第6話 戦闘メイドとギャル冒険者


 少し落ち着いたものの、未だに鼻をすすっているチーフメイドと、カナと三人で、屋敷の玄関広間まで降りてきた。


「カナ、私あなたに謝らないと。全部あなたのおかげだわ。もちろん、治してくれたのはロザリア様だけど」


 そういえば、カナが私を屋敷に連れてきたときは、チーフもかなり怒っていたっけ。


「クビなんて言って、ごめんなさい。取り消すわ。ここで私と一緒に、これからもアリアお嬢様のお世話を続けてくれないかしら?」


 これですっかり、仲直りできそうね。うんうん。一件落着って感じかしら。


「申し訳ございません。私はここには残ることはできません」

「えっ」


 思わずびっくりして声が出ちゃった。チーフも同じ気持ちだったみたい。


「ど、どうして!? 私が悪かったわ! あなたを誤解してたの。心から謝るわ。だから……」

「いえ、チーフ。あなたやお嬢様を嫌いになったわけではございません。ただ私は、ついに見つけてしまったのです。私が生涯尽くして、お世話すべき、運命ともいえるお方を」


 チーフと二人で言葉を失って見ていると、カナは一歩下がって、私の方を向いて綺麗にお辞儀をした。


「ロザリアお嬢様。どうかこの私、カナ・ベリーをお傍に置いてくださいませ。炊事に洗濯、あらゆる身の回りのお世話に加え、そのお美しい花弁に止まらんとするあらゆる羽虫を排除してみせますわ」


 私とチーフは、思わず顔を見合わせた。

 だけどチーフは少し考えてから頷いて、カナに気持ちを伝えた。


「そう、カナ……あなたが決めたのなら、私は反対しないわ。思えば、私はあなたをこの屋敷の堅苦しいルールに縛り付けてきたもの。本当はもっと、自由に実力を発揮したいのよね。そうでしょ、カナ」

「チーフ。あなたのやり方は、いつも正しかった。故に私はほとんどの場合、その命令に従って参りました。今まで大変、お世話になりました」


 カナとチーフが、手を取り合っている。そろそろ……何か言ったほうが良さそうね。


「ねえ、カナちゃん。本当にそれでいいの? 私たちはまだ出会ったばかりでしょ?」


 そう尋ねると、カナは迷いなく、静かに答えた。


「私は……毎晩祈っていたのです。もしアリアお嬢様が助かるのなら、何でも、自分の命さえも捧げます、と。そしてもし、お嬢様が助からなければ、元々ここを去って……その後は」


 カナはその先を言わなかったけど、大体想像がついた。きっとこの子は自分の価値を、かなり低く見ているのだろう。それに、かなり自暴自棄になりがちな性格みたい。


「でも、あなたは言ってくれた。『自暴自棄になっちゃダメ』って。そうでしょう? だから少しだけわがままになって、自分の欲望に耳を傾けてみました。そして……私はあなたについて行くことに決めたのです」


