第26話 二人きりの秘密基地
俺のアパートに着いた春原は、その部屋を見て目を丸くした。
「へぇ、凄くキレイだね!」
シンプルな部屋だが、整理整頓されていることは我ながら自信があった。
「どうぞ」
そう言って家に招き入れると、春原は「お邪魔します」と少し緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
リビングに案内してお茶を淹れる。
「ありがとう〜」
春原の正面に座って、さっそく勉強を教えようとした。
しかし、春原は俺の隣に移動してきた。
「勉強教えてくれるのなら、隣の方がいいと思って」
その言葉に、一瞬戸惑ったが、すぐに納得した。
「なるほど……じゃあ始めようか。補習ではどんなことをしたの?」
「うん!実はね。今日の補習で、課題がたくさん出たんだ。これを全部終わらせたら、補習は免除になるらしいの」
それを聞いた俺は、学校側が優しすぎると感じたが、夏休みの課題に追加で出されたとなると、そうでもないかと思い直した。
「そうなんだ。ちなみに、どの教科からする?」
「じゃあ、数学からお願いします」
春原が数学の課題に取り組む横で、俺も自分の夏休みの課題を進める。
春原は補習範囲の課題に苦戦しているようだった。
俺は、不器用ながらも、自分が理解していることを伝えようと奮闘する。
最初は「教えるのが苦手」だと言っていた俺だったが、春原が「佐伯くんの説明、分かりやすいかも!」と言ってくれたことで、少しずつ自信が湧いてきた。
春原が分からないところを聞いてきて、俺が教える。
そんなやりとりが続き、勉強を始めてから、あっという間に2時間が過ぎた。
「少し休憩しようか」
俺がそう提案すると、春原はきょとんとした後、ある提案をしてきた。
「佐伯くんの部屋、見てもいい?」
「え?」
俺が戸惑っていると、春原は慌てたように付け加える。
「あ!棚の中とかは、開けないから!安心して」
特に見られて困るものもない。
俺は「いいよ」と答えた。
こうして、春原による俺の部屋の探索が始まった。
リビングから寝室へと、目を輝かせながら部屋を見て回る春原。
そして、寝室の棚にある一冊のメモ帳を見つけた。
「このメモ……って、何?何かの暗号……とか?」
それは、俺の小説のネタ帳だった。
少し迷ったが、正直に話すことにした。
「えっと……実は俺……趣味で小説を書いてて、それはネタ帳だよ」
春原は驚いた顔をした後、目を輝かせた。
「え!すごい、小説書いてるの!読みたい!」
「別にいいけど……」
「もしかして、紙とかに書いてるの?」
「いや、アプリがあって……、そこに投稿してる」
春原はさらに目を輝かせて、「アプリの名前を教えて」と俺に近づいてきた。
距離が近い。
少しだけ心臓が早くなるのを感じた。
俺はアプリの名前と作品名を教えた。
それからしばらくして、俺たちは再び課題に取り組み始めたが、春原のペンはぴたりと止まっていた。
「何か分からない問題でもあった?」
そう聞くと、春原は「小説が気になって集中できない」と正直に告げた。
その言葉に、喜ぶべきなのかどうか一瞬迷ったが、ふと時計に目をやると、時刻はすでに17時を過ぎていた。
「え!もうこんな時間になってたのか……」
「えっと、そろそろ帰らなくても大丈夫?」
俺の問いかけに、春原は「もうそんな時間?そろそろ帰らないと……」と慌てた様子だった。
こんな時、どうすればいいのだろうか。
駅まで送るべきか、それとも家まで送るべきか……。
ひとまず駅まで送ることにし、俺も一緒に家を出た。
駅に向かう道すがら、春原は俺の小説について色々と尋ねてきた。
自分のことならたくさん話せる俺は、夢中になって話した。
春原はそんな俺の話を真剣に聞いてくれていた。
まさか、自分の趣味をこんなにも真剣に聞いてくれる人が現れるなんて、夢にも思わなかった。
そうこうしているうちに駅に着き、春原は「今日はありがとう!それじゃあ、また今度ね」と笑顔で手を振って帰って行った。
「また今度」
俺も手を振り、見送った。
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