第2話 脱退宣告
「そういう訳で急で申し訳ないんだけど。引退してくれないかな?」
「え、ええーーと………」
私は突然のことで頭が真っ白になった。
レッスンが終わってシャワーを浴びて戻ってきたら突然部長である明から引退してくれって言われた。
何がなんだか分からず戸惑ってる私に向かって明が淡々とその理由を説明する。
「まあ分かってると思うんし、遠回しに言っても君の事だ。直接言えって言うと思うからはっきり言うけど色々な面で脚を引っ張り過ぎなんだよねーー」
ほんとにはっきりと言ってきた。確か明の言う通り遠回しに言ってきたら直接言ってと言っていたと思う。
それに…明の言うことに思い当たる節がない訳じゃない。
「表情が硬い、ダンスでもよくミスをする。体の動きが固い、歌では前に出過ぎてバランスが崩れる。何よりグッツの売り上げが悪い。アイドルたるものオタクは必須。他の面々はほぼ完売なのに君はそのまったくの逆。ほぼ売れ残る。これじゃ採算も取れないってこと」
ぐぅの音も出ない。
てかそんなこと私が一番気にしてるわよ。
「コウも保管スペースが無くて困ってたし。グッツのを作るのだってタダじゃないんだ。仮に君のだけ作らなかったらそれはそれで問題になる。かと言って作れば殆ど売れず保管スペースも無くなる。それらを総合して言うなら。足手まといってこと」
反論を言う隙もない。アイツら経営側からしたらそういう判断をしたなら私のほんとに、多分私が思ってるより酷いんだろう。
だけど、私だって、頑張ろうとは……思ってやってたんだけどさ……。
「それでももちろんそちらにも配慮する。こちらからの一方的な脱退通告だと今のネット社会的にいいことなんて何一つない。だから適当にこっちから理由を付ける。君もそれに従って対応してくれ。これはお互いの為でもあるんだ。売り上げが悪いから脱退させたなんて知られたら経営のけの字も知らないネット民が騒ぎ出すし、かといって君に対して変な噂が尾ひれがついて広がるのはこちらの本望でもない。これはお互いの為なんだ。納得してくれるね?」
強い笑顔。いつもにっこりと笑っている明。だけどその笑顔にもいろんな感情があって、今私に向けている笑顔は有無を言わせない圧。
もともと運良くて合格できたからやってみようって感じだったし……仕方ないわよね……。
「分かった」
「了承してくれてありがとう。お礼の気持ちとしてこれを渡しとくよ」
明がなんかちょっと小さめの手提げ袋を渡してきた。
持ってみた感じちょっと重かった。
「中身は家で確認してね」
私はそれに頷いて部室を出た。
***
翌日、私は重い足取りで廊下を歩く、いつもなら部活の練習があるけど私は……。
「……帰ろ」
私は荷物を持って帰ろうと歩いていたら、どうしてかピクニックスペースのベンチに足を屈めて座っていた。
「ああ~~、なんとなく分かってはいたんだけどな……」
月和は一人ベンチで後悔の念を思い返していた。
「分かってたよもちろん。自分がダメだって。元々クソ陰キャだし、運動音痴だったし、表情演技とか苦手だったし、まあ強いて歌はまあまあだったと思うけど他と合わせられなくて………はぁ~なんか自分で言ってみるとマジでダメダメじゃん。逆によく置いてくれてたな」
ほんとに偶々運よく合格できて、あの時は嬉しかった。念願の部活に入れて、もしかしたらって思ってた…はぁ………でもやっぱり悔しいな……。
「せめてなんで合格できたのか理由くらにゅわ!?」
突然頬に冷たいものが当たった。
それに驚いて思わず月和はベンチから転げ落ちた。
「そんなに驚くかよ?」
見上げるとそこには凰介がいた。
「な、なんでアンタが……」
どうして凰介がここにいるのかと月和は驚く。
「ちょっと早帰りしてきただけだ」
「いや、それ理由になってなくない?私が聞いてるのはなんだここにいるのかってこと。学校じゃなくてこ・こ・に・ね」
「大体悔し涙を流すならここが一番幻想的だからな」
凰介が当たり前のようにそう言って校庭の方を見る。私も彼に釣られてそっちの方を見るとそこにはオレンジ色に染まる空にギリギリ目が痛くならないぐらいに強いオレンジ色の沈みかけの太陽があった。
その太陽の光は私の頬を少し焼いているように温かったのに気づいた。
「結局納得したのか?あのクソ餓鬼の言い分に」
彼が私の眼を見てそう聞いてきた。
多分彼が言うクソ餓鬼って明のことだと思う。
