第32話 頼りになる存在

 爽やかな暑さの中、俺はラフィニアに手を引かれて聖都の市場へと引きずり出される。


 市場街に着くと、人々の活気ある声や音が耳を震わせた。

 がやがやと交わされる日常の会話。

 鼻孔をくすぐる肉と香辛料の香ばしい匂いや、ふわりと漂う甘い香りが食欲を刺激してくる。


 そんな中、俺とラフィニアは市場のメイン通りを進んでいく。

 だが、俺は彼女の手を振り払ってその場に立ち止まった。


「ラフィ! ほんとにこの恰好、恥ずかしいってッ!!」

「え~? アシュリーちゃん似合ってるよ? そのワンピース♪」


 そう。今の俺は聖都で目覚めたあの時よろしく——フリルで飾られた白いワンピース姿だ。

 ご丁寧に髪は赤いリボンでツインテールにされ、可愛らしいヘッドドレスまで付けられている。


「だからって……なんでこんなフリフリの服ばっか……」

「それはねぇ……アシュリーちゃんに女の子らしくなって欲しいからだよ?」

「じ、じゃあラフィも同じ格好にしろよ!」

「そんな言葉遣いで良いのかな~? マーシーさん、どこかで見てるらしいよ~?」

「うぇ!? マジか!?」


 忙しなくキョロキョロと周りを見回す俺に、ラフィニアはニヤニヤと悪戯心たっぷりの笑みを浮かべていた。

 そのまま一歩進んで振り返る。


「ねぇ、私の服どう? アシュとお出かけする時のために買ったんだよ?」


 そう言って、その場でくるりと回ってみせた。

 水色のワンピースの裾がふわりと舞い上がり、白いエプロンドレスがそれに色どりを加えている。

 つばの広い白の帽子が、照り付ける陽の光をほどよく柔らかくしている。


 ラフィニアの服装は可愛いが、その装いは俺よりは落ちついたものだ。


「……ラフィの服、なんか大人っぽい。綺麗」

「……ありがと」

「だから、なおさら”俺”の恰好、何とかならなかったのかよ!?」

「…………」


 急に黙ったラフィニアをふと見ると、なぜか彼女は据わった目で俺を見ている。


「あ、あれ? どした、ラフィ?」

「おかしいなぁ……アシュリーちゃんから”俺”って聞こえた気が……」

「は? いや、お前……まさか、マーシーさんと……」


 背筋の凍るような思いに身を震わせていると——ジッと俺を見据えるアメジスト色の瞳が突然、笑みで細められる。


「ぷっ、あはははっ! ごめんごめん! 冗談だよ……半分くらいはね♪」

「そ、そっかぁ良かっ——おい待て! 半分ってなんだよ!」

「一応、マーシーさんに『アシュリーさんを見張っててくださいね』ってお願いされてたのはホントだし」

「くっ!? 油断も隙もないな、あの人」



 こうして俺たちの日常が戻って来た。

 ラフィニアの、弾けるような笑顔がそれを物語っている。


(まぁ、恥ずかしいけど……ラフィが喜んでくれるなら良いか……)


 ふと、自身の恰好を見下ろして苦笑する。

 それでも、数日前までの地獄を考えると——ずっと幸せだった。





 ——その後もラフィニアとの市場巡りは続いた。


 嬉しそうに手を引く彼女の姿が、俺の胸中に楽しむ余裕を与えてくれている。

 そのせいか、この乙女感しかない格好も気にならなくなっていた。


「ラフィ、この月のペンダントは?」 

「アシュリーちゃんには、こっちの髪飾りの方が似合わない?」

「いや、おr……”わたし”のじゃなくて、ラフィへのプレゼントなんだけど」


 ラフィニアの「え? 私の?」と驚いた顔を見ると──


(来て良かった、かな……。なんか、楽しいし……)

 

