第7話 マッサージは必須要件


「ぁぁ~~~っ……イイわぁ~……」


 絞り出されるような声が喉から漏れる。

 薄着になって、うつ伏せの姿勢。カナが私の背中、肩甲骨の周りを、腕や肘を使って器用にほぐす。


「っはぁんっ……!」


 リリカが足の方で、ふくらはぎを力強く圧迫して揉み込む。そうして手を離すと、解放感で思わずうっとりした吐息が漏れる。


「あなたたち、意外とテクニシャンじゃない。感動しちゃったわ」


 期待していなかったけど、二人は案外マッサージが得意みたい。

 にっこりと微笑みながら、今度は仰向けになって、他の場所を揉んでもらおうとすると……


「すぅーっ……はぁっ……お嬢様……私そろそろ我慢の限界でございます……」

「ロザ姉ぇ……声が色っぽすぎるよぉ、ねぇ、もっと気持ちよくしてあげるね。手だけじゃなくていろんなところを使って……」


 ……目が怖いわね。そろそろ切り上げようかしら


 そう思った時、ちょうど部屋の扉を誰かがノックした。


「失礼いたします。お部屋の準備が整いました、ロザリア様。リリカ様と一部屋ずつ使って頂けますわ!」


 チーフメイドのリーナがマッサージ中の部屋にやってきて、寝室が用意できたことを告げてくれた。


「やった! ありがとう、チーフさん」

「えぇっ!? 別々なの!? 一緒でいいのに!」


 リリカが残念そうに悲鳴を上げる。


「では私はロザリアお嬢様とご一緒に」

「あなたは私室があるでしょ」

「無念です」


 そんなやり取りの後、カナもまた、チーフに引きずられて、いるべき場所へと帰っていった。




 で、色々あった、その翌日。


「昨日は本当にありがとうございました。改めてお礼申し上げますわ」


 屋敷の応接室で、アリアは正式に私にお礼を言ってくれた。

 綺麗な服に着替えて、顔色もいい。すっかり良くなったみたいで、安心ね。

 まだ幼いのに、こんなにしっかりと喋るなんて。ベッドで甘えてきた時とは別人のよう。


「でも、ロザリアおねえさま。本当に難しいですか、うちでメイドとして働くというのは」

「はー? ロザ姉が下働きなんてするわけないでしょ! 聖女様なんだよ?」


 私の隣にいるリリカが、勝手にその申し出を断った。確かにここで働く気はないけど、アリアちゃんの一緒に居たいって気持ちをそんな風に無下にしなくても。


「そうですわよね。ではせめて、お礼をさせてください。本当はお父様に報告して、正式にお礼をしたいのだけど……まずは私のポケットマネーからで、大変申し訳ないのですが」


 アリアの言葉に従って、チーフが何やら重そうな袋を机の上にそっと置いた。そして袋を開けると、そこには大量の金貨が入っていた。


「聖女様直々に治療して頂き、こんなはした金で……失礼にあたることは重々承知なのですが……」


 アリアは本当に申し訳なさそうに、瞳を潤ませてそう言った。どうやら本気で悪いと思っているみたいね。


「あのね、アリアちゃん。私は困ってた可愛い子を、迷わず助けただけ。そんなの聖女として普通のことよ。だからこんなお礼は頂けな」

「わー! わぁぁーーっ! なんだ、わかってるじゃん! 大した金額じゃないけどけど、とりあえずはこれだけもらっといてあげるっ!」


 私の言葉を遮って、リリカはその袋を素早く自分の方へと引き寄せた。そしてすぐに、小さな声で耳打ちした。


「ロザ姉……アタシがロザ姉のためにお金を稼ぐって言ったけど、ちょっとは協力してくれてもいいんじゃない? せめて、転がり込んできたお金くらいはさぁ……」


 リリカにしては珍しく、少し圧のこもった言葉遣いだった。それもそうね。生活をリリカに任せっきりなのはさすがに気が引けるわ。


「わかったわ。これで十分。でも、これ以上のお礼はいらないから」

「むぅ……」


 リリカはそれでも不満そうだったけど、とりあえずは金貨の概算を数えるのに頭を使っているみたい。


「それで、カナも行っちゃうのね?」


 アリアは寂しそうに、既に私の椅子の後ろ側に控えているカナに、そう呼びかけた。


「はい、申し訳ございません。アリアお嬢様。お嬢様とリーナ様のおかげで、今日の私があります。そしてそんな今日の私は、自分が進みたい道を考えられるまでになってしまいました」


