ラブコメディ
俺にも、"アーツ"が使える。
要は、俺もこの世界で魔法使いになれる、ということだ。
ころころと転がっていく話題に頭が追いつかない。
「なん……で……?」
口が自動的に言葉を発する。色々な意味が含まれた『なんで?』だった。
「……あれよ、アンタを強くするためよ。ドリフターって、アーエールじゃ賊に狙われやすいからね」
予想はできる。マルクとジョンという直近の前例がいるし、ギフトの存在もある。飛躍し過ぎかもしれないが、各国がドリフターを手に入れるために裏で策謀を巡らせている、なんてことも考えられるだろう。納得感のある理由だ。
ただ、タバサが何かを誤魔化しているような仕草が気になった。
「分かったけど、なんで今――」
「それにしてもレン、アンタやっぱりステキよ。あんな情熱的にアタシを求めてくるなんてね」
「はい?」
俺の質問を遮り、意味の分からないことを言い出す。なんでそんなにうっとりとろけそうな顔してやがるんですかタバサさん。
「アタシ基本オトコは吸う方だけど、アンタにだったら吸われてもイイって思っちゃったわ。最高だったわよ、あの抱擁」
「このクソビッ――おませさんめ!」
「ぶーーーっ!」
俺は暴言をなんとかオブラートに包み込むことに成功させたが、どうやらその感じがアオイ先輩のツボにハマってしまったようで思いっきり吹き出し、そしてまたもや肩を震わせていた。あなた全然喋りませんね? さっきはともかく、今結構楽しんじゃってない? 嫉妬とかしてくれないのかな? 俺としては結構罪悪感的なモノがありありなんだけど? え? もしかして俺前提から間違ってる?
「ちょっとレン、アンタお堅すぎない? ……まぁ、童貞だし仕方ないのかしら」
「うるさいよマジでこのクソ○ッチ!」
「言っちゃってるじゃないこのクソ童貞! いいからとっととその雑魚○○○アタシにイジめさせなさい!」
「どこで覚えたその表現! どっちかっていうとメス○キじゃん!」
「前吸ったドリフターが言ってたのよこう言うとオトコは興奮するって! 後アタシは22よ! ガキじゃないわ!」
「マジで!? ごめん14ぐらいにしか見えないわ~! 勘違いしてたわ~! マジごめんな~!?」
「人が気にしてるコトをー!!」
初めてタバサと会話をしてから、たった数時間しか経っていない。
だが、それだけでも『コイツに遠慮する必要なんか無い』とわからせられてしまった俺は、訊きたいことを何もかもすっとばしてギャーギャー言い合いをしていた。というか途中から取っ組み合いになっていた。結構負けた。だってコイツやたら力強いんだもん。後俺病み上がりだもん。
ただ、まあ。
心がスッキリしたような感覚があったし、アオイ先輩もいつも通りに笑うようになった。
もしかしたらタバサは、これを狙っていたのかもしれない……少しバイアスが掛かっているかもしれないが。
とりあえず。
今は何も考えずに、身体と心を休めよう。タバサのおかげか俺はそう思うようになった。
そして、タバサはどちらかというとサキュバスなのではないのか、という疑問は窓から放り投げた。
◇◇◇
怪我は既に8割程度治っているらしい。タバサに包帯を取り替えてもらう際に傷口を見たが、確かにな、と思える状態だった。
失われていた肉が復活し、ほぼ正常な太ももの形に戻っている。ただ、生まれたての肉、といった感じで、触ると痛みそうな生々しさがあった。
彼女が傷口に"ヒーリング"を掛けると、青い光と心地良い温かさと共に、グロテスクな現象が起こった。俺は目を逸らした。
包帯を巻き直し、治療を終えたタバサは「この後予定があるから。夕方には戻るけど、それまで好きに過ごしなさい」と言って出ていった。
その途端、アオイ先輩は俺に勢いよく抱きついてくる。上体だけ起こしている状態だったので、押し倒される形になった。
間髪入れず、俺の胸に顔を埋め、ものすごい勢いではすはすしてきた。あともぐもぐも。
やっぱり、嫉妬してくれていたのだろうか。
「アオイ先輩……くすぐったいです」
「んー、もうひょっほはへ」
「んふっ……」
もぐもぐしながら喋ってきたせいで、よりくすぐったくて変な声が出てしまった。
彼女が顔を上げる。
「……ふふっ」
「……どうか、しま……っ!?」
首を、かぷっと一噛み。
おおうっ、アオイ先輩もか。
タバサには右側を、アオイ先輩には左側を噛まれてしまった。だからなんだという話ではあるが。
ただ、タバサの時とは違い、甘噛みだ。かぷかぷはみはみと、歯だけでなく唇も這わせてくる。
妙な気分になってきてけっこうヤバいが、我慢だ。スキンシップというよりもはやあれになってしまっているが、我慢だ。身体は密着しているし、首は色々大変なことになっているが、俺は我慢しなければならない。俺は紳士なのだ。俺の俺も紳士なのだ。
そんな感じでしばらくジェントルマンしていると、ようやく首から口を離してくれた。
「ねえねえレンくん」
「……はい?」
「タバサに噛まれた時、どんな感じだった?」
それ訊いてきますか。ていうかなんでそんなににんまりしてるんですかアオイ先輩。
「……なんというか、その」