そしてそれを聞いて一瞬忘れかけていた自虐心が戻ってきた。
「なによ。知ってるんじゃない……」
「それで戻ってきたからな」
彼は片手でDr.ペッ○ーの缶を開ける。
「じゃあ知ってるでしょ。私はもうアンタとは関係ないって」
「それを決めるのは俺だ。少なくとも俺はまだ納得してねえ」
なぜか彼が怒ってくれる。
言ってなんだけど、私は彼とそこまで話したことはない。
基本的に事務的なことしか話したことがないからこうして私的に話すのはどこか新鮮だった。
「あんだけ苦労してたくせにいたくあっさり納得したんだな」
「なんでそう思うのよ?」
あの場にいなかった彼がどうして私が簡単に納得したのを知っているのか気になってそう聞いてみた。
「予め聞かされていたらお前ならどうにかしようという必死さが出るはずだ。だが俺が離れる前、お前からそんな感じは一切出ていなかった。期間を考えても四日じゃ微妙過ぎる。なら今日突然脱退通告を受けたと推測しただけだが…その表情からして当ってたみたいだな」
凰介が月和を見ると口を半開きにして茫然と自分を見ていた。
「で、納得したか?」
「………納得するしかないでしょ。彼の言うことは全部正しかった。反論の余地なんてなかった。自分で繰り返して言ってみたけど解雇されて当たり前よ」
「それは理性での納得だろ?心は?感情は?お前の本心はどうなんだ?」
彼が鋭い視線で私を見つめる。明とは違う圧を感じる。明の圧は絞りきられた選択肢から選ばせるような空気の圧。だけど凰介の、私の目の前にいる彼から感じる圧は重いはずなのにどこか軽くまるで私を煽ってくるような、いや、実際に煽ってるんでしょう。だからなのか無限の選択肢から答えを選べと言われているようだった。
だから私は立ち上がり彼の迫って、胸倉を掴んで顔を近付けて言った。
「納得できてる………訳ないでしょう!面倒なレッスンを受けて!ほんとは家でぐうたらしたかったのに合宿とか言って山で共同生活させられて!ネットでたくさん批判浴びて!見たくもないない現実を見せつけられて価値がなかったからごめんなバイバイってそんなんで納得できる訳ないでしょ!」
月和の溜りに溜まりまくった本音を凰介は真正面から受け止める。
「はぁ、はぁ…」と息も絶え絶えになり、掴んでいた胸倉を離す。
「ふ、ふふ、ふはははは!!」
突然凰介が声をあげて笑いだした。その笑いはどこか狂気じみていた。それに月和は少し怯えた。その雰囲気は彼女が知る中でもっとも異質であったからだ。
「ああ、俺もそう思うぜ?」
落ち着いた様子の彼は太陽の方に歩き出す。
「あんなに努力したのに、辛かったのに、苦しかったのに、じゃあさようならなんてな、俺でも認める訳がねえ。せめて腕の一本ぐらいは、欲しいよな?」
彼はガラス柵に腰を預けて両肘をその上に乗せて私を見る。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「そんなの、どうもしないわよ」
「………?ふ、ふふふ、ふはははぁぁ」
彼はまた笑った。まるで「そうくるか」と言われているような気分だった。
「な、なにがおかしいのよ!」
「いや、そうか……いや、そうだよな。お前の言ってることは間違ってない。だがそれが出来れば誰も苦労はしない」
「…?」
彼は笑いを堪えながらDr.ペッ◯ーを飲む。
私は彼の言うことが理解できず首を傾げる。
「期間はざっと一週間か……」
彼は小さく何か言った。遠くと聞き取れなかったが彼はそれをうやむやにするようにジュースを飲む。
彼は一瞬私の背後を見る。
「そろそろ解散した方が良さそうだ。お前も要らぬ噂は嫌だろ?」
彼の視線の方を見ると何人かの生徒が私たちを見ていた。
そうよね、もう私が脱退したことをみんな知って……。
私は急に更に居心地が悪くなりバックを持つ。
「何か相談事があったら会いに来い。それぐらいはな…」
「アンタに相談することなんてないわよ」
月和はそのまま逃げるように下校した。
どうせ、
「月和、お前が思うほど世の中はそう清らかじゃねえんだぜ。むしろ密に群がる虫のように粘着気質な、面倒な世界なんだ。お前もすぐに解る」
ピクニックエリアに一人残された凰介は飲み終えた缶を捨てる。
「さて、仕事を片付けおくか」
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