第17話

 Gグリーンは相撲の立会いのような格好を取り、その背中に特殊警棒を握ったMピンクがいる。二人ともヘルメットを被っていたので表情はあまり読めなかったが、それでも何か秘策があったのだろう。Mピンクの握っていた特殊警棒が指揮者のタクトのように振られていた。楽しい気持ちの表れだったのかもしれない。

「じゃあ~、これで最後だからね~」

 とGグリーンは呟くと、先ほどよりも数段速い動きで花織に直進してきた。背中に乗っていたMピンクは、振り落とされないようにしっかりと衣服を摑んでいる。

 目の前から地響きを鳴らしながら近づいてくるGグリーンを睥睨しながら、花織は二人が耳打ちしていた作戦について考えていた。

 二人の連携攻撃のパターンはわかった。相撲スタイルのGグリーンが張り手やぶちかましで攻撃し、その後からMピンクが安全な場所からとどめ及び追撃を放つ。お互いの利点と弱点を上手く補う非常に有効な戦闘スタイルであったが、だからこそ一度読まれたら不利になる欠点もあった。

 しかしそれすらもカバーする秘策が二人にはある。それが何なのか花織は考えあぐねていたが、そのとき頭にピンと閃いたものがあった。

(あ、前から考えていたあれが試せるかな)

 Gグリーンの戦闘スタイルが相撲だと知ったとき、花織はぼんやりと考えていた。

 花織は祖母が好きな相撲番組をたまに一緒に観ているとき、自分が相撲取りと戦った場合どのような戦い方ができるのかを考えたことがあった。もちろん試す機会などあるはずもなかったから漠然と考えていただけであったが、それでも多少なりとも成功する自信はあった。それは相手が素早ければ素早いほど成功する可能性が高くなる戦法であった。

 閃くと迷っている暇はなかった。もうすぐ傍までGグリーンが両手を大きく広げて突進してきていたからだ。

 花織は構えを解くと、体勢を低くしながら地面を蹴った。短距離選手のように腕を振りながらGグリーンに向かっていく。

 二人の距離が一気に縮まった。Gグリーンは「むおおお~」と意味不明な掛け声を上げながら花織に摑みかかってきた。その動作だけで花織は気づいた。二人が耳打ちしていた秘策の正体に――。

 なおさら好都合だった。花織は走る速度を一気に上げると、何とGグリーンの股下を潜るようにスライディングをしたのである。

 しかしこのとき、花織はGグリーンの股下を潜り抜けただけではなかった。きちんと置き土産も残していた。それも男にとって絶対受け取りたくない最悪の置き土産を。

「むほおおおおおお――――ッ!」

 Gグリーンは牛が鳴くような悲鳴を上げると、股間を押さえたまま顔面から地面に激しく転倒した。その衝撃で特殊効果のような砂埃が空中に舞い上がる。

 遠くで見ていた子供たちからは歓声がどっと上がった。拍手をしながら今起こった攻防の意味も理解できずに騒いでいる。ようは面白ければいいのだろうが、本人たちにとってはあまり面白くはない。二人のコスプレ組みは特にであった。

「あれあれ」

 Mピンクは何が起こったかわからずただ戸惑っていた。

 それもそのはず。Mピンクは首根っこを押さえられながら拘束されていた。もちろん、拘束していたのは花織である。

「チビッ子ヒーローゲットッ!」 

 地面に倒れていた花織は、手元に捕まえているMピンクを見てニンマリと笑った。予想として成功率は六割ほどであったが、どうやら無事に成功したようである。

 花織が取った作戦は至って単純であった。それは直進してきた相手の股下にカウンター気味に滑り込み、背中に回るというものであった。その際、真下から男子最大の急所に攻撃を仕掛けるのは必要不可欠であった。それがこの作戦の最大の肝だったのだから。

 作戦は見事に成功した。金的を強打されたGグリーンは悶絶、そしてGグリーン以上に厄介だったMピンクの捕獲にも成功した。

「何で、何でボクたちの作戦に気づいたの?」

 泣きそうな声でMピンクが花織に問いかけてきた。花織は答える前にMピンクの右手から特殊警棒を奪い取ると、遠くの茂みのほうへ投げ捨てた。

「作戦? 大方あの巨漢が私を捕まえたあとにアンタが特殊警棒でタコ殴りするっていう程度だったんでしょう」

 ギクリ、とMピンクが反応した。どうやら図星だったようである。

「所詮子供の浅知恵だったわね……でも一度戦いを仕掛けてきたからには子供だろうと関係ない。敗者にはそれ相応の罰を与えなくっちゃね」

 悪戯っぽく花織は微笑んだ。Mピンクは頭を左右にブルブルと振って罰を拒んだが、一度捕まってしまえば抗う力はない。だからこそ武器を持っていたのであろう。

「いや、何するの!」

 花織は立てた片膝の上にMピンクの腹がくるように移動させた。背中にも腕を回して絶対に逃げられないように固定する。

 Mピンクは青ざめた。花織がしようとする行為に気づいたからだ。

「昔から悪いことをした子供にするお仕置きなんて決まってんのよ!」

 高らかに叫ぶと、花織はピンク色のお尻に向かって平手打ちを放った。パンッ! と乾いた良い音が鳴ると、Mピンクは「うきゃあ!」と悲鳴を上げた。

「ほら! ほら! ほら! 参ったって言いなさいッ!」

 パンッ! パンッ! パンッ! と花織は平手打ちを連打させた。心なしか折檻している花織の表情は爛と輝いていた。

 正美や公園内にいる子供たちも、この「尻叩き」には終始ポカンとしていた。たまたま公園の横を通り過ぎていたサラリーマンや主婦も何事かと足を止めて見つめている。

 合計で十五回ほどMピンクの尻を叩き終えると、花織は掻いてもいない額の汗を手の甲で拭う仕草をした。

「ふう~、これくらいで許してあげましょう」

 膝や足についた砂を払い落として花織は立ち上がった。見下ろすと、Mピンクはペタンと両膝を地面につけて泣きじゃくっていた。

(う~ん、少しやりすぎたかな)

 尻叩きをしていた最中はつい熱中してしまったが、冷静になるとさすがに大人気なかったかと花織は反省した。しかし、すぐに考えを改めた。

 明らかにMピンクは自分の楽しみで武器を振り回していた。これはダメだ。あまり悪気を感じていない子供だからこそ、肉体的に痛みを与えて自分がやろうとした行為を教えこまなければならない。

 相手を傷つけるということは、自分も傷つくということを。

「ご、ごめんなさい。ボクの負けです~」

 すすり泣きながらMピンクは、自分の腕章を花織に差し出した。花織はMピンクの頭を撫でながら腕章を受け取った。

「そうそう、子供は素直が一番よ」

 腕章の裏に印刷されたQRコードをスマホのカメラで撮影すると、花織はついでにGグリーンの腕章も取ってくるようにMピンクにお願いした。Mピンクは躾られた子犬のように悶絶しているGグリーンの元へ走っていく。

「さて、いよいよラスボスとの一騎打ちね……あ、どっちかと言えば私がラスボスか」

 頭を掻きながら花織は、闘志を秘めた視線をSレッドに突きつけた。だがおかしなことに先ほどまで公園の中央にいたSレッドの姿が綺麗さっぱり消えていた。花織は首を動かして周囲を一望する。

「ハハハハハハハハッ! どこを見ているDレディ! こっちだこっち!」

 花織は声が聞こえてきた方向に振り向いた。そこにはジャングルジムが置かれ、その天辺にSレッドが両腕を組みながら踏ん反り返っていた。かなり偉そうに。

「コラッ! 格好つけてないで降りてこい!」

 花織はジャングルジムに近づくと、真下から激を飛ばした。Sレッドは含み笑いをしながら一向に降りてくる気配はない。

「ふふふふ、どうした? 俺と戦いたいならば上ってくればいいではないか。それとも何か? まさか高所恐怖症というわけではあるまいな?」

 うぐっと花織は口をどもらせた。

 図星だった。花織は高所恐怖症だったのである。その証拠に、ジャングルジムの高さなどせいぜい三、四メートルほどしかないにもかかわらず、花織は真下から忌々しそうにSレッドを睨むことしかできない。

 Sレッドは鬼の首を取ったが如く高らかに笑った。

「ハハハハハ――ッ! どうしたDレディ! さっさと上ってこい!」

 絶対的有利な立場にいるSレッドの挑発に、花織は腸が煮えくり返る思いだった。

 しかしやはり上れない。あんな細い棒で構成されているジャングルジムの天辺に上がると考えただけでも寒気がする。それでもまったく上れないわけではない。ようは足場が不安定な場所が極端に苦手なのである。

 ぎりりと花織は奥歯を軋ませた。

 花織が見たところ、Sレッドの戦闘スタイルはフルコンタクト空手かキックボクシングなどの立ち技系格闘技を使う。この公園に来たときに戦っている姿を見てそれは一目でわかった。もちろん、その実力もである。

 戦えば十中八九勝てる。空手を教えてくれた父親に比べたら屁みたいな実力の持ち主である。それゆえに歯痒い。降りてきて戦え!

「Dレディ様! Gグリーンの腕章を持ってきました!」

 花織はそこら辺に転がっている小石でも投げつけようとしたとき、後ろからMピンクが腕章を持ちながら近づいてきた。だが何か様子がおかしい。妙にウキウキしている。

「ああ、ありがとう……って様?」

 Mピンクは花織に腕章を手渡すと、何度も頭を縦に振った。

「はい! ボク気づいたんです! Dレディ様こそボクの求めていたヒーローだって!」

 

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