったり、段ボールを組み立てたり......力仕事は得意な方だ。
そんな中、春原は小道具の作成をしていた。
彼女が作ったお化けの人形は、どれも可愛らしくて、正直……全然怖くない。
「ねえ、佐伯くん!これどう?もっと怖くした方がいいかな?」
そう言って、春原は俺に出来上がったばかりの人形を見せてきた。
「うん......まあ、いいんじゃないか?」
「えー、なんか適当な返事だなぁ」
そう言って、彼女は少し膨れた表情を浮かべる。
それすらも可愛らしく見えてしまい、俺は「いや、本当にいいと思うよ!」と慌てて付け足した。
文化祭まであと1週間。
放課後は、ほとんどのクラスメイトが残り、準備に追われていた。
俺と春原も例外ではなく、毎日一緒に残って作業をした。
ある日のこと、他のクラスメイトが帰り、教室には俺と春原の2人だけになった。
窓の外は、すでに夕闇に包まれている。
教室の電灯を消すと、段ボールで作られた迷路が、不気味なシルエットとなって浮かび上がった。
一気に冷たくなった空気に、俺は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
心臓がドクドクと不規則に脈打つ。
(やばい......。なんで、こんなに怖いんだ......?)
俺がパニックになりかけていると、春原が突然口を開いた。
「うわ、なんか本当に怖いね......」
春原はそう言うと、俺の腕にギュッと掴まった。
突然のことに、俺の心臓は激しく鼓動する。
(ヤバい......近い......)
「大丈夫だよ」
俺は震える声でそう言うと、春原は「うん」と頷き、俺の腕から離れた。
その後も、2人の作業は続いたが、俺はもう集中することができなかった。
不気味な暗闇と、段ボールの迷路が、中学時代の記憶を呼び覚ます。
誰もいない体育館裏。
俺を嘲笑う声。
見えなくなったはずの「悪意」が、この暗闇の中に潜んでいるような気がして、俺は身震いした。
そして、作業を終え、2人で教室を出た。
「なんか、佐伯くんといると、本当に落ち着くね」
帰り道、春原がそう言った。
「そうか?」
「うん。なんかね、佐伯くんといると、私、素の自分を出せるっていうか......」
その言葉に、俺の胸は少しだけチクリと痛んだ。
それは、彼女が俺を「恋愛対象」ではなく、ただの「親友」として見ていることの証拠だった。
だが、それと同時に、俺は春原という存在が、自分の心を少しずつ変えてくれていることを実感した。
彼女が隣にいてくれるだけで、俺は強くなれる気がした。
この気持ちを、俺はなんて呼べばいいのだろうか。
まだ、その答えは見つからない。
しかし、俺は、この気持ちを大切にしたいと、強く願った。
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