 と、ラフィニアの元気な姿を見て安堵していた時だった――



「お! 可愛い子が二人もいるじゃん!」


 次の店へと、表通りに出た途端だった。

 俺たち二人の進路上に、男が二人立ちふさがっていた。


「へぇ、ここらじゃ見ない顔だな?」

「君らはお友達? 俺らとも友達になってよ」


 そして、男二人は俺とラフィニアを挟むように馴れ馴れしく隣に並んだ。

 いつもなら、威圧する言葉の一つでも出たハズ、なのに——


「アシュリーちゃん? だ、大丈夫!?」


 ラフィニアの呼びかけにも答えられず、視線が宙を泳ぐ。


「おっと、震えてんの? 黒髪の子は俺らが怖かったのかなぁ? ごめんねぇ」

「話かけただけじゃん! さては……世間知らずのご令嬢か?」


 男たちの舐め回すような視線と、軽薄な言葉が俺の心に絡みつく。


 もう乗り越えたつもりだった。

 けど、あの地下での惨劇——グイード達に捕まった記憶は、未だに恐怖心として脳裏にこびりついていた。


 全身が震えて動かない。

 涙が勝手に流れ出す。

 呼吸がうまく、出来ない。


「なんだよ? そこまで怖がることねぇじゃんよ」

「仕方ねぇ……優しく介抱してやるか?」


 男の一人が伸ばした手が迫る。


 それは、あの時の——鉄格子の隙間から伸びる手を彷彿とさせた。

 俺の口からは、反射的に拒絶の言葉が漏れる——


「や、やめ——」

「貴様ら、そこで何をしている?」


 その言葉すら上手く出なかった時だった——。

 どこかで聞いたことがある声が耳にとまる。


 張り詰めたようでいて、優しさが滲む声の主は——


「ぐ、グレイン……さん?」

「グレインさん! アシュが!?」

「分かっている。少し待っていてくれ」


 男二人へ歩み寄るグレインさんの灰色の髪が風に揺れる。

 普段は穏やかな青い瞳も、今は鋭く男たちを射抜いていた。


「んだよ? てめぇに指図される——」

「待て、コイツ……聖騎士か?」

「第一小隊のグレイン・アルマンだ。彼女らに用があるなら俺が聞こうか」


 そう言ったグレインさんは男たちに一歩、詰め寄る。

 男の一人が「アルマン、だと?」と顔を強張らせて呟く。


「クソが……”剣聖”の息子かよ。おい、行くぞ」

「あ、あぁ」


 グレインさんの——たった一歩が、男たちを怯ませた。

 二人はすぐに後退り「ちっ!」と、舌打ちを残して街の雑踏に消えて行った。



▽ ▽ ▽



 ——グレインさんに連れられ、市場の外れにある広場の隅で俺は蹲っていた。

 わずかに市場の喧騒から離れ、優しく落ちる日影が火照った頭を冷やしてくれる。 


「アシュリー嬢、無事か? 何があった?」


 グレインさんは、蹲った俺のそばで膝をついて優しく語りかけてくる。

 その声音には心配するような気配が混じる。


「ごめ、なさい……。急に、嫌な記憶が——」


 抱えていた頭を上げるとラフィニアの心配するような表情が目に飛び込む。


「ラフィ、ごめん……。”わたし”——」

「アシュリー嬢、それ以上言わなくていい」


 俺の謝罪の言葉を、グレインさんの穏やかな声が遮った。


「よく、頑張った。君は立派だ」


 そう言ったグレインさんの大きな手が、俺の頭を優しく撫でた。

 さっき感じた嫌な手の感触とは違う。どこか安心するような、身を委ねたくなるような包容力があった。 

 

「アシュリーちゃん……」


 そっと俺を抱き寄せるラフィニアの声と体温に、全身の力が抜ける。

 頬を滑り落ちる何かが、石畳の地面に黒いシミを残していく。


「なんで……別に、悲しいわけじゃ、無いのに!」


 俺の意思とは無関係に、涙は止めどなく流れ続けた。

 こんな事で泣くなんて、これじゃまるで——


「女の子には、泣く時間も必要なんだよ?」


 心を読んだかのようなラフィニアの一言に、俺の感情は揺れ始める。


 堰を切ったような泣き声が周囲に響いた。

 近くを歩く人たちは、何事か? と遠巻きに通り過ぎていく。


 涙で滲む視界の端で、グレインさんが羽織ったマントを広げて遮ってくれる姿が目に映った。


 そして、小さな子供をあやすように「よしよし」と背中をさすってくれるラフィニアを自然と抱きしめる。


(俺……どうしちゃったんだよ……?)


 自問する言葉が、じわじわと心に影を落としていく。

 以前の俺なら、迷うことなくラフィニアの前に出て、守れていたはずなのに……。

 


 ふと、ラフィニアの泣き崩れた夜を思い出す。

 あの時とは真逆だが、今は二人の優しさに甘えるしかなかった……。 

 

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