潜む影
短い休息を終えた一行は、再び森を進みはじめた。
夜の闇は深まり、神殿のある村まではまだ距離がある。
葉擦れの音さえも飲み込む沈黙の森は、誰もが気配を探ろうと耳を澄ますほどに、かえって不気味さを増していた。
グランは疲れを見せぬまま大股で歩みを進める。
背に大剣を揺らし、巨躯の影が仲間たちを導く。
サリオンは苛立ちを隠しきれず、しかし眼差しは鋭く周囲を探る。
吐息に混じる湿った苔の匂いが、緊張をさらに濃くした。
アマンダは額に汗を浮かべ、強行軍に荒い呼吸を漏らす。
その胸の奥には疲労だけではない、言葉にできぬ苛立ちと、正体の掴めぬ違和感が渦を巻いていた。
ミラは小柄な体で馬の首をなだめ、決して怯まず手綱を握る。
澄んだ瞳は、暗闇の中に小さな光を見失うまいと必死だった。
セトは後方で弓を抱き、枝の折れる音や草の揺れに神経をとがらせる。
軽口はひとつもなく、矢を指にかけたまま慎重に歩を運ぶ。
最後尾のグラフは仲間全体を見守りつつ歩を進める。
何かあれば即座に立ち止まり、仲間を守る覚悟を背に刻んでいた。
森の沈黙は重石のようにのしかかり、足音がやけに大きく響く。
風に揺れる枝葉のさざめきが、まるで誰かが隠れて囁いているかのようだった。
──その頃、森のさらに奥。
闇に溶け込むように二つの影が潜んでいた。
一人は黒いローブをまとった男──ネルギス。
苛立ちを隠さず低く唸った。
「契約者はまだ現れぬのか」
その声には、焦燥がにじみ出ていた。暗闇の中、彼の影はまるで森の一部のように存在していたが、胸の中では怒りが渦巻いている。
その隣に立つのは、鋭い眼差しを持つリーダーらしき男──ゼナグリオ。
彼の表情には余裕が漂うが、その眼差しの奥には不安が潜んでいた。
ゼナグリオは冷静に答える。
「焦ることはない……じきに現れる」
その声音は穏やかだが、言葉とは裏腹に、彼の瞳には隠しきれぬ焦燥の色が浮かんでいた。
闇に溶け込むようにして、彼らの存在感が一層深まっていく。
彼らの周囲の空気は、どこか不安定で、まるで次に何かが起こることを予感させる。
忍び寄る夜気の冷たさが、彼らの吐息を白く染めて消していく。
影の中で待ち続ける彼らの存在が、まるで森そのものが抱える悪意の化身のように感じられた。
やがて、森の闇の中に微かな灯りが見えた。
丘の向こうに滲む橙色の光。村だ。
アマンダは顔を上げ、その光に安堵の息を漏らす。
だが胸の奥に渦巻く違和感は、光を見ても消えることはなかった。
ミラは小さく笑みを浮かべ、馬を撫でて一息ついた。
けれど、その瞳は光だけでなく、周囲の闇にも鋭く向けられている。
セトは弓を握る手に力を込め、木の弦がきしむほど緊張を宿した。
光に救いを見るよりも、その裏に潜む影を探そうとするかのように。
サリオンは大きく肩を落とし、長い息を吐いた。「やっと……灯り、ね」
軽口のような言葉を口にしたが、その声音は湿り気を帯びていた。
胸の奥に沈むざわめきが、彼自身を苛むことに気づかぬまま。
グランはただ、変わらぬ歩調で前進を続けた。
巨躯の背は揺るがず、仲間を導く標のように暗闇を割って進んでいく。
そして――。
灯りが近づくにつれ、森の闇もまた濃さを増していった。
光が強まるほど、影は深くなる。
安らぎを告げるはずの村の光は、祝福にも見え、同時に警告にも見えた。
一行の行く先にあるものが休息か試練か、それを知る者はまだ誰もいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます