第25話 伊勢谷の決意

 掲載されるかどうかは別としても、頭の中を一旦整理するために、昨日、旅館に到着してから起こった出来事を、すべて原稿に起こすことにした。そうしているうちにドアがノックされ、

「鳴瀬くん」部屋の外から伊勢谷くんの声がした。

「どうだった?」部屋の中に招じ入れながら僕は訊いた。

「きみと同じことを訊かれただけだよ。どうやら、死因は絞殺らしいね」

「絞殺? 茜ちゃんの時と一緒か。つまり……」

「同一犯の可能性が高い。今回もやっぱり、魔女の末裔とやらが、予告通り復讐を実行したみたいだね」伊勢谷くんは座布団の上に腰かけ、「おや、何を書いているんだい?」テーブルの上に広げてある原稿用紙に目をやる。

「昨日から起こったことを書いていたんだ」

「ふーん」

「伊勢谷くん」

「何だい」

「犯人は一体、誰だと思う?」

「ずばり訊くね」伊勢谷くんは笑い、「はっきりとはわからないけれど、今、この旅館の中にいる誰かだと思う」

「この旅館に?」

「うん。だって、そうだろう? 外部の人間が、全員分の食事に睡眠薬を混入するなんて、ちょっと考えられない。下ではずっと警察が待機していたんだからね」

「そうだね。でも、そうなると、犯人は絞られてくるね。僕ときみ、そして警察も除外されるだろ」

「まあ、そうだろうね、多分」

「随分と、歯切れが悪いんだね」

「昨夜、この旅館にいた人物には一応、全員に疑いを持たなくてはいけないと思うだけだよ。続けて」

「旅館の客は、僕ら以外には宇田だけだね。でも、あの男は、最初の事件の時にはいなかった」

「うん。ここにはね」

「ここにはって?」

「最初の事件に関しては、旅館の中にいなくても犯行は可能だったと言いたいだけだよ。次は?」

 どうも、伊勢谷くんが考えていることは読めない。

「次は、江神家の人たち。江神章造、健夫、由衣、淳司、怜子」

「うん。それに、あの調理場にいた男の子。彼は、江神章造の孫だろう?」

「そう。名前は……隆史だったかな。今挙げた中で怪しいのは、何と言っても、淳司と怜子の夫婦だね。他の江神家の人たちとも折り合いが悪いらしいし」

「きみは随分と、淳司に疑いの目を向けているね」

「まあね。疑うには一番妥当な人物だと思うけど」

「まあ、いい。次は?」

「旅館の従業員。歩美と永井の二人」

「なるほど」伊勢谷くんはここで、ニヤッと笑った。

「さっき、きみはなぜ、貯蔵室を見に行ったりしたんだい?」

「特に意味はないよ」言葉とは違い、何やら意味ありげに伊勢谷くんは微笑む。

「言いたくないならいいさ」僕は不貞腐れて言った。

「まだ推理を組み立てている途中なんだよ。さて、容疑者はそれだけかい?」

「ううん。警察にとって、今のところ、最重要容疑者が二名」

「山口と三上だね」

「うん。山口に関しては、まったく行方が掴めていないらしい。三上は、あのログハウスにいるとしたら、土砂崩れの被害に遭っているかもしれないね」

「風呂場に、彼のハンカチが落ちていたらしいね」

「きみも聞いたんだ?」

「何ともわざとらしいね。誰かが、三上を犯人に仕立て上げようとしているか、あるいは強調しようとしているとしか、僕には思えないな」

「強調ってつまり共犯者がいて、自分の存在を消すためにわざと三上が犯人であることを強調したと?」

「まあ、そういうことだね」

「ちょっと待ってよ、伊勢谷くん」

「何だい?」

「そんなことして、何のメリットがある? だって、三上が捕まってしまったら、共犯者の名前をばらすに決まっているじゃないか」

「そりゃあ、そうさ」

「そりゃあ、そうさって」僕は思わず笑ってしまった。

「捕まり方にも、色々あるだろう」

「色々?」伊勢谷くんが言わんとしていることがさっぱりわからない。

「まあいい。それで疑わしいのはそれだけかな?」

「思いつく限りではね」

「で、きみが一番疑っているのは?」

「もちろん淳司だよ」

「なるほど」

「でもね、伊勢谷くん。犯人を捜すのも重要だけど、最大の謎がまだ解き明かされてないよ」

「最大の謎?」

「うん。茜ちゃんの死体が湖へと移動した謎だよ。あれを解決しなければ、犯人が人間なのかすら断定できない」

「ハッハッハ。きみはまだ魔女の仕業だという考えが捨て切れないでいるようだね」人を馬鹿にしたような笑い。僕はムッとした。

「きみはあの時、現場にいなかったから、自分の目の前で茜ちゃんが井戸へ沈んでいく姿を見なかったから、そんなことが言えるんだ」

「ごめんごめん。そんなにいきり立たないでくれよ」

「魔女の仕業じゃないって言うならいい加減、犯人が使ったトリックとやらを解明してもらいたいものだね。そうじゃなきゃ、きみに僕を馬鹿にする権利はないよ」

「うん。そうだね。もう少しだけ待っていてくれよ。魔女なんてこの世にはいないってことを、僕がはっきりと証明してみせるから。そして」ここで、伊勢谷くんは急に真剣な顔つきになって、「魔女の末裔の正体と犯行の動機を必ず暴き出してみせるよ」力強く言った。

「何だか頼もしいね」

「さて」伊勢谷くんは立ち上がり、「健夫さんの言ってた文献とやらを見せてもらいに行こうか」

「そうだね」

 僕も立ち上がり、伊勢谷くんの後に続いて部屋から出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る