phase2

Vampiregirl 1

 閉じた瞼の外側に、光を感じる。暖かく、煩わしい。

 目を開けると、揺らめく陽射しと茶色の天井。ひどく眩しく感じたので、思わず腕で目を隠した。

 背中には柔らかい感触。ベッド? ……毛布が掛けられている。テントの中じゃない。

 ここは、どこだろう。


「やーっと起きたわね」


 声が聞こえた。知らない声。女性の声だ。

 頭を上げると、女性――女子――いや少女が、ソファに座っているのが見えた。

 ビビッドレッドのショートヘアで、お下げをツインテールにしており、なんともかわいらしい。

 少女は立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「気分はどうかしら?」


 俺の横に立った少女が質問してきた。意味を考える。までもないか。


「……悪くは……ない、かな」

「そっ。死にかけてた割には元気そうで何よりだわ」

「俺は――っ!?」


 待て。

 アオイ先輩は?


 俺は毛布を剥ぎ、素早く上体を起こす。脚が痛む上身体が異様に重い。が、気にしている場合ではない。

 そのままベッドから抜け出そうとしたが、少女に肩を強く押さえつけられてしまう。


「っ……! アオイ先輩……! アオイ先輩は──」

「ちょっ……落ち着きなさい。アオイならそこで寝てるわよ」

「……え?」


 少女の指差した方向に身体を向けると、もう一つベッドがあり、その上にアオイ先輩がいた。確かに寝ている。


「アンタたちどんだけ相思相愛なのよ……ちゃんと治療もしてあるから安心しなさい」

「治療……」


 少しずつ、状況が見えてくる。

 俺の力が抜けたのを見計らってか、少女は元の体勢に戻った。


「ホント、あのコ寝かしつけるの毎回大変なのよ。ほっとくとずっと寝ないでアンタの側にいるんだから」

「もしかして、君が――」

「そうよ。アタシはタバサ。よろしくね、レン」


 そう言って赤髪の美少女──タバサは、鋭い八重歯を見せてにやりと笑った。どことなく小悪魔みを感じる笑顔だった。ツリ目がちで、失礼だが生意気そうに見えたからかもしれない。

 服装は、黒地のへそ出し半袖Tシャツに、ホットパンツと呼べそうな丈の短いズボンという、シンプルでありながらセクシーさとキュートさを兼ね備えた格好で、とても良く似合っているな、とひと目見て思った。ただ、どこか現代的な衣服で、ここが異世界であることを考えると少し違和感がある。


「症状から先に言うけど、アンタは単純に出血多量。アオイは"過剰治癒オーバーヒーリング"による"エーテル中毒"ね。意味は察して。ついでに、治療をしたのはアタシだけど、アンタたちを助けたのは別のヤツ」


 俺は死にかけていたとタバサは言っていた。確か、アオイ先輩をおぶって移動していた時、どこか夢見心地だったことは覚えている。

 つまりあれは、臨死体験とかそういう系のやばい状態だったのか。

 実感は無いが、思わずぶるりと震えてしまった。

 気になる単語はあったし色々と訊きたいこともあるが、そのまま話を続けてもらう。


「それとアンタは3日ぐらい寝てたけど、アオイは治療したらすぐ元気になったわ。身体の中で暴れてるエーテルを吸い出せばよかっただけだから、当たり前だけどね」

「そっか……良かった」


 自分が寝ていた日数を聞きなかなか衝撃的ではあったが、それよりもアオイ先輩が元気になったいう話が、胸を撫で下ろすには十分な情報だった。

 俺は改めてタバサに向き直る。


「悪い、お礼が遅れた。ありがとう、タバサ。アオイ先輩を助けてくれて」

「……? ……いいわよ、お礼なんか。後で治療費なり手間賃は払ってもらうし」

「お金……あの、実は俺たち――」

「ドリフターでしょ? 知ってるわ。もう色々アオイから事情は聞いてるから。働いて返せってことよ」


 働く。

 いきなり予想外なワードだ。

 親の伝手で、ライブハウスで音響スタッフの手伝いをしたことがあるが遊び程度で、実質的に働いたことは無い。

 異世界的に考えると、食堂で配膳なりをやる、農作業の手伝いをする、あるいは"冒険者"になってモンスターを討伐する、などが考えられそうだが、このアーエールにどういう仕事があるのかまだ分かっていない。

 

 しかし、俺たちドリフターはこの国では保護される存在らしいが、王都まで行かずに働いても問題は無いのだろうか。国としては俺たちの持つギフトを活用したいから保護活動をしているわけで、自分で言うのもなんだが、俺たちは国にとってそこそこ重要人物な気がするのだが。


