第11話
同時刻――。
市民センター駐車場から数十メートル離れた路上には、荷台の上にパラボラアンテナが設置されている一台の小型トレーラーが停車していた。
そのトレーラーの内部は、大型液晶ディスプレイを中心に軍の情報施設を思わせるような機材で埋め尽くされていた。天井の明かりは落とされ、モニターの光だけが煌々と照らされている。
「勇二様、準備は滞りなく終わりました。あとは開始時間を待つばかりです」
情報部屋に改造された荷台の中には、グレーのタイトミニなスーツを着た睦月がいた。
「ああ、そうだな」
そんな睦月の前には、大型液晶ディスプレイを眺めながら豪奢な椅子に身体を預けていた勇二がいた。肘掛に肘をつけ、頬を押さえて頭を固定している。
「さあ、我が愛しい姫はどう活躍してくれるのかな」
勇二が嬉しそうに眺めている大型液晶ディスプレイには、正美と会話をしている花織の姿がアップで映っていた。映像の感度は良好。音声もあらかじめスマホに仕込んである盗聴器により鮮明に聞こえてくる。
「それで睦月さん。今回の大会から新ルールが追加されたとあったが、具体的にどうなったんだい?」
「はい、今回より各選手には番号つきの腕章とスマホが支給されます。これは第一回の大会で問題となった参加選手の不正行為や制限時間内に大会が終了しない問題を改正するために実施しました。まず参加選手に配られる腕章の裏には特殊なQRコードが印刷されております。これを同じく支給したスマホのカメラで読み取ることにより、QRコードを読み取られた人間の敗北が決定するという仕組みになりました。一方、QRコードを読み取った人間は自動的にスマホの情報が大会本部のコンピューターに転送され、勝利数がカウントされる仕組みになっております」
「それって別に相手と戦って勝たなくても隙を見て相手の腕章を奪ったり、スマホ自体を破壊してしまえば勝敗がつくんじゃないの?」
睦月は首肯した。
「その通りです。故に今回はより実戦形式となっております。実戦では必ずしも強い人間が勝つとは限りません。弱者は知恵を振り絞り、強者の弱点をついて勝利する。これこそ実戦の醍醐味というものです」
「でもそうなると余計ズルをする人間が増えない? 例えば自分の腕章をどこかに隠したりスマホを知り合いに預かってもらったりして」
「もちろん、その点も予想の範囲内です」
睦月はふっと笑うと、手元に握っていたリモコンを操作した。
花織のアップが映っていた大型液晶ディスプレイの画面がカーナビのようなマップ画面に切り替わる。市民センターの駐車場には無数の番号が表示された。
「何だいこれは?」
勇二は思わず身を乗り出した。
「参加者に配られたスマホには衛星の電波を受けて現在地を確認できるGPSが仕込まれております。そして腕章にはQRコードの他に参加者には秘密にしてある超薄型のチップが埋め込まれており、GPSと二メートル以上離れるとこれも大会本部のコンピューターに自動的にデーターが転送され、その人間の敗北が決定いたします」
「つまり、腕章とスマホは常に肌身離さず持っていないと自動的に敗北になると?」
「それだけではありません。第一回の大会では開始と同時に誰とも戦わず身を隠す人間が続出しました。実戦と考えるとその戦法もありとは思いますが、一日限りの大会ではどうしてもそれでは入賞者が決まりません。そこで今回から二時間以内に一度も勝利していない人間、及び上山区から一歩でも外に出た人間も自動的に敗北となります。今回の大会参加者が三百十一人ですから、単純計算でも二時間で約百五十人。しかし予備乱戦には一対一で戦わなくてはならないというルールはありませんので、おそらく五時間以内には本選出場権を与えられるベスト16が決定するかと」
睦月の大会説明を聞いて、勇二はこめかみを人差し指で押さえながら唸った。
「だから予備〝乱戦〟なのか……しかし親父殿もよくこんなえげつない大会を市議会に堂々と提案したもんだ。まあ、その提案をあっさり通した市議会も市議会だけど。下手すると死人がでるんじゃないの」
「そうならないように準備も万事整えております。大会開始前より大道寺家で雇い入れた総勢五百人近いカメラマンが上山区一帯に分散しております。そして各場所で戦いが始まるとその近くにいるカメラマンに連絡がいき、リアルタイムで戦闘が観賞できるシステムになっております。これならば明らかに勝敗が決まっている戦闘ならば大会側からすぐにストップがかけられます。それにもし怪我を負っても専用の簡易医療施設が無数に存在していますから死人は出ないはずです」
ヒュウ、と勇二は唇を尖らせて口笛を吹いた。
さすがにこのような大規模な大会を開催するにあたり、警備や医療、不正行為に対する対処策は万全であった。だがよく考えてみると解せないことがある。いくら格闘大会と銘打っているとはいえ、内容は路上の喧嘩であった。メリットといえば参加した人間の実戦経験値が上がる程度だが、それだけでよくこれだけの人間が参加を表明したものである。
勇二の心中を察したのか、睦月が続きを付け加えた。
「社長の格闘技好きは有名ですからね。だからこそ賞金もなく、一般の大会よりも過激なこのような大会に古今東西の格闘家や武術家が集まってくるのです」
勇二は顔だけを振り返らせた。睦月の視線と交錯する。
「どういうこと?」
「勇二様は知りませんでしたか? この大会は基本的にギャラも賞金も発生しません。しかし入賞した人間は社長直々に謁見し、何か望みがあればそれを叶えて貰えます。第二回の大会は諸事情により入賞者が決まりませんでしたが、第一回の大会で入賞した人間は全員それ相応の望みを社長に叶えて貰いました。確か優勝者は専用の道場を貰い、二位の人間は立ち技最強を決めるT1グランプリの特別出場権の獲得、そして三位は数百万円の借金を肩代わりしてもらったはずです。だからこそ多少危険が伴おうと年々出場者が増え続けているのが現状です」
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