第2話 迫る危機の気配
「じゃーん! これ見てよ、アシュ!」
手に下げた黄土色のバスケットを、ラフィニアはガサゴソと探って引っ張り出したものを得意げに披露した。
それは、古びた羊皮紙だった。
魔法陣や難解そうな文字がびっしりと書き込まれていて、一目で怪しさを感じる。
「なぁ、なぜか嫌な予感しかしないんだが……」
つい本音が漏れるも、彼女は気にもとめずに目を輝かせている。
「聖都の古いお屋敷で見つかったんだって! ほら、『神聖魔法と封印術式』って書いてあるでしょ?」
「やっぱ、嫌な予感しかしないわっ!」
俺は動ける限界まで身を乗り出し、羊皮紙を奪おうと手を伸ばしたが不可視の壁がそれを阻んだ。
「おい、ラフィニア聞いてくれ。俺だってこんな所からは出たいけど……こんだけ厳重に封印されてるって事は――――」
「でも、悪い悪魔が見ず知らずの人を助けたりする?」
「うぐ……いや、そうなんだけど……」
それは厳密には俺じゃない。
そう言って真実を明かそうとも考えたが、ラフィニアに見放される――それを想像すると怖くて声が出ない。
いつかは話すべきだと分かってはいるが、今は踏み出す勇気が出なかった。
ふと、彼女が持っている羊皮紙の隅で目が止まった。
そこには――”アシュタロト”の記憶で見た”紋様”があった。
それは四つの武器を交差させ、その中央で
(これ、確か……『レギアレン帝国』の国章、じゃなかったか……?)
その国章を見た時、意識の奥底から胸が焼けつくようなざわめきを感じた。
これは、アシュタロトの記憶と感情だ――――。
かつて、帝国の勇者たちと死闘を繰り広げた記憶の
生々しく残るソレは”アシュタロト”にとって、忘れる事のできない出来事なのだろう。
――と、不意に嫌な視線を感じた。
背筋を舐めるかのような、その不気味な気配があった方へと目を向ける。
そこにはラフィニアの持つ羊皮紙があった。
(今……? 何か嫌な感じがしなかったか?)
だが今は見た目にも変化なく、ただの古びた羊皮紙だ。
「なぁ、ラフィニア。その羊皮紙、どこから手に入れたのか詳しく教えてくれ」
「うん? え~っとね……村に来た旅商人のおじさんに声を掛けたの、『封印の事を書いたものとかありますか?』って。そしたら『じゃあ、この羊皮紙が役に立つかもしれんな』って」
と言いつつ、ラフィニアは古びて黄ばんだ羊皮紙をずずい、と前に突き出す
「そのおじさんが『聖都で捨てられる寸前の物を譲ってもらってな。これも何かの縁だし、君に譲ってもいい。その代わりに』って言うから、お野菜いっぱい買っちゃった!」
とラフィニアは片手に下げていたバスケットから、カブやほうれん草に似た野菜を取り出して「どう? 美味しそうじゃない?」と自慢し出した。
「……胡散臭い話だな。――ってか乗せられて買いまくってんじゃねぇかっ!?」
「ふぇ? だってお野菜、キレイだったんだもん!」
「あ~、うん。俺が悪かった。ラフィニアはそういうヤツだったもんな」
「もぉ~、アシュのイジワル!」
――と頬を膨らませるラフィニアは放置して、俺は腕を組みながら思考の海へと潜っていく。
(どうにも話が出来過ぎてる……。封印術式を記した羊皮紙が、ここにあるのは偶然か?)
