短編ショウセツ

春雷

第1話

 カフェで僕らは向かい合っていた。

 僕の友人、英次とは同じ大学に通っていて、取る講義も同じことが多く、今日の講義も一緒だった。僕はいつも通り講義の内容をスマホに録音し、テスト前に聞き返せばいいや、と適当に講義を聞き流していたから、講義が終わったことにしばらく気がつかなかった。そんな僕に英次はちょっと話があると声をかけた。そして僕をこのカフェに連れて来たのだ。

 注文が来た後も、しばらく深刻そうな顔をして英次は黙り込んでいたが、何がきっかけとなったのか、ようやく口を開いた。

「明日までに小説を書かなきゃいけないんだ」

「ああ・・・」と僕は言う。「お前、小説のサークル入ったんだっけ」僕はアイスカフェラテをストローで一口飲んだ。甘さが足りなかったので、もうひとつシロップを入れ、かき混ぜた。カラカラカラ・・・、とかき混ぜるたび、氷が鳴った。コップは汗をかいていて、コースターを濡らしている。

「そうなんだ」と英次は頷く。「で、毎月持ち回りで短編小説を一本、誰かが書くことになってるんだ。その小説をサークルのみんなで読んで、講評を行う。顧問の先生も含めてね」

「ほとんどゼミだな、それ」

「そうなんだよ」

 難儀だな、と僕は思った。どうしてそんな面倒くさいサークルを選んでしまったのか。僕の入ったテニスサークルなんて、練習をするよりも、飲み会をする頻度の方が高い。

「俺、小説なんて書いたことないからさ、どうすりゃいいのかわかんねえんだよ」彼は深いため息を吐く。「書いては消し、書いては消し、で何にも進まない」

「そう言われてもなあ」と僕は正直に言う。「俺も小説なんて書いたことはないし、そもそも読んだことすらないんだ。アドバイスできねえよ」

「俺だって読んだことねえよ」と彼。

「じゃあ何でそのサークル入ったんだよ」

「何か、よさげじゃん、文学研究会入ってましたって。頭良さそうというか」

「入った理由が頭悪そうすぎるよ」

「実際、頭が悪くて他のメンバーとの会話についていけてないんだ。何とか阿呆がバレないように、あまり喋らず、寡黙なキャラで通してるんだよ」

「でも、書いてきた小説で阿呆なのはすぐバレちゃうじゃん」

「そう」と彼は僕を指差す。「そこで、お前だ。お前に小説を書いてもらいたい」

「何を言ってる?」僕は顔を顰める。「俺に、ゴーストライターになれって?」

 ああ、そうだ、と彼は言って、コーヒーフロートのアイスを食べた。アイスはほとんど溶けていた。

「頼むよ」彼はパン、と手を合わせる。僕は神社じゃねえんだぞ。

「おい、どうして俺なんだよ。俺もお前とレベルはあまり変わらんぞ」

「二人よれば何とかの知恵って言うだろ?」

「三人寄れば文殊の知恵、だ。間違えすぎだろ。あと、お前は執筆に協力しねえんだろ?」

「しないというか、できないんだ。小説に関する知識がなくて」

「クソがよお。サークルに顔出してたら、ちょっとは知識身につくだろうがよ」

「残念ながら、興味のないことは覚えられないんだ」

「何で興味ないのに、そんなクソだりいサークル入ったんだよ。やめちまえよ、今すぐに」

「いや、いやいやいや」と彼は手を振る。「そういうわけにもいかないんだ。サークルに一人、バイト先が一緒の人がいてさ、サークルやめたら、バイト先で気まずくなるかもしれないでしょ? それに、執筆できなかったからサークル飛ぶって、なんか、ダサいじゃん」

「けど実際そうなってるじゃねえか。お前何も書けてねえじゃん。真実をお伝えしろよ、真相をお話ししろよ、サークルのみんなにさ」

「無理だよお、嫌だよお、それは」

 僕は苛々してきた。断ろうと思った。こいつがどうなっても知ったことか。だが、ポケットからスマホを取り出して、いいことを思いついた。それで僕は彼の頼みを受けることにした。

 翌日、サークルは夕方5時からだと言うので、僕は5時ギリギリになってから、あいつに小説のデータを送付した。あいつはたぶん、それを慌ててコピー機で印刷したことだろう、ろくに内容も見ずに。

 僕は自宅にいる。クーラーのついた涼しい部屋で、ベッドに横たわり、スマホをいじっている。スマホの録音メモを起動した。あの日、たまたま録音メモが起動していたのだ。それで、全部の会話を文字に起こすことができた。昨日、大学の講義の録音を、そのまま切り忘れて、カフェに向かっていたんだ。それがなければ、小説なんて書けなかった。

 こういうのを私小説というんだろうか、と半端な知識で僕は思った。

 その小説の書き出しはこうだ。「カフェで僕らは向かい合っていた」。

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短編ショウセツ 春雷 @syunrai3333

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