第2話 理不尽な暴力と運命のいたずら

ホームルームが終わり、教室を出ようとした時、背後から声が聞こえた。


「佐伯、ちょっといいか」


振り返ると、朝の件で助けに来てくれた先生だった。


「……職員室まで来なさい」


少し厳しい口調に、俺は思わず肩をすくめる。


入学初日から呼び出しだなんて、先が思いやられる。


職員室の一角、机に向かい合った俺と先生。


先生は腕を組み、真剣な眼差しで俺を見ていた。


「朝の件だが、詳しく聞かせてもらえるか」


俺は朝の出来事を一つ一つ話した。


太った男子生徒が囲まれていたこと。ヤンキーたちの高圧的な態度。

そして、見て見ぬふりをする周囲の生徒たち。


「……なぜ、お前はあの時、動いたんだ?」


先生の静かな問いかけに、俺は言葉に詰まった。


(……なぜ動いた?そんなの、俺にも分からなかった。ただ、見て見ぬふりをしたくなかった……それだけだ。でも、それを言ったら、先生は俺をどう思うだろうか……)


心の中の葛藤が、俺の口を重くする。


でも、ここで嘘をついても意味がない。俺は腹をくくって、中学時代の自分を話すことに決めた。


「俺は、中学時代まで太っていたんです。だから、いじめられていたあいつの気持ちが、痛いほど分かったんです。そして……」


俺は、テーブルの下でギュッと拳を握りしめた。


「……そして、中学時代の俺は、誰にも助けてもらえなかったんです。だから、俺は、誰にも助けてもらえなかった自分を、この高校で終わらせたかった。それだけです」


先生は、俺の言葉を静かに聞いていた。そして、しばらくの沈黙の後、優しい声で語りかけてきた。


「佐伯、君の気持ちは痛いほどよく分かる。だが、高校生活は長い。君のその勇気は、素晴らしいものだが、その勇気が君自身の高校生活を危険に晒すことになっては、元も子もない……それに、何かあった時の為に我々教師がいるんだ、大人を頼りなさい」


先生の言葉は、俺の心に深く響いた。


ただ怒られるだけだと思っていたのに、俺のことを真剣に考えてくれていることが分かった。


胸のつかえが少し取れたような気がした。


「……はい。ありがとうございます」


俺は深く頭を下げ、職員室を後にした。


(この先生、名前なんだっけ……)


帰り道、俺は先生の言葉を反芻しながら、今日という日を振り返っていた。


入学初日からこんなことになるとはな。でも、この行動が、俺の高校生活を変えるきっかけになったのかもしれない。


俺は少しでも気分転換しようと、学校近くのゲームセンターへと足を運んだ。

 

「っしゃ!完璧!」

 

格闘ゲームでコンボを決め、気分良くドリンクを飲んでいると、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

 

「よお、新入生」

 

振り返ると、そこには朝のヤンキー三人が立っていた。

 

「……何の用ですか?」

 

「用?てめぇ、朝の仕返しに来たに決まってんだろ!」

 

ヤンキーの一人が俺の襟首を掴み、思いっきり壁に叩きつけられた。

 

「うっ……」

 

「朝は松川に助けられたが、ここは違うんだよ!」

 

怒りに任せて、男は俺の顔を殴りつけた。

 

「やめろよ!人目があるだろ!」

 

「それに、学校も近い!」

 

残りの二人も、さすがにまずいと思ったのか、男を止めようとする。


しかし、男の怒りは収まらない。

 

「うるせぇ!邪魔すんな!」

 

そう叫ぶと、男は止めに入ろうとした仲間の一人に、持っていた鞄を投げつけた。


その結果、仲間割れが起き、騒然とするゲームセンター。


その様子を、数人の高校生がスマホで撮影し始めた。俺は意識が朦朧としながらも、その光景をぼんやりと見ていた。

 

「もうやめろよ!」

 

「来るなよ!」

 

その場に居合わせた客が警察を呼び、騒ぎはさらに大きくなった。


駆けつけた警官に取り押さえられるヤンキーたち。

 

その日のうちに、この騒動は学校にまで連絡が行き、最終的にヤンキー三人は退学処分になったらしい。

 

俺は鏡に映った、殴られた痕が残る自分の顔を見つめながら、そう呟いた。

 

この喧嘩がきっかけで、俺……和真の高校生活は思わぬ方向へ進んでいくことになる……はずだ。

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