第3話 群れる俗人

そもそも青春ヶ丘学園とはなんぞやと?

青春ヶ丘学園は国内最大級のマンモス校であり、偏差値も50〜60ぐらいとそこそこ賢い人気校ってのが一般的高校の評価だ。

だがこの学校はそれだけじゃない。

この学校が世間から評価される点はその圧倒的な個性。

ここ、青春ヶ丘学園は数多くの奇才、天才、秀才、が存在し、それぞれが各々に部活や同好会を作り日本のみならず世界で活躍する。

数が多ければそれに付随して多種多様な個性が集結する。実にシンプルかつバカな戦略。しかしそれが実際成功してしまってるのだから文句の言いようもない。

そして青春ヶ丘学園アイドル部は幾多にもある学園の部活、同好会の中でもトップクラスの実績を持つ。

今ではアイドルの登龍門とも言われ、アイドル部に所属し卒業できれば世界にも通用すると言われている。

実際、アイドル部の卒業生たちは世界で活躍している。

だがもちろんアイドル部にはアイドルだけが所属している訳ではない。

それを支える裏方、所謂運営となる者達も所属している。そしてそれは今の世代なら明や凰介となる。

俺は部室に向かいながら異様に生徒が集まるクラスに耳を傾ける。

そこからは『ねぇオーディションのことってほんとなの!?』『私も参加できる?』と必死な質問が聞こえてくる。

月和の脱退から三日、毎日授業が終わるたび学校中の生徒、中等部の生徒までが明や『カレイド』の面々の元に集まって質問攻め。

明からは「後日発表するからそれまで待ってくれ」と答えろと言われているがそれもいつまで持つか。

部室にもたくさんの生徒が押し寄せていたがそれを振り切って何とか部室に入る。

入る時に何人かが無理矢理入ろうとしたが扉をぶつけまくって撃退した。


「ふぅ……」

「お、お疲れさまです」


不法侵入者予備軍を撃退して息をついてたら声を掛けられた。

見ると部室には先着が二人いた。


「お前たちもここに避難したのか」

「当たり前よ。流石に予測は出来てたわ。それにしては貴方は遅かったみたいだけど」


このちょっと上から目線の少女は西蓮寺黄金さいれんじこがね。めちゃくちゃあるあるだが大企業のご令嬢でSNSでの日常生活の投稿とかでなんかしらんけどフォロワーがたくさんいる。個人的になぜ自分の日常生活を投稿してそんなにフォロワーが取れるのか謎である。彼女がアイドル部に入ったのは才能があったのと、自分という商品を活かすのに丁度よかったかららしい。

で、最初に俺に声を掛けてきたビクビクと震えているハムスターは陽裡美音かげうちみね。元々の臆病な性格で、その恥ずかしがり屋な性格と小動物のような可愛らしい見た目でで一部のオタクファン層から絶大な人気を得ている。なお、入部した理由は少しでも臆病な性格をどうにかしたいかららしい。


「お前らと違って俺は知名度はないからな人はこないんだよ」

「ほんとかしら?」

「そういうお前こそ、どうせ明の野郎に押し付けてきたんだろ?」

「ふふ、否定はしないわ」


黄金は悪巧みな笑みを浮かべる。

一瞬明の教室を通り過ぎた時俺が送り込んだ分より些か多かった。メンバーの中であの野郎に回すのは大抵こいつだとは思っていた。


「てかよくお前らはここに避難できたな?」

「私はどいてって言ったらどいてくれたわよ?」

「女王様かよ……」


その発言内容と言い方は完全に女王様である。

そもそもあの大群がその一言でそう簡単にどくとは思えないがな。

だがまあ聞かぬが仏と言うしな。


「わ、私はそっと急いで」

「えーっと、授業が終わると同時にバレないように急いで来たと?」

「は、はい」


俺は美音の短い言葉で彼女がどう行動したか言い当てた。

それに黄金が少し引いている。


「毎回思うけどよくあれだけで解るわね?」

「こいつの行動パターンはもう覚えた」

「それストーカー発言だから気を付けなさいよ」

「事実だから仕方ないだろ。他の面々はどうなんだ?」

「私が知ると思う?」


黄金は「分かってるでしょ?」と言いたげにそう言う。


「………いや、なんでもない」


黄金はあまり人を個人で見たりはしない。彼女が見るのはその人間の商売的価値のみ。この騒動には彼女が気にするほどの商売価値はないのか。それとも何もしない方が良いと判断したのかのどちらかだろう。


