第16話

 だが、このアベコベな二人は普通の格好をしていない。巨漢のほうは全身緑色、少女のほうは全身ピンク色をしていた。コスプレである。この二人も全身赤色の細身と同じコスチュームに身を包んでいた。違うのは色とサイズくらいだろう。

 相撲取りのような全身緑色の巨漢は花織たちの横を素通りした。ドスン、ドスンと重い足音を響かせながら全身赤色の細身の元へ歩いていく。

 花織の目線は無意識のうちに全身緑色の巨漢の男に釘付けになった。

 背格好や体型もさることながら、衣装がやや小さいのか腹が少しはみ出ている。それが花織には無性に気になった。それは正美も同じだったようで、「わあ、お兄ちゃんより大きい人」と慎太郎と比較して驚きの声を上げていた。

 しばらく見ていると、全身緑色の巨漢はこれまた子供たちには大人気だった。子供たちは全身緑色の巨漢にしがみつき、背中や肩に登ろうとしている。

 その微笑ましい光景を見た正美は、顔をニッコリとほころばせた。

「ほら見て花織ちゃん、あの人あんなに軽々と子供を両肩に乗せてるよ」

 確かに全身緑色の巨漢は、両肩に五歳児くらいの二人の子供を乗せて遊ばせていた。

「はいはい、そうだね、凄い凄い……」

 と軽く相槌を打った花織だったが、そのとき何か大切なことを見落としているような奇妙な感覚に襲われた。背中がじくりと疼く。

 次の瞬間、花織の背中に何かがおぶさってきた。咄嗟のことに花織も反応できず、片膝が地面についてしまった。

「ちょっといったい何ッ!」

 花織は慌てて顔だけを振り向かせた。異様な双眸と視線が重なった。

「うふふ、お姉ちゃんも大会の参加者?」

 アニメのキャラクターっぽいその声を聞いた瞬間、花織の全身に寒気が走った。後ろから伸びてきた二本の細い腕が自分の首に巻きついてきたからだ。

 やばい! そう思ったときには花織の身体はすでに動いていた。後ろから伸びてきた腕の一本を摑み取り、そのまま上半身を前方に倒して投げたのである。柔道でいう背負い投げに似ていた。

 花織が投げ飛ばしたのは、全身ピンク色をしたコスプレ少女であった。全身ピンク色の少女は空中に天高く舞い上がったが、空中で回転しながらふわりと地面に着地した。驚異的な運動神経の持ち主であった。

「あははは、やっぱり欲張らずに腕章だけ貰えばよかった」

 地面に着地した全身ピンク色の少女は「えへ」と自分の頭をポンと叩いた。花織はその言葉を聞いて腕章をつけている自分の右腕を見た。クリップで固定していた腕章が微妙にずれている。 

(――この子、ただの子供じゃない)

 花織は自分の首にそっと手を当てた。

 信じられなかった。気配をまったく感じなかったこともそうだが、見た目には小学生にしか見えない子供がいきなり〝落とし〟にかかってきたのである。もし声をかけられなかったら首を絞められて意識をなくしていたかもしれない。

「どうした?」 

 いつの間にか公園の中央付近にいた全身赤色の細身が近づいてきた。その後ろから重い足音を響かせながら全身緑色の巨漢も近づいてくる。

「見つけたよ。次の悪者は地球に暗黒をもたらすブラック・レディーだッ!」 

 全身ピンク色の少女は、ピンと立てた人差し指を花織に指し向けた。全身赤色の細身と全身緑色の巨漢はお互い斜めに向き合うと、こくりと頷いた。 

「やるぞッ!」と全身赤色の細身が叫ぶと同時に、全身緑色の巨漢と全身ピンク色の少女が花織を中心に素早く左右に分かれた。

 子供たちから歓声と拍手が怒涛のように響き渡る。

 次の瞬間、コスプレ三人組はそれぞれ決めポーズを取った。

「地球の平和を守るため、はびこる悪はこの手で絶つ! 業火の戦士サン・レッド!」

「地球の平和を守るため~、はびこる悪は押し潰す~。大地の戦士ガイア・グリーン~」

「地球の平和を守るため、はびこる悪はやっつける! 慈愛の戦士ムーン・ピンク!」

 続いて三人は再び一箇所に集合すると、三人同時の決めポーズを取りながら一言一句違わずに大声で叫んだ。

「惑星戦隊プラネットレンジャーッ! ここに見参!」

 決め台詞が公園内に高らかに響くと、どこからか効果音らしき音が聞こえてきた。花織は呆気に取られながらも効果音が聞こえてきたベンチに視線を向けると、ベンチの上にはMDラジカセが置かれていた。操作していたのは子供だった。あらかじめ段取りを決めていたのだろう。台詞と効果音が見事なほど一致していた。

