第6章:トメの真実

 蓮の決死の介入で、楓はその場をなんとか逃げ延びることができた。村人たちの狂気を孕んだ視線を背中に浴びながら、蓮は楓の手を強く引き、森の奥へ、奥へと走った。息も絶え絶えにたどり着いたのは、村のはずれに立つ、あの老婆トメのあばら家だった。

「トメさん! 頼む、この人をかくまってくれ!」

 蓮の切羽詰まった声に、家の扉がゆっくりと開いた。トメは二人を黙って招き入れると、すぐに内側からかんぬきをかけた。外からは、村人たちの怒号が遠ざかっていくのが聞こえる。

 家の中は薄暗く、薬草のような独特の匂いがした。楓は、村人たちが本気で自分を「依り代」として狙っているという事実に、絶望的な恐怖で体が震えて止まらなかった。

 囲炉裏の前に座ったトメは、じっと楓の顔を見つめると、やがて重い口を開いた。彼女が語り始めたのは、この夜鳴村にかけられた、血塗られた呪いの真実だった。

「あんたたちが知りたいのは、影見様のことでありんしょう」

 その昔、この村は長く続く凶作と疫病で、滅びかけていた。人々が絶望の淵にいたある日、村に一人の山伏が訪れ、神託を授けたという。「最も清らかな魂を持つ双子を湖に捧げよ。されば、村は救われん」と。

 当時の村長には、瓜二つの美しい娘がいた。村人たちは、苦悩の末に決断した。愛しい娘たちを、村を救うための人身御供として、あの鎮めの湖に生きたまま沈めたのだ。

 すると、どうだろう。山伏の言葉通り、翌年から村は嘘のように豊作に恵まれ、疫病もぴたりと止んだ。村は救われた。だが、それは新たな呪いの始まりでもあった。

 非業の死を遂げた双子の魂は、強い怨念となって村に留まった。自分たちを見殺しにした村人たちを憎み、彼らの影に憑りついて次々と命を奪い始めた。それが「影見様」の正体だった。

「村人たちは、自分たちが犯した罪の大きさに怯えた。そして、その怨念を鎮めるために、もっとも愚かな方法を選んだんじゃ」

 それが「影踏み祭り」の始まりだった。十年の一度、村に迷い込んだよそ者、あるいは、不運にもこの村で生まれてしまった双子の片割れを、新たな「依り代」として影見様に捧げる。新しい魂を喰らうことで、影見様の呪いは次の十年まで抑えられる。その繰り返し。狂気の連鎖。

「あんたのお祖母さんも、双子じゃった」

 トメの言葉に、楓は息をのんだ。

「お祖母さんの名は小夜子。そして双子の姉は、小百合。次の依り代に小百合が選ばれたことを知った小夜子は、姉さんを見捨てて、たった一人でこの村から逃げ出したんじゃよ。あんたのお祖母さんは、ずっとその罪悪感を抱えて生きてきたんじゃろう」

 そして、蓮の妹、美咲も。彼女もまた双子として生まれたが、片割れは生まれてすぐに死んだ。村長たちは、掟に従って、十年前に美咲を依り代にしようとした。しかし、美咲は真相を知って湖に身を投げた。村長たちはそれを事故に見せかけ、真実を闇に葬ったのだ。

 全てが、繋がった。祖母の日記、蓮の妹の死、村人たちの異様な態度、そして自分の影に起こる怪異。自分は、ただの「よそ者」ではない。逃げ出した依り代候補の、血を引く孫。

 トメは、震える楓に、とどめを刺すように言った。

「あんたは、あの子(小夜子)の血を引く娘。影見様にとって、これ以上ないご馳走だよ。明日の祭りの夜には、あんたは湖に沈められる」

 絶望が、楓の全身を支配する。しかし、トメは続けた。

「だがな、あの子たちの魂を解放する方法が、たった一つだけある」

 祭りの夜は、もう明日に迫っていた。

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