異変の戸口

肉の匂いが消え、森の空気が静まり返る。


サリオンの目が細くなり、全身が緊張で研ぎ澄まされていく。


「…この気配、何? 感じたことない…違和感。空気じゃない、空間…?」


彼はとっさに身をかがめ、低く鋭い声を放つ。


「ちょっと、みんな警戒して!急いで小屋の中へ!」


その一言で場の空気が変わった。全員が即座に反応する。


皆が小屋に駆け込む。


ミラはスリングを手に取り、石弾を指にかける。


グランは両肩に背負っていた巨大なグレートソードを、両手に一本ずつ構えた。


セトは珍しく滑らかに動き、弓を構えて矢をつがえる。


グラフはメイスを握りしめ、アマンダの前に出るようにして壁と挟むように立ちはだかった。


「なんだってんだい、あんた達」


アマンダが戸惑いながら声を漏らす。


「しっ! 黙って…集中させて!」


サリオンの声が鋭く響いた。


刹那。


――ギィ――


木の扉が、ゆっくりと開いた。


一人の男が現れる。灰色のレザーアーマーを着込んだ少し異形な姿。


その目は鋭く、一点―アマンダの腰の革袋に突き刺さっていた。


「ようやく見つけました…やはりペンダントは女性を見つけましたか」


男は一歩踏み込み、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「さあ、お嬢さん。そのペンダントを渡してくれますか?」


誰だ? 何を言っている?


場の全員が、理解の追いつかない違和感に包まれる。


「うるせえ!」


そんな疑問を無視したグランが咆哮とともに男へと突っ込んだ。


「遅い」


グランの前に、別の男が影のように立ちふさがり、剣を一閃。


黒いプレートアーマーに身を包んだ重装の戦士が、その一撃を軽々と受け止めた。


同時に放たれたセトの矢も、背後から現れた盾持ちのもう1人の戦士によって弾かれている。


ミラは一瞬、狙いに迷いが生じていたが、決して諦めてはいなかった。


グラフがアマンダをかばうように身を乗り出すが、


レザーアーマーの男の背後から突然現れたローブ姿の男の一閃により、壁際へと吹き飛ばされた。


「今日は外れが多すぎだ…」


アマンダが呟き、腰のペンダントに手を当てた。


「このペンダントが何だってんだい? 欲しけりゃあ、取ってみな!あたいだって生活がかかってんだからね!」


その瞬間――


アマンダの身体が淡く揺らぎ、周囲に霧のようなもやが広がった。


「…チッ…」


アマンダは、そのまま膝をつき、崩れ落ちた。


「世話の焼ける…素直に渡せばいいものを。くっくっくっ…」


ローブの男が低く笑いながら、まるで奪い取るようにアマンダの腰に手を伸ばした。


「そこっ!」


鋭い破裂音。


ミラのスリングが、男の手元へ石弾を撃ち込んだ。一瞬、男の手が止まる。


「えぇい、ままよ!」


サリオンが叫び、腰から取り出した小瓶を全力で投げる。


――パリン――


瓶が砕け、白煙が瞬時に室内を覆い尽くした。


煙に触れた瞬間、男たちの動きがピタリと止まる。


男たちの動きが凍りついた。まるで、時間さえ止まったかのように。


その隙を突き、サリオンが叫んだ。


「今よ! 早く!」


サリオンの叫びに導かれ、グランがアマンダの身体を抱え、グラフを引き起こし、全員が煙の中を駆けた。


彼らは、小屋の外へ――森の闇へと、飛び出していった

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