第17話 動画サイト

 きさらぎ荘の階段をのぼっていると、階上から物音が聞こえてきた。顔を上げると、伊勢谷くんが部屋から出てくるところだった。スマートフォンを所持していない伊勢谷くんに出会うには、時にこういったグッドタイミングに恵まれる必要がある。

「やあ。どこかへ出かけていたのかい?」伊勢谷くんは十分な睡眠を取ったらしく、普段以上に艶のよい顔で、僕に片手を上げてみせた。

「編集部にね。それが、大変なことになったんだよ」

 僕は、茜の死体が湖で発見されたこと、その死体の首に絞殺痕があり、全身から血液が抜かれていたこと、中島さんの依頼と鱒沢警部の要請で、今夜の新幹線に乗って、もう一度朝霧村へ行くことになったこと、を口早に説明した。

「湖からね、なるほど」

「警察が一晩中、見張っていた井戸から、犯人は一体どうやって、茜ちゃんの死体を湖まで移動させたんだろうね」

「うん。ぜひ、この目で現場を見たくなった」

「現場を? ってことは……」

「うん。もし迷惑じゃなければ、きみのお供をさせてもらえやしないだろうか」

「迷惑だなんて、そんな。だけど、研究のほうは大丈夫なのかい」

「そんなものは、後で何とかするよ。それより、実際にこんな興味深い事件に遭遇できるチャンスは、人生においてもう二度とあるかどうかわからないからね。紙面に書かれたものではない、リアルな謎解きを経験してみたくなった」

 伊勢谷くんの推理するトリックがどんなものかは知らないけれど、一緒に行ってくれるのは大歓迎だ。何よりも、本当に魔女がいるかもしれない村に一人で行くのは、やっぱり気が引ける。

「じゃあ、すぐに支度をしてくれ」

「わかった」

 僕らは一旦、各々の部屋に戻り、十分足らずで旅支度を済ますと、すぐにアパートを後にした。

「山口さんが狙っていた美少女は、この子のことじゃないかな?」

 新幹線に乗る前、中島さんから電話がかかってきて、某動画サイトを見てみるように言われた。新幹線の座席に腰かけると、僕は早速、その動画サイトを検索してみた。すると、最新ニュースというカテゴリーの中に、『朝霧村の被害者の妹は、超絶美少女!』というタイトルがついた動画が見つかった。静止画には、車椅子に乗る由衣の姿が映っていた。

「そんなに血相変えて、どうしたんだい」伊勢谷くんが横から覗いてきた。

 その問いに対して、僕は返事をすることもままならず、動揺して震える指先で、動画の再生ボタンをクリックした。テレビのレポーターや新聞記者に質問攻めに遭い、困惑顔を浮かべる由衣の映像が一分ほど流れた。動画のコメント欄は、『すっげー、可愛い!!』『芸能界に入るべき』『天使降臨』など、由衣の美貌を絶賛するコメントで埋め尽くされている。

「この子は?」黙って動画を見ていた伊勢谷くんが訊いてきた。

「江神家の三女。茜ちゃんが井戸に落ちるのを目撃した子だよ」

「なるほど。それできみはなぜ、その時、この子と一緒にいたんだい?」

「コンクールに応募する小説を読んでくれと言われたからさ。別にやましいことはないよ」

「別にやましいことをしていたかどうかなんて、疑ってはいないよ」伊勢谷くんはクスクスと笑う。

「何がそんなにおかしいんだい」

「いいや、何でもないよ」そう言いつつも、伊勢谷くんは愉快そうに笑い続ける。

「いいさ。笑いたければ笑えばいい。僕はしばし睡眠を取るから、着いたら起こしてくれ」

 僕はそう言うと、座席を後ろに倒して目を瞑った。

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