初恋は親友に変わる

キサラギ カズマ

第1話 過去と決別する、最初の1日

高校の登校日初日。


真新しい制服に袖を通し、俺——佐伯 和真さえき かずまさは、まだ少し肌寒い朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「今日から、高校生か……もう中学の時のようにはならねぇ。絶対に……」

 

通学路には、楽しそうな声が溢れていた。

 

「昨日のドラマ観た?」「観たよ!すっごく良かったねー」と笑い合う声。「今日、昼までだろ?ゲーセン行こーぜ!」と盛り上がる声。


そんな、ごく当たり前の学生らしい会話が、俺にとっては遠い世界のことのように感じられた。

 

地元から遠く離れたこの神戸の地で、俺は過去の自分と決別するんだ。


そう決意して、花隈はなくま高校の校門をくぐり、下駄箱へと向かっていた。


その時だった。


校舎の端っこ、人目につきにくい場所で、一人の太った男子生徒が、三人の先輩らしき生徒に囲まれていた。

 

「よお!お前、新入生か?」

 

「は……はい、そうです」

 

「よし!決めた!今日からお前は俺らのパシリだ!光栄に思えよ!」

 

「え、えっと……いや……です」

 

ヤンキーたちの笑い声が響く。周りの生徒たちは、見て見ぬふりをして通り過ぎていく。

 

(マジか……やべぇな。助けるべきか……いや、待て待て、落ち着け。ここで動いたら、それこそ高校生活が始まる前に終わっちまう……)

 

中学時代の光景が頭をよぎる。


あの時、誰も助けてくれなかったように、俺もまた見て見ぬふりをして通り過ぎるべきだ。


それが賢い選択だ。


頭の中の理性がそう叫んでいる。


だが、心の中の何かが、どうしてもそれを許さなかった。

 

「だァーくそ!」

 

俺は小さく悪態をつくと、下駄箱を通り過ぎ、体育館裏へと続く道に足を踏み入れた。

 

ヤンキーの一人が男の肩を掴み、偉そうに言っていた。

 

「なぁ?いいだろ別に。暴力をする気はねぇよ。ただ俺らの飯を買いに行ってくれるだけでいいんだ」

 

「そうだぞ!前のパシリが不登校になって転校したからな。恨むなら俺らじゃなくて、そいつを恨めよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に血が上る。

 

「あの、そこ通してもらえますか?」

 

俺が声をかけると、三人のヤンキーは一斉に振り返った。

 

「あぁ?誰だてめぇは?」

 

「その制服のラインの色が青ってことは新入生か?」

 

この学校の制服には、学年ごとに違う色のラインが入っている。三年が緑、二年が赤、そして一年は青だ。

 

「ええ。そういう先輩方は、二年生ですね」

 

「……こいつを助けるつもりか?」

 

「いいえ。そんな事よりも、そこ通してもらえますか?俺、その先に用があるんですよ」

 

ヤンキーたちは怪訝な顔をした。

 

「……いい事教えてやるよ、新入生。ここを通っても、ゴミ捨て場があるだけだ」

 

「教えて頂きありがとうございます。でも、そのゴミ捨て場に用があるんです」

 

「あぁ!?ゴミを持ってねぇのにか?」

 

俺はニヤリと笑って言った。

 

「あるじゃないですか、そこに。三つも」

 

俺が指差したのは、先輩たちだった。

 

「てめぇ、ふざけんなよ!」

 

「喧嘩売ってんなぁ!!覚悟できてんだろうな!!」

 

三人が一斉に俺に詰め寄る。


その間に、助けた男子生徒は、しれっとその場から逃げていった。

 

(怖ぇよ。マジ怖ぇよ。こんなん、中学の時、誰も助けてくれねぇわけだ。でも……)

 

「……覚悟できてるから、言ったんですよ」

 

俺の体が震える。だが、過去の自分とは違うことを証明したくて、俺はそう答えた。

 

「こら!やめなさい!!」

 

その時、体育館裏に一人の男性教師?が駆け込んできた。

 

「またお前たちか!!」

 

「やべ!松川だ!逃げるぞ!」

 

ヤンキーたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「命拾いしたなぁ、新入生!」

 

去り際に吐き捨てられた言葉に、俺は思わずため息をついた。

 

「……助かった」

 

「大丈夫だったか!女子生徒から報告を聞いてな。急いで来たんだが……」

 

松川と呼ばれた、その教師は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

(女子生徒……?どこに……?)

 

俺は周りを見渡したが、誰もいない。

 

「大丈夫です。何ともありません」

 

「そうか……それならよかった。ホームルームが始まるまであと5分だ。詳しい話は後で聞くから、早く教室に行きなさい」

 

俺は先生に一礼し、踵を返した。

 

(まさか初日から、こんなことになるとはな……)

 

安堵と少しの興奮が入り混じったまま、俺は自分のクラスへと向かった。


教室の扉を開けると、そこにはすでに生徒たちが集まっていた。


黒板に貼られた席順を確認し、席に座ると、すぐにチャイムが鳴り響き、ホームルームが始まる。


「今日から君たちの担任になりました、響 鈴華ひびき すずかです」


教壇に立ったのは、白衣を羽織った、きりりとした表情の女性の先生だった。

鋭い眼差しが印象的だ。


「この一年、皆さんと一緒に成長していきたいと思います。何か困ったことがあれば、いつでも相談してください」


その言葉は、優しさの中に確固たる意志を感じさせた。


「さて、今日は入学式なので、簡単に本校のカリキュラムについて話していきます」


担任の先生の言葉に、教室は一瞬ざわついた。


この日を境に、俺の高校生活は、想像もしなかった方向へと動き始めることになる。


そして何事もなく入学式が終わり、教室に戻り、帰りのホームルームが始まった。


担任の教師は、一言ずつ簡単に自己紹介するようにと言った。


出席番号順に名前を呼ばれ、俺はぼんやりと皆の自己紹介を聞いていた。


そして、俺の番が来た。


「佐伯和真です。……よろしくお願いします」


俺はそれだけ言って席に座った。


クラスメイトたちからの視線が、どこか遠い過去のようにも感じられた。


この日を境に、俺の高校生活は、想像もしなかった方向へと動き始めることになる。

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