Vampiregirl 2
タバサが部屋に戻ってきた後、俺たち三人は簡単な朝食を摂り、色々と話を聞いた。
ここは、"コモルド村"。"ファンタスティラ王国"の南端に位置する辺境の村。"ゼロサメルテ辺境伯"という名の貴族の領地。などなど。
中世近世混合ヨーロッパ風……かどうかは微妙なところだが、貴族制であることは確定した。そこにエーテライズやドリフターなどといった特殊な要素が入り混じり、独自の文化を形成しているようである。
「――そういうわけだから、マルクとジョンのことは気にしないでいいわ」
「……そっか」
俺たちは、人を殺した。
本来なら犯罪者として処罰されるらしいが、元々あの二人には他国と裏で繋がっているという疑惑があり、証拠も出揃いつつあった。
更に、状況からして正当防衛であると判断されており、罪に問われることはまず無いそうだ。
俺が寝ている間に色々と事態が動いていた。改めて心の中で感謝をする。
ただ、正直、あまり実感は無い。あの時の俺は、自分が自分で無かったかのようだったからだ。
「……」
「……どうした?」
「……なんでもないわ」
何故か俺を見つめていたタバサは、そう言って目線を切り、スープをスプーンですくう。なんとなく察したが、俺も特に何も言わず食事に戻った。
朝食を摂り終えた後、俺は少し部屋を歩き回り、身体の調子をチェックしていた。
相変わらず身体は重いし、脚の痛みも残っているが、動けはする。それも時間が経てば回復するだろうし後遺症と呼べそうな違和感も無い。
今着ている服は私服ではなく、布の色そのままのシンプルなTシャツに短パンだ。アオイ先輩も似たような格好をしていた。
寝ている間に着替えさせられたと考えると少し恥ずかしくなるが、気にしないことにする。
あれだけの大怪我だったというのに3日でここまで回復するのは地球における常識を考えるとおかしいのだが、これはタバサの使う"
「村をちょっと散歩するぐらいだったら良いけど、激しい運動はダメよ」
「分かった、ありがとう」
俺たちは今、コモルド村の宿屋兼食堂の一室にいる。平屋になっており、窓の外には青々とした庭と木製の柵が見える。
この部屋は俺たちを救助する際にアヒト氏が借りてくれたらしい。この村に病院のような施設は存在せず、また"ヒーリング"を扱えるタバサがこの宿屋に泊まっているため色々と都合が良かった、とのことだった。本当に、何から何までお礼を言わなければならない。
それにしても、アオイ先輩が妙に大人しい。
明らかにいつもと違う様子で、無言、無表情で何をするでも無く椅子に座っている。人見知りというわけでは無いはずだし、今後のことで悩んでいるのだろうか。『罰』について、了承はしたが完全には納得できていないのかもしれない。
声を掛けるべきか。そう思い、ソファに座るアオイ先輩に近づこうとすると、同じようにテーブル向かいのソファでくつろいでいたタバサが口を開いた。
「アオイとはアンタが寝てる間にスッゴイ仲良くなったわ。ね、アオイ」
「……あ、うん、そうだね、あはは」
アオイ先輩は取り繕うように笑った。やはり、いつもの彼女じゃない。
「……ハァ。仕方ないわね。いい、アオイ。二週間よ。『罰』は、二週間。これなら、頑張れるかしら?」
「あ、……」
「この間に、アンタは強くなるの。コイツの役に立てるように。このアーエールで、コイツと生きていけるように。分かった? アンタのやるべきコト」
タバサは、お人好しというより、少し甘いのかもしれない。だが俺の中で、彼女に対する評価が絶賛急上昇中である。
治療代さえ俺たちから受け取れば、それ以上の世話をする義理などどこにも無い。本来赤の他人同士なのに、『罰を与える』などと言葉の上では厳しいことを言いつつも、俺たちの精神的な問題を憂い、その解決に手を貸してくれる。
頭が上がらない。とっとと怪我を治して、恩返しをしなければ。
そんなことを考えていると、アオイ先輩が自分の頬を両手でばちんと叩いた。
「!」
「ごめんね、二人共。心配かけちゃった。もう、大丈夫」
「アオイ先輩……」
「レンくん、私、頑張るから。タバサ、改めて、よろしくお願いします」
そう言って、ぺこりと頭を下げ、そして微笑んだ。
「もう大丈夫そうね。ふふ、アンタの緩んだ顔、何気に初めて見たわ」
「……タバサは、優しいんだな」
思わず、ぽつりとつぶやく。聞かせるつもりがあるのか無いのか、ぐらいの小声だったが、どうやらタバサの耳にはバッチリ届いていたようだ。
「あら? アタシに惚れたのかしら? イイわよ、アオイが許すんだったらね。アタシもアンタの味見、してみたかったのよ」
いきなりそう言い放ったタバサは、こちらを見つめていやらしい笑みを浮かべつつ、唇を舐める。
……あっ、そういう系の人ですかそうですか。
「ええと……」
「どうアオイ、イイかしら? カラダの関係だけで構わないんだけど」
「いいよ」
「アオイ先輩!?」
いいの!? マジで!? なんで!? 俺のこと大好きじゃなかったの!? ショック!
「でも、私の目の前でじゃないとダメだよ」
どういうシチュエーションですかそれ。
え? つまり、俺視点だと好きな人に見られながら好きでもない人と、ってこと? 何それ新しい。新しいような気がする。それともそういうジャンル既にあったりするの? 逆のあれ的な? 車輪の再発明か? 分からないけど俺にそんな趣味は無いですよ? 俺割と普通ですよ?