ザラつくように胸に残る嫌な気配が拭えない。
その原因の一つ――ラフィニアの持つ羊皮紙をじっと見つめる。
「とにかく、その羊皮紙はしばらく俺が預かる」
「えー! せっかく手掛かりを見つけたのにー!」
「お前、俺の封印が解けて
「……うぐぅ~……取りますぅ!」
「いや、そんな無理してまで責任取ろうとするなよ!?」
「で、でも! 村で噂を聞いたの!」
「ん? 噂って、なんのことだ?」
ラフィニアは不安そうに眉根を寄せて口を開いた。
「北の帝国が『聖国内に封じられた悪魔を探してる』って……」
「それって……」
「うん。多分アシュの事だと思う……」
「帝国は俺を探して、それでどうするつもりだよ……」
「分からないけど、確か帝国って魔物や魔獣を使った魔法具の開発が盛んだ、って聞いたから怖くなっちゃって……」
「マジか……」
と、不穏な空気が流れ始めた時だった――――。
けたたましく鐘を打つ音が空気を震わせ、背が凍るような緊張感が場を満たした。
鐘の音を聞いたラフィニアの表情に影が射し、その瞳は細かく震えだす。
「……何の音だ?」
「ルース村の警鐘……。もしかして、
「すうぉーむ? ってなんだ? 何となくヤバいモノなんだとは思うけど……」
警鐘を鳴らすほどの出来事だ。
ラフィニアの住む村にとって脅威となる問題のはず。
「凄い数の魔物と魔獣が狂ったように押し寄せる現象って聞いた……」
「それって……村は平気なのか? 対策とかは?」
ラフィニアの表情にさらに暗い影が射し、首を横に振った。
遺跡の外を見やる彼女の肩は小さく震えている。
「ラフィニア、『もう少し先の事』って言ってたよな? なんでそんな事分かるんだ?」
「そう、だね。ちゃんと説明するね?」
「……辛い事なら、無理すんなよ?」
「ううん、大丈夫」
深呼吸を挟んだラフィニアは口を開く。
「少し前――聖教会の神官様から『ルース村に
鐘の音が鳴るたびにラフィニアの肩が震え、ギュッと握り締めた手には爪が食い込んで白くなっている。
涙を堪えて揺れるアメジスト色の瞳が俺を捉えた。
「ホントはもっと先の事って聞いてたから、村の皆も対策の準備を進めていたのにに……。私も、アシュに『助けて』ってお願いしたかったけど、もう間に合わない……」
「……それが、俺の封印を解こうとしてた理由か?」
「ごめんなさい……。でも、私はアシュが”良い悪魔”だって信じてる。封印から出られた後も一緒に暮らしていけるって――」
「いや、それは無理だろ」
ラフィニアの肩が、俺の返答に合わせてビクッと跳ね上がる。
彼女の様子に、俺は言葉を間違えたと悟る。
「あ~、うん……。すまん、誤解させた」
「…………え?」
「”無理”っていうのは、世間が
「アシュ……」
ラフィニアの言葉が詰まる。うつむいて震える肩と、揺れる感情の波が呼吸音を震わせている。
少女が目の前で涙を流している状況は、同性になった今でも居心地が悪い。
流れる涙を手の甲で拭うラフィニアも心配だが、何もしてやれそうにない自分が歯痒かった。
そして俺の胸中では「神託」への疑念が渦を巻き始めている。
(にしても、神官ねぇ……。本当にこの国の教会からの情報なら、どうしてソコから戦力が派遣されない? 自国民の危機だぞ?)
ここ「エレレート聖国」は宗教国家ながら、聖騎士や僧兵を始めとした基礎戦力は充分に揃っている規模の国のはずだ。
そんな国が「神託」を寄越しておきながら、戦力を出し渋るだろうか?
(まさか……あえてこの村を見捨てて何かを試してる? それとも教会を語る何者かがいる?)
どう考えても今回の件は奇妙な点が多すぎる。
何より不気味なのが、ラフィニアの持ってきた羊皮紙と村に流れる噂。
その両方にレギアレン帝国が絡んでいる可能性が高い、という事だろう。
(俺、というか”悪魔アシュタロト”を帝国は開放したいのか? もしそうなら、やっぱり目的は兵器転用とか、か……?)
見え隠れする、レギアレン帝国の気配。
不審な聖教会、もしくは聖教会を騙る何者かの動き。
そして、誰かの意図を孕んでいる気配すらある
胸の奥に言いようのない不安感が、ゆっくりと染みを広げていく。
解放される事を半分諦めていた俺の”幽閉生活”は、もしかすると早々に終わりを迎えるのかも知れなかった…………。
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