「気持ち良かった?」
「…………はい」
何か、キケンな空気を感じるんだけど。やけに自分の心臓の音がうるさいんだけど。これは最初からだけど。
「……私がエーテル中毒になってた時ね」
「……はい?」
いきなり話が変わる。
「タバサに、エーテルを吸って貰ったの。ここ、がぶっと」
自分の右側の首筋を指で叩くアオイ先輩。よく見ると、確かに二つ小さな穴のような傷跡がある。
話変わってないなこれ。しかも聞いちゃならない方向に向かいそうだ。
「それがすっごい気持ち良くて。私、その時タバサと――」
「ちょいちょいちょいちょいアオイ先輩やめなさい」
こんな状況でなんちゅう話ぶっ込んでくんねん。
「聞いてくれないの?」
「勘弁してください……」
タバサはあれだ、危険人物だ。性的に。良いやつではあるんだけど。
この分だと、アヒト氏も一癖ある人物かもしれない。もちろんお礼はするし、金銭的な部分でも働いて返すつもりではあるのだが。今から恐ろしくなる。
「んー。じゃあ、オーバーヒーリングの話するね」
「っ……」
途端、身が引き締まる。
アオイ先輩にオーバーヒーリングを施したのはマルクだ。字面の通り、過剰に"ヒーリング"を受けるとエーテル中毒に陥るそうだ。
エーテル中毒になると一週間程度、まともに歩けなくなるほどの重い風邪のような症状が続いた後、自然治癒する。一日またいで発症するのはウイルスの潜伏期間のようなものらしい。そもそもエーテルとは一体なんなのか、という話は置いておくとして。
ただ、何故マルクはそのような回りくどい手段を選んだのか。
俺たちを動けない状態にするのが目的なら、他にいくらでもやりようがあるはずなのに、と、今となってはどうでもいいことを思いつつ、やはりどうでもよかったので質問はしなかったが。
「オーバーヒールってね、実は即効性で、身体を昂らせる効果があるんだって」
「それって……」
「えっちな気分になるってこと」
「……っ!」
既に死んでいる相手に対して、改めて強い憤りを覚える。
あのクソ下衆は、アオイ先輩をエーテル中毒にしたかったわけではない。下劣極まりない欲望をアオイ先輩に向けて発散するためにオーバーヒーリングを施した、ということだ。
合点がいった。やっぱり、死んで正解だ、あんな奴。
俺は、アオイ先輩の頭を撫でた。
「……。ありがとうね、助けてくれて」
「俺、強くなります。アオイ先輩に、あんな怖い思い、もう絶対させません」
「私も、強くなるよ」
そう言うと、彼女は俺の胸を優しく押し、少し距離を離した。
「でも、今したいのはそういう話じゃなくてね」
やっぱりアオイ先輩は、にんまりしていた。面白いいたずらを思いついた時のような、そんなにんまり具合だ。
「あの時ね、手当てした後レンくんすぐ寝ちゃったでしょ? 私、その後何してたと思う?」
「何……って……!?」
分かってしまった。というか、想像してしまった。
「ねえねえ、何してたと思うー? レンくぅん?」
「おっふぅ……」
アオイ先輩が猫なで声で俺に問いかけつつ、脇腹を指で優しく撫でてくる。答えたくないしくすぐったいです。
想像通りならそういうコトをイタしていたわけになるが、なんで俺が恥ずかしくならないといけないのだろう。逆じゃない普通?
ていうか今日そういう展開多いな。この村で出会った人間は今のところあの痴少女だけだし、アオイ先輩もエグめの猥談好きだったりするのでそうなるのも致し方ないが、そろそろ落ち着きが欲しいですよ?
周りが女性ばかりで辛い、の片鱗を味わっているのかもしれない。世の男性諸君に怒られそうだが。アヒト氏は男性なのだろうか。男性であって欲しい。友だちになりたい。切実に男の友情的なそれが欲しい。味変したい。ごめんなさい今とてつもなく失礼なことを考えてしまいましたすいません。
色々な意味でキケンな猥談攻めを必死に回避している内に、アオイ先輩がうとうとし始めたのに気づいた俺は、ポジションチェンジを行い寝かしつける。
俺はリハビリがてらコモルド村を散策することを決めていたので彼女にそれを伝えると、「ぎゅーってしてくれたら良いよ」と、まるで甘えたがりの恋人みたいなことを言ってきた。これでも俺たち付き合ってないんすよマジで。
とはいえ、俺はやった。全身全霊で。
すると、またもや俺の首を甘噛みしてきた。吸血鬼ごっこにハマっちゃったのでしょうか。どうも、異様なほど甘えん坊になってしまっているなと思いはしたが、彼女がそうしたいのなら俺には拒否できない。
しばらくされるがままになっていると、満足したのか彼女は口を離し、俺も流れで身体を離した。そのまま、彼女は眠った。
良きタイミングでベッドから降り、用意されていた外出用の服に着替える。すやすやと眠るアオイ先輩をしばらく見つめ、部屋の外に出た。
アオイ先輩が俺の側にいないことによる強烈な不安。今後のことを考えると、この感覚には慣れておかないといけない。自分をそうやって叱咤しつつ、廊下を歩き始めた。
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