第18話

 妙に声が弾んでいるMピンクを見て、花織は嫌な予感がした。

「アンタまさか」

 花織はMピンクのヘルメットをそっと外した。すると出てきたのは髪を短く切り揃えた少年の顔だった。いや、少年というよりも美少年である。白い抜けるような肌に真っ直ぐ見つめてくるつぶらな瞳。憎らしいくらい女よりも女らしい男であった。

「男だったの……君」

「はい、そうですけど何か?」

 戦隊ヒーローでピンクは女という先入観があった花織としては、何とも複雑な気分であった。が、今はそんなことを気にしている暇はない。

「いや、いいのよ別に。どんな色の服を着ようと個人の勝手だもんね」

 そのとき、花織はMピンクが握っている物に注目した。

 特殊警棒である。縮小されて十センチほどの短さになっていたが、それは間違いなく先ほど自分が茂みのほうへ投げ捨てた特殊警棒であった。

「それ拾ってきたの?」

「え? は、はい。兄から借りてきた大事な物ですから――」

 とMピンクが答えた瞬間、花織は光速の速さで特殊警棒を奪い取った。三段式の特殊警棒を下に振ると、一気に六十センチほどの長さに伸びた。

「あ、何を」

「ちょっと借りるわよ」

 右手に特殊警棒を握ったまま、花織はジャングルジムに足をかけた。しかし天辺までは目指さない。

「貴様、小癪な真似を!」

 天辺で踏ん反り返っていたSレッドは、途端に圧倒的不利な状況に追い込まれた。何故なら、中腹まで登った花織がSレッドの足元目掛けて特殊警棒を振り回したからだ。

「ほらほらほら! 早く降りてこないと怪我するわよ!」

 Sレッドの脛辺りを狙って花織は特殊警棒を水平に振る。振る。振る。当たった。

「ギャアアアアアア――――ッ!」

 脛は別名「弁慶の泣き所」と呼ばれる場所である。ここに物が当たると非常に痛い。

 例え空手で脛を鍛えていたとしても、さすがにスチール製の武器で強打されれば痛いであろう。現にSレッドは右脛に特殊警棒が命中すると、激痛が走る右脛を押さえてうずくまった。しきりに右脛を両手で擦って痛みを軽減させている。

 だからこそSレッドは気づかなかった。自分の頭がジャングルジムの外側に向いていたこと、そしてその顔目掛けて花織が攻撃を仕掛けようとしたことに。

 次の瞬間、ジャングルジムからパガーンッ! と良い音が響いた。公園内にいた子供たちは上げていた歓声を止め、阿呆のようにポカンと口を開けた。

「一丁上がり」

 ジャングルジムから降りた花織は、地面にピクピクとしている人間を見下ろした。

 Sレッドである。ほんの数秒前にはジャングルジムの天辺にいたSレッドが、今では車に押し潰された蛙のように地面に倒れている。

 今の攻防を簡潔に説明するとこうだ。

 まず花織がSレッドの脛に命中させた。すると当然Sレッドは痛みのあまり脛を押さえてうずくまる。しかしそれではまだ勝負がつかない。そこで花織はジャングルジムの特性を生かして攻撃を繰り出した。

 蹴りである。花織はジャングルジムを構成している細い棒を摑みながら、身体を側転させるようにしてSレッドの頭部に蹴りを放ったのである。

 結果は予想以上に成功した。頭部に変則回し蹴りを食らったSレッドは、そのままジャングルジムの天辺から転落。地面に背中から落ちた衝撃も加わり、戦闘不能に陥った。

 というのが一連の攻防の成り行きであった。

 花織はSレッドの腕から腕章を奪い取ると、印刷されているQRコードをスマホのカメラで撮影した。ついでにポケットに入れていたGグリーンの分も撮影した。これで勝ち星は合計で九になった。

