第9話 新しい一歩
磁石と言われ、俺は恥ずかしさと、わずかな気まずさを感じていた。
膝の痛みも治まってきたので、そろそろ帰ろうと立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろ帰ります」
「大丈夫?一人で帰れる?」
「いや、さすがに大丈夫だよ。家も近いし……」
春原は鋭い視線を向け、じっと俺を見つめる。
「ねえ、
「約束?」
「うん。これからは、大丈夫じゃないことを大丈夫って言わないで。本当に心配になるから」
「わかったよ……ごめん」
俺はそう言って保健室を出て、家へと向かった。
玄関のドアを開け、手を洗ってからリビングのソファーに横になる。
はぁ……それにしても、春原との距離、なんだかすごく近く感じるんだよなぁ。
時計を見ると、現在時刻は16時42分。
バイト先を探さないと、と思いスマホを開く。
近所でバイトを募集しているところを検索した。
無難にコンビニがいいか……よし、すぐに行こう。
軽くシャワーを浴びて着替えると、俺は家を出た。
家から徒歩15分。
一番近いローソンに、ちょうどバイト募集中のポスターが貼ってあった。
よし、ここにしよう。
家から近いのがなによりだ。
ローソンに入り、一度深呼吸をしてから店員に声をかける。
「あの、すみません。ここでバイトをしたいのですが……」
店員さんは「店長を呼んできますので、少々お待ちください」と言い、奥へ消えていった。
しばらく待つと、一人の女性が出てきた。
マジかよ、店長って女性なのか。
まあ、別にどっちでもいいか。
「若いね。学生?」
店長はにこやかに問いかけてきた。
その雰囲気に、少しだけ緊張が和らぐ。
「はい、高校一年生です。学校から申請書をもらってきました」
「花隈高校……すぐそこじゃない。大丈夫?」
店長の言葉に、少し意外な質問だと感じた。
「何がでしょうか?」
「ほら、同じ学校の子と会いたくないって言う子が多いから」
なるほど、そういうことか。
俺はすぐに言葉を返した。
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
「それじゃあ、奥の部屋に案内するわ」
「よろしくお願いします」
奥の部屋に案内された。
「じゃあまずは、バイトを始めようと思った理由は?」
店長の質問に、俺は少し緊張しながらも、正直に答えた。
「自分、今一人暮らしで家賃は払ってくれますが、食費などは自分で稼ぐ必要があるからです」
「一人暮らし?実家からは遠いの?」
「電車で1時間ほどですね」
店長は俺の話を、じっと目を見て聞いてくれる。その視線が、なんだか心地よかった。
「そうなんだ。大変ね。でも、一人暮らしで頑張って、偉いわ」
「いえ、そんな……」
俺は少し照れくさくなったが、店長はさらに問いかけてきた。
「他に何か、バイトをやってみたいと思ったきっかけはある?」
食費を稼ぐため。それだけじゃダメだろうか。
俺は迷いながら、心の中で自問自答する。
保健室での、あの言葉を思い出す。
「大丈夫じゃないことを大丈夫って言わないで。本当に心配になるから」
春原は、俺が一人で抱え込もうとする弱さを、見抜いていたのかもしれない。
俺は、今まで誰にも頼らず、一人で頑張ることが当たり前だと思っていた。
でも、それではいけないのかもしれない。
「……実は、人と関わるのが少し苦手で、自分を変えたいんです」
俺は、勇気を出してそう口にした。
店長は少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「そう。正直に話してくれてありがとう。そういう気持ち、すごく大切よ」
「……はい」
「佐伯くんは真面目そうだし、きっとすぐにお店にも慣れるわ。ここでたくさんの人と関わって、少しずつでも変わっていけるといいわね」
店長の言葉は、まるで魔法のように俺の心の重りを軽くしてくれた。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
俺は深々と頭を下げた。
「いい返事ね。じゃあ、採用。明日からシフトに入れるかしら?」
「え、明日からですか?」
俺は驚きながらも、すぐに頷いた。
「はい!大丈夫です!」
店長は楽しそうに笑い、俺は胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
(バイト、頑張ろう。ここで俺は、変わるんだ)
こうして俺は、ローソンでの新しい一歩を踏み出すことになった。
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