 カナは相変わらず仏頂面だったけど、どこか清々しいような声色だった。チーフは口元を抑えて、なぜか感動して顔を真っ赤にしている。



 そんな時、屋敷の外の方から、男の悲鳴が響いた。


「いったい何なの?」


 続いて、正面玄関の扉がゆっくりと開き、血を流した男がよろめきながら入ってきた。


「守衛!? 何があったというのです!?」


 チーフが駆け寄り、守衛に尋ねる。


「お逃げ……ください! 襲撃だ! とんでもなく強い、冒険者のガキです……もう誰も残って……な……」


 そこまで言って、守衛は力尽きて、地面に倒れこんだ。


「ふっ。ちょうどいい機会です。ロザリアお嬢様。私の戦闘能力をお見せいたします。いざ、万難を排してみせましょう!」


 カナはそう言うと、スカートをたくし上げて、太ももに括りつけられたナイフを取り出した。

 うーん、それはありがたいんだけど、何か嫌な予感がするのよね。


「ロザ姉を、どこへやった!!!」


 怒号と共に、弾丸のように、彼女は扉をくぐり抜けて屋敷に飛び込んできた。


 ギィン、と火花が散ると同時に、金属同士がぶつかる音が響く。


 目の前の空中で、リリカが振った剣の一撃を、カナがナイフで受け止めていた。

 時が止まったみたいにそれが見えてる中、リリカがこっちに視線を落とした。


 目が合った瞬間、修羅みたいな顔をしていたリリカが、花咲いたようにぱぁっと明るくなった。


「ロザ姉! 無事だったんだね! 今助けるからねっ!」


 そう言いながら綺麗に着地したリリカが、こっちに近づこうとすると、それを遮るように、素早くカナが前に出た。

 リリカが迷わず横なぎに振り払った刃を、カナがナイフでいなす。再び激しい火花が散った。


「こんばんは、頭が弱そうなお嬢さん。残念ながら、あなたのようなおバカさんが、ロザリアお嬢様に近づくことは許されません。おバカが移ったら大変なので」

「なんなの? アンタ。マジあり得ない。マジあり得ないんだけど!!! アンタがあの酒場のマスターが言ってたメイドね。許せない。優しいロザ姉をたぶらかして、騙して、そして……あぁ、まだ何もされていないよね? ロザ姉!? ちょっと待っててね、いますぐこいつのこと、殺すからさ!!!」


 リリカは容赦なく双剣を振り回し、的確にカナの急所を狙う。しかしカナは手慣れた様子で、刃渡りの小さなナイフの、わずかな面積でそれを捌き、リリカの手や足を狙う。


 ギィン、ギィン、ギィィン!


 鉄同士の激しくぶつかる音が、玄関ホールに反響する。

 リリカとカナは激しく何度も刃を交える。リリカは狂暴な力任せの攻撃と超反応、カナは最小限の洗練された動きと、刈り取るような正確な一撃。二人の実力は拮抗していた。


「ねぇ~……ちょっと? 二人ともってば。聞いてくれる~?」


 私が何度呼びかけても、戦いに夢中で聞いてくれなかった。そのうちにチーフが近づいてきて、隣に立って尋ねた。


「あの、あちらの方、お知り合いですか?」

「そうよ、今日会ったばかりの、お友達なんだけど」

「濃密な一日でいらっしゃったのですね……」


 言われてみればそうかも。里を追い出されて、リリカと出会って、カナに連れ去られて。何だかどっと疲れてきちゃった。


「椅子をお持ちいたしましたわ。血を流されたのですから、お休みになってくださいませ」

「ありがと、チーフさん。気が利くのね。きっとアリアちゃんも、こんなチーフさんがいて幸せだわ」

「い、いえ。私なんか! だ、駄目よリーナ、私にはアリアお嬢様がいるんだから……」

「あれは放っておいていいのかしら?」

「すごいでしょう? カナは元、マフィアなんですのよ。出会った頃の彼女といったら……ふふ、これは余計な話でしたわ」


 どこか誇らしげにチーフはそう言った。クビとか言ってたけど、本心じゃなかったみたいね。


「謝礼のお話もしたいですし、今晩は泊まっていってくださいませ」

「ふふ、こんな立派なお屋敷に、いいの? じゃあ、お言葉に甘えるわ。ね、誰かマッサージが得意な人はいたりしないかしら~?」


 ……そう言った直後。

 しゅばっ、と、二つの影が目の前に飛んできた。


「お呼びでしょうか。私カナ、ロザリアお嬢様にお屋敷仕込みの高級マッサージを完璧にこなしてみせます」

「ロザ姉! アタシ! アタシがするよ! ほら、腕を出して!」


 さっきまで戦っていた二人が、瞬間移動したのかっていうくらいのスピードで跪いて、私に手を差し出した。


「邪魔です。あなたのがさつなマッサージではお嬢様の綺麗な肌に傷がつきます。戦い方を見ていればわかります」

「ん何言ってるの! アンタのぶあいそな態度で、ロザ姉の身体がカチコチに凍り付いて凝り固まったちゃうし! ほらロザ姉の肩から手を放して! あっち行きなさい!」


 二人は玩具みたいに、私の身体を引っ張りあっている。

 どうやらどっちに任せても、私の疲れはさらに溜まっていきそうね。

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