「許可が出たわね。さあレン、ベッドに入りなさい、食後の運動よ」
「いや普通にお断りなんだけど」
「は? なんで? アタシに惚れたんでしょ?」
「俺はそんなこと言ってない」
「優しいって言ってくれたじゃない。それ実質アタシにメロメロってことでしょ」
「どういう拡大解釈したらそうなるんだ!?」
「もううるさいわね。ほら、早く。大人しくアタシに吸われなさい」
「ちょっ、離せ! てか吸うって何!?」
タバサは素早く立ち上がり、そのまま俺に腕を絡ませぐいぐい引っ張ってくる。抵抗する俺。俺とタバサの様子を見て、ふすーと音を出すアオイ先輩。いや笑ってないで助けて。一応俺病み上がりなんだけど。後コイツやたら力強いんだけど。
と思ったら、ぱっと俺の腕を離した。急だったので、身体のバランスを崩してしまう。
「うぉっ……とっ……」
「……」
「……なんだよ」
「アンタ、そういえば童貞だったわね」
ものすごく真剣な表情で、そんなことを口にした。なんで知ってんのコイツ。
いや分かるだろ。どう考えてもアオイ先輩だ。なんで俺のセンシティブゾーン勝手にひけらかしてんのアオイ先輩。
というかさっきからアオイ先輩はなんなんだ。なんで首を逸らして身体を震わせ爆笑を我慢しているみたいな感じになっちゃったりしてんのマジで。
え、なんなのこの状況。俺はどうするのが正解なの?
逃げていい? 無理か、この脚じゃ。
じゃあ、堂々と『そうだ』と答える?
童貞かそうでないかなんてどうでも良いじゃないか。変に見栄を張ったところで、普通にダサい。
俺、高二ですよ? むしろ童貞である方が自然じゃね? 選ばれし者とは絶対数が少ないからこそ選ばれし者なのであって、選ばれざる者であることは別に恥ずべきことでもなんでもないだろ。
いいや、はっきり答えちゃえ。変に口ごもるよりはむしろ『我、童帝ぞ』していた方が良い。かしずかせるべきだ。何が良いのかは分からないが、そうしよう。
「……………………悪いか」
「……………………アンタ、不能なの?」
「ぶふっ」
ちゃんと元気な男の子だわぼけ!
「違う、断じて違う」
「一ヶ月近くもあんなかわいいコと二人っきりで過ごしておいて、抱かないとかある? 不能かオトコが好きかぐらいしかあり得なくない?」
「どっちでもない。ただ……」
アオイ先輩と、恋人同士でないだけだ。
「ただ、何よ」
「……言えない」
「煮え切らないわね……」
この辺りの線引きはきちんとしておきたい。古臭く、青臭く、面倒臭い価値観かもしれないが、俺はこの価値観を大事にしたいと思っている。
それが、『アオイ先輩を大切にする』証になると思うからだ。
アオイ先輩は俺にはっきりと好意を伝えてくれている。なのにアオイ先輩は、俺の決定的な言葉だけは聞いてくれない。未だにそれが何故なのか、分からない。
正直、かなり悩んでいるのだ。本当に、どうにかしたい。
「……まあいいわ。それはさておき、アンタに一つ、『イイモノ』をあげる」
「……イイモノ?」
「ええ。目を閉じなさい」
「……嫌だと言ったら?」
「こうするわ」
タバサが、口をがぱっと開き。
反応できないほどの素早さで、俺の首筋に、噛み付いた。
「いぃぃっっ……!?」
一瞬だけ、痛みが走る。しかし、本当に一瞬だけ。
青い光を視界の端で捉える。何かが、俺の身体に流れ込んでくるような感覚。そしてそれは、言いようの無い多幸感を俺にもたらした。
「タ……タバサ……」
「ふふっ」
わずかにかかる鼻息が、ぞわりと全身を粟立たせる。
――これは、ヤバい。
密着している少女の身体を思い切り抱きしめる。より密着したい。一つになりたい。
――ヤバいヤバいヤバい。本当にヤバい。
理性が溶かされる。身体が溶かされる。全部溶かされる。残るモノは一つだけ。
――いや、少しだけ、他にも残っているモノがある。
「っっっはっ……!」
「あっ……」
俺はタバサを突き飛ばした。尻もちを付いた彼女は、存外軽い調子で抗議の声を上げる。
「ちょっと。痛いじゃない」
「お前……いきなり何を……!」
俺は首筋を押さえながら声を荒らげる。
痛みがあるわけではないが、押さえた部分に妙な違和感が残っていた。……違和感、と言うより心地の良さ、かもしれない。
ただ、それは今はいい。頭を落ち着かせるという意味でも今の異常行動についてしっかり問いただすべきだ。
「だから、イイモノをあげるって言ったじゃない」
衣服をぱっぱと払って立ち上がりながら、結局詳細が分からない答えを告げてきた。
「いや、だから――」
イイモノってなんだ、と問い返す前に、そもそもとして、という部分が俺の頭に疑問符を浮かび上がらせた。
「――もしかして、タバサ」
「何?」
「……お前、"吸血鬼"とかそういう系?」
フィクション作品に登場することのある、人間とは異なる人型の生物。
人間の血を吸い、己の糧とする、化け物。
首筋に噛み付くというその行為から連想された疑惑を、俺は問いただした。
ここは異世界だ。エーテライズという名の魔法があるのだからそういう存在がいてもおかしくはない。
「ドリフターは大体アタシのことをそう呼ぶけどね。アタシは"変異者"よ。"異界"でこうなっちゃったけど、元々はただの人間」
"変異者"、"異界"と、新たなワードが飛び出してきた。
「それは――」
「アタシのことは置いといて。イイモノのこと、教えてあげる。簡単に言うと、下準備を整えてあげたわ」
「……なんの?」
「"アーツ"を使うための、よ。嬉しいでしょ?」
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