第72話 初めての拍手、共鳴する石
モンスターたちの言葉にならない、しかし魂からの拍手喝采。
そのあまりにも純粋で温かい音の波に包まれて、蓮くんはステージに見立てた岩の上で、ただ、呆然と立ち尽くしていた。
ギターを抱えたまま、ぽろぽろと涙をこぼすその姿は、まるで初めてのコンサートを終えた無名のロックスターのようだった。
やがて熱狂が少しだけ収まると、一番に駆け寄ったのは、もちろんリサだった。
「蓮くーん! すごい! すごかったよ! マジで、鳥肌立った!」
彼女は興奮冷めやらぬ様子で、ぶんぶんと蓮くんの腕を振っている。
「お願い、今の曲、録音させて! ピクニコ動画の『ダンジョン民宿だより』のエンディングテーマに絶対使いたい!」
「……うるさいな。別に、あんたたちのために弾いたわけじゃないって、言っただろ」
蓮くんは、顔を真っ赤にしながら、そっぽを向く。だが、その言葉には、もう以前のような刺々しい棘はなかった。
俺もゆっくりと、彼の隣に歩み寄った。
そして、ただ一言だけ伝える。
「良い音だった。本当に、な」
俺の飾り気のない言葉に、蓮くんは、はにかむように、ほんの少しだけ笑った。その笑顔は、俺がこの民宿で初めて見る、彼の心からの笑顔だった。
さて、感動のライブもこれにて閉演、俺たちが広場を後にしようとした、その時。
ゴブ吉が、ちょんちょん、と蓮くんのズボンの裾を引っぱった。
そして何かを彼に差し出してくる。
それは、いつものような木の実や鳥の羽根ではなかった。ゴツゴツとした変哲もない手のひらサイズの石ころ。
「……なに、これ? 石?」
蓮くんが不思議そうに、それを受け取った、瞬間だった。彼が肩にかけたギターの弦が石にこつんと偶然触れた。
すると、どうだろう。
その石がポーンという弦の音に呼応するようにふわりと淡い青色の光を放ち、そして同じ音階でうううんと微かに震えるように鳴ったのだ。
「うわっ! なに、今の!?」
リサが驚きの声を上げる。
俺たちは顔を見合わせた。
これは、一体、どういうことだ?
蓮くんは、おそるおそる、もう一度ギターの弦を弾いてみる。
今度は、別の弦を。すると、石は、またしても、その音と全く同じ高さの音で、今度は緑色の光を放ちながら共鳴した。
「……共鳴石。いや、『音鳴り石』とでも言うべきか……」
俺は思わず呟いていた。
このダンジョンに、こんな不思議な鉱物が眠っていたなんて、全く知らなかった。
「もしかしたら……」
と、俺は続ける。
「本物の、心のこもった音楽が響いた時にだけ、姿を現す、のかもしれないな」
蓮くんは、その不思議な石に完全に心を奪われていた。ファンタジーゲームの中にしか存在しないような魔法のアイテム。
彼は石を大切そうに左手に握りしめるとギターで簡単なコードをいくつか奏でてみた。
すると、石は、赤、青、緑、と万華鏡のように次から次へと光の色を変え、彼の奏でるハーモニーを、ほんの少しだけ増幅させて洞窟の中に美しく響かせた。
その光景を見て、リサの目がカッと見開かれた。プロデューサーとしての彼女の血が騒ぎ出したのだ。
「蓮くん! すごいよ、それ! 次のライブでは、その石をたくさん集めて、ステージの照明にしよう! 蓮くんの音楽に合わせて、ダンジョンが光り輝くんだよ! そんなの世界中のどこを探したって、ここだけの最高の演出じゃん!」
リサの言葉に蓮くんも満更ではない様子だ。
彼は自分の音楽に文字通り「共鳴」してくれる最高の相棒を見つけたのだ。
もう、彼の心に迷いはなかった。
その日の午後。
民宿に戻った蓮くんは、人が変わったように、ギターの練習に没頭していた。
時々、あの『音鳴り石』を、愛おしそうに眺めながら。
彼はもう、ただの家出少年ではない。
自分の音楽を認めてくれる最高の舞台と、最高のファン、そして最高の相棒を見つけた、一人のミュージシャンだった。
俺は、そんな彼の姿を父親のような、少しだけ誇らしい気持ちで見守っていた。
翌日。
朝食を食べ終えた蓮くんが真剣な顔つきで、俺の前に立った。
「田中さん」
その声には、もう、昨日までの子供のような甘えや、反抗心はなかった。
「もう一度、家に電話をかけさせてほしい」
そのあまりにも真っ直ぐな瞳。
彼が今度は逃げるためではなく、向き合うために受話器を握ろうとしていることを悟った。
俺は、ただ静かに頷いた。
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