 リーナっていうのは、メイドのチーフさんのことね。カナはリーナと喧嘩していたけど、本心では感謝していたのね。


「いいえ、よくわかるわ。今のカナ、とっても幸せそうだし」


 カナはいつもの無表情だったけど、アリアにはその感情がお見通しみたい。


「私だって本当は、ロザリアお姉様についていきたいくらいですもの」

「お、お嬢様……」

「わかっているわ、リーナ。冗談よ。カナは私の命の恩人。もう十分すぎるくらい、尽くしてもらったわ。だからこれからは、自由に生きて。今まで辛いことも、いっぱいあったでしょうから……」


 アリアは寂しそうな笑顔で、そう別れを告げた。その横で、リーナさんが素早く後ろを向いて、肩を震わせていた。


「本当にいいの? カナちゃん。あなた、愛されているわよ」

「……あまり、意地悪をおっしゃらないでください。何とも思っていないわけでは、ございませんから」

「……そう。そうね」


 二人は寂しがっているけど、カナの為を想って送り出そうとしているし。カナも寂しいけれど、自分の決めた道に進みたいと思っているんだから。


「それじゃあ……これから、私に付き従いなさい、カナ。フィーユ家の元メイドの何恥じぬよう、聖女ロザリアに忠義を尽くしなさい!」

「承知いたしました。ロザリアお嬢様!」


 そんなやり取りを不満げな目で見ている者は、リリカちゃん一人だけだった。


「最後に、聞きたいことがあるわ。アリアちゃん。あなたは、一体いつからあんなにひどく瘴気に侵され始めたの?」

「ええ。わたくしもそのことをお話しようと思っていたんです。実は……」


 アリアはその時のことを説明してくれた。


 それは一週間ほど前、この別邸に来る前、近くにある街にご両親と共に寄った時。

 街の中で人にぶつかり、アリアはすぐに謝ったらしい。ぶつかったショックで気づかなかったけど、そのあと徐々に、首元が少し痛むような感じがして、後からようやく、もしかしたらその時傷ついたんじゃないかと思う様になった、と。


「もしかしたら、そんなのは全然気のせいで、全く別の原因があるのかもしれませんわ。でも、何かきっかけがあるとしたら、それしか思い至りませんの」

「……そうなのね」


 アリアの瘴気の侵食は、明らかにおかしいものだった。本来、周囲が常に瘴気で満たされた空間にでもいない限り、あそこまでの症状が出るのはおかしいはず。


「何か裏がありそうだわ」

「すみません、それくらいしかお力になれず……」

「十分有益な情報よ。アリアちゃんは、できるだけ不審な人と出会う機会を避けてね。まだ療養中ってことにしておいてもいいかもしれないわ」

「え? ええ。わかりましたわ」

「そんなに心配しないで。私たちは、これからその街に行ってみるわ。これでも、瘴気に関してはそれなりに詳しいもの」

「ロザリア様……何と高潔なお方なんでしょう。でも、どうかお気を付けてください」


 どうせ行くあてもないし、その街に行くのがいいでしょう。だって、アリアの話が本当なら……

 ……人を狙って瘴気を体内に打ち込んでいる、醜悪な人間がその街にいるってことになるのだから。


「感謝いたします。ロザリアお嬢様」

「別にあなたのためじゃないわよ、カナちゃん」

「それでも、です。もしその機会があるのなら、その不届き者の喉元にナイフを突き立てる役目は、ぜひ私めに」

「……約束はできないわ。折角前向きな人生を歩み始めたカナちゃんに、あまり復讐にとらわれて欲しくは無いの」

「しかし……さようでございますか」


 カナは理解はできるけど、納得はできないって顔をしている。そういうのを許せないって性格だものね。


「てかロザ姉。ロザ姉がいいことしてあげたっていうのは納得。でも、ほんとにこのぶあいそメイドを連れてくつもり?」

「私も同じことを申し上げようと思っておりました。この低能小動物を連れて旅をするのは、ロザリアお嬢様にも悪影響と言わざるを得ないかと。即刻、接触を絶つべきですわ」

「はぁ?」

「はい?」


 リリカとカナは私を挟んで、火花を散らしている。結局昨日の戦いでは、決着が着かなかったみたい。確かリリカは駆け出し冒険者だったはずなのに、あんなに戦えたなんて意外だわ。


 ひとまずこの二人の関係性も、なんとかしないといけないみたいね。


「ハァ……先が思いやられるわ」

「わぁ、ロザ姉! 今のため息、色っぽ~い。もう一回やって! 私の耳元で!」


 ……本当、思いやられるわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る