(何だろうこの空気……完全に私が悪役として見られている) 

 コスプレ三人組が決めポーズを取ったときには、花織はナイファンチ立ちと呼ばれる自流の構えを取っていた。当然といえば当然だった。コスプレ三人組の腕には黄色い腕章がつけられている。大会参加者の証であった。

 ならば戦うのは必然だったのだが、どうも何かが違う。戦うときの緊張感や圧迫感があまりない。本当にイベント会場のような雰囲気が充満している。

 Sレッドは一歩前に出ると、微妙に戸惑っている花織に人差し指を突きつけた。

「悪の組織ダークホールの幹部ダーク・レディ! 我らプラネットレンジャーが宇宙に浮かぶ惑星たちに代わって成敗してやる! 覚悟しろ!」

 芝居がかったSレッドの言葉とともに、GグリーンとMピンクが行動に移った。

 Gグリーンは相撲の立会いのような格好になると、MピンクはそのGグリーンの背中にひらりと乗った。まるで巨牛に跨る妖精のようである。

 傍から見ていれば何とも面白い絵であったが、対峙していた花織はそんな面白い絵を楽しむ余裕はなかった。何故なら、子供とはいえ背中に人一人乗せたGグリーンが一気に間合いを詰めてきたからだ。

 体型に似合わず俊敏な動きを見せたGグリーンは、遠くの間合いから花織に向かって一直線に張り手を繰り出した。もしまともに食らえば人体に強大なダメージを負うことは間違いなかった。

 だが花織は瞬き一つせずに張り手の動きを見切った。

 Gグリーンの張り手をかわした花織は、そのままGグリーンの顔面に正拳突きを放とうとした。

「プレネット――」

 正拳を放とうと右拳を脇に引いた花織の耳に、甲高いアニメ声が聞こえた。

 花織は無意識のうちに攻撃を止め、大きく横に跳んだ。無理をして方向転換したせいでバランスを崩した花織あったが、そこは持ち前の反射神経と鍛え抜かれた運動神経により持ち直した。

「ああもうー、必殺プラネット・スティックを避けないでよ!」

 体勢を整えた花織が視線を戻すと、Gグリーンの背中に乗っていたMピンクは地面に降り立っていた。花織は目つきを険しくさせた。Mピンクの右手に棒のような武器が持たれていたからだ。

 特殊警棒である。全体をピンクに塗られていたが、それはどう見ても警察や警備員が携えている護身用具であった。

 それを見た花織は、今ほど自分の本能に感謝したことはなかった。Mピンクは何も楽しいからGグリーンの背中に乗っていたわけではない。MピンクはGグリーンの攻撃が避けられた際のとどめ役兼追撃の役目を担っていたのである。

 もしあのまま花織がGグリーンに正拳突きを放っていれば、真上からのMピンクの特殊警棒の餌食になっていただろう。護身用とはいえ特殊警棒はスチール製である。そんなものを頭に食らえば大怪我は確実であった。

 花織は軽く深呼吸をしてナイファンチ立ちの構えを取った。相手がただのコスプレオタクではなく、それなりの戦闘技術を持ち合わせている人間たちだと察したからだ。

 一方、Mピンクはぬぼ~と突っ立っているGグリーンの腕を摑んで急かし立てていた。

「ねえねえ、もう一度しようよ」

「え~、何かもう疲れた~」

 元気溌剌なMピンクとは違って、たった一発張り手を放ったGグリーンは見るからに気だるそうに返事をした。ぽっこりと出ている腹をボリボリと掻いている。

「お願い、あと一回。あと一回だけだから」

 両手を合わせてMピンクは懇願すると、Gグリーンは大きな口を開けて欠伸をした。

「でもあの女の子結構素早いよ~。もう一度やっても同じ結果になるんじゃない?」

「大丈夫! ちゃんと作戦を考えたから!」

 そう言うとMピンクはGグリーンの背中に登り、そっと耳打ちをした。Gグリーンはふむふむと頷いている。

 およそ一分後、作戦会議を終えた二人は再び花織と対峙した。

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