第33話 弱さの自覚
陽も傾き、黄昏の色が街を染め始めている。
昼間とは打って変わり、市場の喧騒は夜の宴会場へと変貌しつつあった。
俺はラフィニアと繋いだ手をギュッと握り締め、俯いたまま道を歩いている。
情けない――その感情すら、奥底から湧いた恐怖が塗り潰してしまった。
(なんで……俺は、ラフィを守れなかった……?)
その自問に答えなど出るわけもなく、その言葉は胸の奥へと沈んでいく。
自責の念だけを残して——。
どのくらいそうして歩いただろうか……。
変わらずラフィニアは黙って寄り添ってくれる。
ふと視線を上げれば、前を歩くグレインさんの広い背中が目に映る。
(グレインさんって、こんなに大きな背中してたんだ……)
少しの間、そうして彼の背をジッと見つめていた。
少しすると、グレインさんは歩みを止めてゆっくりと振り返る。
「では、二人とも。また何かあれば俺か……父上にでも相談してくれ」
言われて周りを見回す。
大聖堂の裏手。
毎日見る前庭と、木の扉——
すでに修道院の宿舎前に付いていたようだ。
そっと手を離したラフィニアが俺の前に立ち頭を下げる。
「グレインさん、送って頂いてありがとうございます」
「いや、気にしないでくれ。俺の責務でもあるしな」
「それに……アシュリーちゃんも救ってくれて、本当にありがとうございました」
「……あぁ、無事で何よりだった」
ラフィニアとグレインさんが親しく語り合っている。その姿を見ると、なぜか自分だけが取り残されたようで、チクリと胸に痛みが走った。
(なんだ、今の……?)
自身の異変に首を傾げていると「では、また」と、グレインさんの声が耳を掠めていく。
慌てて返事を——と焦るばかりで、結局その言葉を口にすることは出来なかった。
ラフィニアが淀みなく声を返している傍らで、俺のわずかに伸ばした手は所在なさげに宙を漂っていた——。
——その後、宿舎の自室へと戻った俺はベッドに顔をうずめている。
「んあぁ~、恥ずかしぃ……」
「どうしたの、アシュ?」
うつぶせで忙しなく足をバタつかせて呻き声を漏らす。
それを見たラフィニアは「服がシワになっちゃうから着替えなよ?」と、姉らしい言葉を投げかけてくる。
それでも、起きる気力も無かった俺はじっと枕に顔を沈めたままだ。
耳にはラフィニアの着替える
彼女の着替える音が止み——ふと顔を上げると、ラフィニアがベッドに腰を下ろすところだった。
紫の瞳がこちらをジッと見据える。
「もしかして……グレインさんの前で、わんわん泣いちゃったこと気にしてる?」
「ぐっ……ラフィ、無駄に鋭いな……」
「そりゃあ、大事な妹ちゃんの事だもん♪」
得意げに胸を張るラフィニアの姿に、安心感を覚える。
けれど、昼の出来事が脳裏を掠めると、再び沈んだ気持ちが頭をもたげる。
「だって……なんか怖くて、身体が動かなくなっちゃったんだよ……」
不貞腐れたように目を逸らして、言い訳のような言葉を漏らす。
それをラフィニアは静かに「うん、うん」と頷き、穏やかな表情を見せてくれる。
そんな彼女の姿を見て、ふと思う——
ラフィニアの声が、その姿がいつも俺の心を支えてくれていたんだ、と……。
「なぁ、ラフィ……あ、ありがと」
「ふふっ」
「何だよ? その含みのある笑い方……」
「ううん、何でもない」
何でもない——と言いながら、ラフィニアの表情は嬉しそうに綻んでいる。
すると、静かに伸ばした彼女の手が俺の頭を撫で始めた。
「な、なに? 急に……恥ずかしいだろ」
「だってさぁ、今日一日でアシュも女の子らしくなったなぁ、って思って」
「…………はぇ!?」
「強いアシュも格好いいけど、弱さを見せてくれるアシュも可愛くて、好きだよ?」
顔に火が付いたように火照った。
あまりの恥ずかしさに俺の口は言葉を発することなく開きっぱなしだ。
それでも、この気持ちの陰にほのかな喜びが混ざっている——俺は、その感情に困惑していた。
「ラフィ……恥ずかしいから、もうやめて……」
逃げるように枕に顔をうずめる。それが今できる精一杯の抵抗だった。
「ふふふっ、そういう所が可愛いんだけどなぁ~」
沈黙する俺を他所に、ラフィニアは嬉しそうに笑っていた——。
▽ ▽ ▽
——ラフィニア視点——
夜が帳を下ろし、しばらくの時が流れた——。
月明かりが窓枠の影を色濃く室内に落とし、深夜の静けさがすべてを包み込んでいる。
虫の声すら止んだ時間——私はアシュの寝顔を眺めていた。
静かな部屋に広がるのは、彼女の規則正しい寝息だけ。
ゆっくりと上下する胸の動き。
いつもと変わらないはずの光景——それが、アシュに平穏が訪れた証拠のように思えた。
——私たちの日常が、やっと戻って来た。
その想いと同時、つい数日前までの生活が胸の奥を締め付ける。
アシュが居ない日々が、どれだけ空虚で、どれだけ無感情だったのかが今ならよく分かった。
彼女を想うだけで張り裂けそうな痛みが、いまだにジワリと胸中に広がる。
伏せた目を上げる——と、気持ちよさそうに寝息を立てる姿に安堵する。
アシュを起こさないように、彼女の髪にそっと指を通した。
「相変わらず、サラサラの髪だね……」
静かに呟いた声が、胸の奥に留めていた違和感を呼び覚ます。
(封印魔法の気配が、ほんの少しだけ強くなってる……)
アシュの髪に触れて意識を集中させれば、わずかに感じ取れる特殊な魔法の波長——封印魔法の気配。
それが、薄皮一枚を隔てて彼女の内側を流れている。
ソフィアさんが言っていた。
封印の根幹——神聖魔法は、聖女のみがその担い手として世界に安寧をもたらして来た、と。
それなのに、アシュからその魔法の波長が感じられる。
それが昼の市場でも、ずっと違和感として私の胸中をざわつかせていた。
だからこそ、言いようのない不安がよぎる。
「ねぇ、アシュはどうなっちゃうのかな……?」
私が無我夢中で使った魔法でも、アシュの身に起きている異常は治せなかった。
ソフィアさんも、ティミシアさんも黙っているけど、それくらい私にも分かる。
でも、このままじゃ——
「アシュは、消えちゃうの? また私を置いて……」
ふいにベッドに雫が落ちる。
それでも、私にアシュを諦める選択肢など無かった。
「待っててね、アシュ。今度こそ……私がアナタを救ってみせる」
私の決意は、夜の闇に溶ける。
それでも胸の内に宿った熱は冷めることなく、むしろ未来への想いを強くした。
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