第3話 誤解と、太陽の光

ゲームセンターでの出来事から一夜明け、俺は腫れた頬と、小さな切り傷が残る顔で登校した。


昨日までとは違う、周りからの視線を感じる。視線の先には、ひそひそと囁く生徒たちの姿があった。


「なぁ、あいつ、一年だろ?」「マジかよ、顔、怪我してるじゃん」「聞いた?二年の先輩と喧嘩したらしいよ」「やべぇな、あんな奴と同じ学校かよ」


誤解されていることは明らかだった。


だが、面倒なことに関わりたくなくて、俺は俯き加減で教室へと向かい恐る恐る教室の扉を開ける。


昨日とは打って変わって、クラスの雰囲気は・・・・・・普通だった。


他クラスの生徒のような、陰口や好奇の視線はない。そのことが、かえって不気味に感じられた。


(……なんで、みんな何も言わないんだ?)


俺は誰にも話しかけられることなく、自分の席に座った。


そして昼休み。


俺は気分転換にと、購買へパンを買いに行くことにした。


だが、廊下を歩いていると、他のクラスの男子生徒二人に声をかけられた。


「なぁ?ちょっといいか?」


「ここじゃ、何だし場所を変えようぜ」


こうして、俺はまた体育館に連れていかれた。


(マジかよ!また体育館裏かよ)


「昨日、喧嘩したって聞いたんだけどよ、マジで勘弁してくれよ」


二人は険しい表情で俺を見つめている。


「この学校の評判が落ちて、俺らまでバカだと思われるじゃん!」


完全に誤解している。

このまま言い訳をしても面倒なことになりそうだったので、謝って終わらせようとした。その瞬間だった。


「待って!昨日のことに関しては、佐伯くんは被害者だよ」


どこか聞き覚えのある、太陽のように明るい女子の声が響いた。


「二年の先輩に絡まれて、一方的に殴られただけだから!」


そう言って、彼女はスマホを取り出し、画面を二人に見せた。


そこには、俺がヤンキーに殴られている動画が映っていた。


(えっ、わざわざ撮ってたのかよ……。)


俺が戸惑っていると、男子生徒二人は顔色を変え、慌てて頭を下げた。


「ごめん!そうとは知らずに!」


「悪かった……いや!ごめん!確認もせず、ただの噂を信じちまった」


俺は二人に微笑んで言った。


「いや、別に勘違いされても仕方がないっていうか……。誤解がとけてよかったよ」


俺の言葉に、二人は安堵した表情を浮かべ、その場を立ち去っていった。


「えっと、ありがとう……ございます。助かりました」


男子生徒たちがいなくなった後、俺は彼女に深々と頭を下げた。


「いいよ、お礼なんて......クラスメイトが困ってたら普通助けるでしょ?それになんで、敬語なの?」


彼女は、少し首を傾げて俺に尋ねる。


「タメ口は、あまり慣れてなくて……ん?クラスメイト?」


「えっ!私たちクラスメイトでしょ!それに、自己紹介したじゃん!」


彼女の言葉に、俺はまたしても戸惑う。


「えっと……昔から、人の名前を覚えるのが苦手で……ごめんなさい」


「私の名前は春原 凛!わかった?す・の・は・ら・り・ん、覚えた?」


彼女は、自分の胸を指差しながら、少し呆れたように言った。


「……はい」


俺が小さく頷くと、彼女は俺の顔をじっと見て、こう言った。


「絶対、嘘じゃん!!」


「嘘じゃないですよ」


俺が精一杯の正直な気持ちを伝えると、彼女は疑うような表情でさらに問い詰めてきた。


「ホント?じゃあ、私の名前は?」


「……えっと、……す」


俺は必死に記憶をたどるが、口から出てくるのは頼りない音だけだった。


「す?」


彼女が首を傾げ、耳に手を当てる。


「す、がら……さん?」


その瞬間、彼女は「スゴっ」と新喜劇のリアクションのように膝から崩れ落ちた。


「ほら、やっぱり!覚えてないじゃん!春原 凛!」


彼女は、顔を真っ赤にして叫んだ。

俺は、ただ頷くことしかできなかった。


「うーん」


俺が曖昧に返事をしていると、背後から別の女子生徒の声がした。


「凛、何してんの?早くお昼食べようよ!」


「うん、ちょっと待って今行くー」


彼女は慌てて立ち上がると、くるりと俺の方を向いた。


「私!名前を覚えてもらえるように頑張るから、覚悟してて!じゃ、また教室で」


彼女は満面の笑みで、力強く宣言し友人の元へと駆け寄っていった。


(えっ、この子、何言ってるんだ……?)


その場に残された俺は、ただただ戸惑うばかりだった。

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