「ふっ、手強い相手だったわ」

 西部劇に登場するガンマンのようにスマホをくるっと回した花織は、颯爽とポケットに差し入れた。口では手強いと言った花織だったが、実のところそれほどでもなかった。特に最後のSレッドは馬鹿としか言いようがない。おそらく目立ちたくてジャングルジムなんかに登ったのだろうが、そんなことをせずに地面の上で戦っていればそれなりの健闘はできたはずである。

「卑怯だなんて言わないでよ。これがアンタたちの足を踏み入れた世界なのよ」

 痙攣しているSレッドに花織は哀れむような目で呟いた。最後に握っていた特殊警棒をMピンクにきちんと返した。Mピンクは特殊警棒をぎゅっと握り締める。

「Dレディ様……ボクは、ボクはこれからいったい何を信じればいいのでしょうか?」

「君、名前は?」

「香取、香取伸宏です」

 花織はふっと笑うと、Mピンク改め伸宏の肩にそっと手を置いた。

「伸宏。悪いことは言わない。こんな世界から足を洗いなさい。今ならまだ間に合うわ」

 伸宏はしばし思案すると、口を一文字に閉めながら首を左右に振った。

「そ、それはできません。やはりボクにとって惑星戦隊は生きがいなんです。それをいきなり捨てるなんて……」

 その言葉を聞いた花織は、伸宏の頭を抱いて強く引き寄せた。伸宏は顔が真っ赤に紅潮した。いきなり抱きしめられ、身体が置物のように硬直する。 

「いい? 覚悟を決めてよく聞きなさい。アンタたちは惑星戦隊って言ってたけどね……太陽は惑星じゃないの。恒星なのよ」

「え?」

 一瞬、伸宏は花織の言っている意味がわからなかった。そんな伸宏に構わず花織は言葉を続けていく。

「そして君のシンボルである月だけどね……あれは惑星でも恒星でもないの」

 伸宏はそれ以上聞きたくなかった。しかし花織に両腕ごと抱きしめられているので耳を塞ぐことができない。故に嫌でも〝とどめ〟の言葉を聞く羽目になった。

「お月さんはね……衛星なのよ!」

 それは伸宏にとって決定的な一言だった。聞きたくなかった本当の事実。

 花織は伸宏からそっと離れた。途端、伸宏は糸が切れた人形のように膝から崩れた。

「伸宏、これからは真っ当な道を歩きなさい」

 それだけ言うと、花織は伸宏の横を通り過ぎ正美の元へ向かった。正美は水飲み場の辺りで祈るように両手を絡めていた。

「終わったわよ、正美」

 正美の元へ帰ると、花織は口を半月の形にさせて笑った。

「それはいいんだけど、花織ちゃん、いったいあの子に何を」

 正美の視線は、ジャングルジムの辺りでガックリと四つん這いになっている伸宏に合わせられている。花織は大きな溜息をつくと、感慨深そうに空を見上げた。

「人は誰しも間違った道を通るもの。それを正しい道に導いてあげた……それだけよ」

 正美には何のことかよく理解できなかったが、もしかすると余計悪い道に導いてしまったのではないかと思った。しかし正美はそれ以上何も追及せず、花織に「そ、そうだね」と適当に相槌を打っておいた。

 空を見上げるのを止めた花織は、その場で軽く肩を回した。

「さて、もうそろそろお昼だけでどうする? ラクドでも行く?」

 花織の言葉で正美は腕時計で時刻を確かめた。

「そうだね。じゃあ大通りにあるラクドでも……」

 と正美が花織の提案を了承したと同時に、スマホの着信音が鳴った。どうやら着信音は正美のバッグの中から聞こえていた。

 正美はバッグの中からスマホを取り出した。表示画面に映っている相手を確認して通信ボタンを押す。

 現在の時刻は十一時三十一分。

 このとき花織はまだ知らなかった。綾園市の一イベントであったはずの【綾園異種格闘市街戦】の裏では、不気味な闇が動き出していたことに――。

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