「美音は……ないよな」

「す、すみません……」


美音にそんな余裕があったら彼女のもう目的は半ば達してるからなーー。


「………お前ら、月和の脱退の件はどう思ってるんだ?」


俺は二人に月和の件について意見を聞いてみる。


「どうもこうもまあそうでしょうねって感じね。だけどちょっと勿体なかったなかとは思うけどね」


反応はまあ冷たいものだった。黄金の中的には半ばこの展開は予想できていたことなんだろう。ただ最後の勿体ないは個人的にはいい感想だ。

恐らく彼女の中では金銭的な試算表が出来た上での感想なんだろう。


「わ、私はちょっと寂しい…かな…」


美音は申し訳なさそうに手を挙げてそう答えた。


「寂しいのか?」

「あ、あんまりお話、で、できなかったけど、や、やっぱり寂しいです」

「そうかしら?商売の世界、責任を恐れた判断の遅さは致命傷になり得るわ。その点で言えばアイツの判断は間違ってないと思ってるわ。それに彼女も納得したと聞いてるしそこまで気にする必要はないわよ」

「で、でも、バイバイの挨拶ぐらい……でも月和さんも納得してる・・・なら・・・」


二人の意見はまったく違うな。

黄金は金銭価値的な基準に基づいて淡々としてる。どちらかというと明と似た考え方だ。

片や美音は自分と同類に近しい存在がいなくなって不安という感じが強いな。

だがやっぱり共通してアイツからは月和の納得の上でという形で伝わっているのか。

まあそれもいつまで持つかは分からないがアイツなら簡単に対処するはずだ。


「それにしても随分とあの子にご執心のようだけど、此間も中々な怒気だったし。何か彼女に思い入れでもあるのかしら?」


突然黄金が俺の腹を探ってきた。

俺は少し挑発的に返してみた。


「興味無さそうにスマホをいじっていた癖に。気になるのか?」


あの時黄金はずっとスマホを見てこちらを気にする様子はなかった。


「それは気になるわよ。貴方、あの後彼女と会ってたらしいじゃない。一体二人で何をしてたのかしら?」


流石商売人。すでに耳に入ってたか。いや、逆にあえて数日放置したのか。

多分俺と月和の関係をはかろうとしたんだろう。


「そう面白いものじゃない。ただのメンタルケアだ。放って置いて変な事をされても堪らないだろ?」


嘘はつかない。だが言葉は変える。一定の技量、観察眼を持つ商人の前で下手に嘘をついたところでそこが弱点ですと宣言するのも同じ。そして自然体であること。無駄に堂々もせず焦らず、オドオドせずあくまで自然体で接することが彼女との会話では重要だ。


「んふふ、それもそうね」


その答えは納得したのか、それとも泳がせたのか。判断に困る。


キーンコンカーンコーン


チャイムが鳴る。

少し時間が経つと流石に大半の生徒が部室の前から居なくなっていた。

そろそろ行くか。


「もし何かあるなら、先輩として相談に乗るわよ?」


俺が部室を出ようとした時に黄金がそう言ってきた。

相談か、客観的に見ればただ心配していると捉えられのだが、その言葉が本心なのか、それとも俺の考えを見透かしてからの誘いなのか……まあこの人ならほぼ確実に後者か。


「そうですね。信頼出来たらそうさせてもらいますよ」

「あら、私のことを信頼できないの?」


黄金は「驚いたわ」と言いたげな感じで言う。だがその眼にはまったく驚いてる様子はない。


「金の為ならどんなことでもする。そんな貴方に自ら弱みを差し出せてと?」

「私のことをよく理解してるじゃない」


黄金は嬉しそうにまったく訂正することなくあっさりと認めた。


「でも私、こう見えても貴方のことしっかり見てたつもりなのよ?」


黄金は俺の肩に手を置いた。

俺はそれを払う。


「金稼ぎの奴隷としてか?」

「強いて言うならピエロかしら」

「そういうには王様に必要なもんでしょう」

「商人が王位を持ってても別に何もおかしくはないと思うけど?」


二人の間を静かだが荒ぶるような静寂が支配する。

それを傍らから見ている美音は「あわわわ」と口をプルプルさせ隠れて見守ることしかできなかった。


「悪いが、俺はアンタの下に就くつもりはない」


凰介はそれだけ言い残して部室から出て行った。


「これからも期待してるわよーー」


黄金は凰介が去った後、なぜかそう呟いた。


「け、喧嘩はやめた方が……」

「あら、もしかしてそう取られたのかしら?安心して。これも私と彼なりのコミュニケーションだから」

「な、ならいいけど……」


黄金は美音の頭をよしよしと撫でる。


「でもやっぱり惜しいわね。いつか味見くらいは、ねえ」


笑顔でそう答える黄金に美音は仕方なしに納得するしかなかった。

それと最後の言葉と舌なめずりは見聞きしなかったと美音は自分の心に宣言した。

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