「レンくん……!」


 という声が聞こえ振り返ると、アオイ先輩がベッドを軋ませる勢いで飛び降り、そのまま俺に抱きついてきた。


「うおっ……とっ……」

「ごめんなさい、ごめんなさいレンくん……! 迷惑かけて……本当に……」

「……。何も、迷惑だなんて思ってないですよ。アオイ先輩。無事で良かった」


 俺の胸に顔をうずめて泣くアオイ先輩の頭を、いたわるように撫でる。

 少し髪の毛がごわごわしているのを感じ、大変でしたね、頑張りましたね、などとつい微妙にズレた励ましの言葉を掛けたくなったが飲み込んだ。


 そのまましばらく撫で続け、落ち着くまでタバサは何も言わなかった。……何故か、ニヤニヤしてはいたが。


◇◇◇


「レンくん。本当に、ごめんなさい」


 落ち着いたアオイ先輩が俺の横に立ち、改めて謝罪の言葉を告げ、頭を深く下げる。


「いや、謝ることなんか何もないですって」

「ううん。私には、謝らないといけない理由がある。私が甘かったせいで、レンくんが大怪我することになったから」

「……」

「私は間違えた。レンくんを酷い目に合わせた。私のせいでレンくんが死にかけた。全部、私が原因なの」


 それを言うなら、俺にも原因がある。

 あの二人と邂逅する前、実はアオイ先輩の『合図』以外にも、俺の意志で強制撤退するための『合図』を用意していた。そして、彼らが人さらいであると、俺は早いタイミングで予想できていた。

 なのに試練だなんだとうそぶいて、自分が危険だと判断しているのにも関わらず、何もせずアオイ先輩の判断に任せた。

 これは、彼女に判断を押し付けていたとも言える。


 アオイ先輩だってただの人間だ。間違うこともある。俺は、彼女を信頼していたのではなく、妄信してしまっていたのではないか。

 彼女はすごい。彼女の言うことは何もかもが正しい。俺ごときの意志なんかより、彼女の意志に任せた方が良い方向に進むはずだと、自分を過剰に卑下していたのではないか。


 俺は、何度間違えれば気が済むのだろうか。


「……それなら俺の方こそ謝るべきです。俺はアオイ先輩に全部丸投げしていた。協力できていなかった。対等でいられなかった。俺も、甘かったんです」

「違う! レンくんは何も……」


 アオイ先輩は珍しく、声を張り上げた。しかし、それきり押し黙った。少しだけ、無言の時間が流れる。


「……イイわ。それならアタシが、アンタたちに『罰』を与えてあげる」

「……え?」


 黙って話を聞いていたタバサが、口を開いた。


「アオイ。アンタ、アタシたちの仕事を手伝いなさい。で、レン。アンタは"アヒト"の所に行きなさい。アンタたちには、一旦距離を置いてもらうわ」


 アオイ先輩が一瞬だけ、目を見開いた。よく気づいたな、と自画自賛してしまいそうになるほどほんの一瞬で、今は少しうつむき、何か考え込むような様子だった。俺にはそれが、爆発しかかった感情を無理やり抑えつけたかのように見えた。


 俺がそうだったからかもしれない。

 アオイ先輩と一時たりとも離れたくない。アオイ先輩から目を離したくない。

 アオイ先輩が俺の側にいないと考えるだけで、不安で不安でしょうがなくなる。


「……やっぱりね。アオイだけかと思ってたけど、アンタたちちょっと過剰よ。無理もないけど」

「……」


 俺たち……というよりもアオイ先輩の様子を目ざとく観察していたのであろうタバサが、そう指摘してきた。

 分かってはいた。どこか、自分たちがおかしくなっていると。


「そういう重いのも物語ならステキだとは思うけどね。アタシ、美男美女にはお節介焼いちゃう性格なのよ」


 弛緩した空気を緩めるかのように、タバサはからからと笑った。


 ここまでの会話で思ったが、失礼ながら生意気そうな見た目とは異なり、彼女はかなりのお人好しのようだった。

 アオイ先輩と俺の治療のみならず、メンタル的な問題も気にかけてくれているのが伝わってくる。

 なんの予兆も無く、文明を全く感じない場所で目覚めてから一ヶ月、他人と関わることなく二人っきりで過ごし続けて、人さらいと遭遇し、挙句の果てには死にかけた。よく考えなくとも、精神に異常をきたしてしまうのも仕方のないことだろう。それを自覚できているだけでも、俺はまだマシな状態なのかもしれない。


「タバサ……本当に、ありがとう」

「だから礼なんていらないってば。それで、イイわね?」

「俺は、……大丈夫。……アオイ先輩は、どうですか?」

「……うん。うん、分かった」


 正直、どうにもならない不安が未だ心の中で渦巻いている。だがこれは、乗り越えなければならない問題だ。そんな気がする。

 アオイ先輩も、自分の中で一定の決着が付いたのか、ゆっくりと頷いた。


「ま、『罰を与える』とか言っちゃったけど、今はとりあえずゆっくり休みなさい。お腹空いてるでしょ、食事を持ってくるわ」

「……ありがとう」


 本当に、良い人だ。

 俺は部屋から出ていくタバサを見送りながら、単純に、そう思うのだった。


 ただ、タバサが出ていった後、アオイ先輩が一言も話さないのが気になった。

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