第55話 オガ蔵Ⅱ
オーガが目を覚ました時はすでに日は沈み、辺りはまるで何事もなかったかのようないつもの暗闇と静寂に包まれていた。
しかし鼻を突く焦げた匂いやむせ返るほどの血の匂いによって、そして焼けただれた皮膚を薙ぐ夜風の痛みも相まって否が応でも混沌とした意識が現実へと引き戻される。
オーガは全身を襲う痛みを堪えながらなんとか立ち上がり、自分と同じような生存者がいないか探し始めることにした。
『誰カ!誰カイナイノカ!!誰デモイイ!誰カ……頼ム……誰カ応エテクレ……!!』
昨日……いや、つい十数時間前まで活気にあふれた賑やかだった村に、今はただオーガの悲痛な叫び声だけが響いていた。
それでもわずかながらの希望に縋りつき村の中をゆっくりと歩く。
普段なら気さくに声をかけて来る老齢のオーガも、自分のことをライバル視していた同年代のオーガも、最近子供が生まれたと自慢ばかりして少し鬱陶しく思っていた兄貴分のオーガも道々に倒れ伏しており、オーガが抱き起すもピクリとも動かなかった。
そうしてオーガは呆然自失のまま歩き続けていたが、自分の足がいつの間にか自宅への帰路を辿っていたことをふと気が付いた。
自宅の扉を開けば家族が出迎えてくれる。そんないつもの日常を幻視するも、やはり現実からは逃れようもなく、簡素な家屋の床には父が母を庇うような形で諸共凶刃に倒れていた。
結局、自分を除くすべての住民の死を確認するだけという悲しい現実を確認するだけに終わってしまう。
村の仲間たち、家族や友人たちを弔いたい。そんな思いも当然ながらあったが、例の冒険者たちの話ではこの地に他の人間がやって来る可能性が考えられ、一刻も早くこの場を去らなければならない。
後ろ髪がひかれるような気持ちを必死に堪え、簡単な身支度だけを済ませて火を放って村を出た。同胞の亡骸を、死した後も悪しき人間共に利用されないようにしたいというせめてもの反骨心によるものだ。
村を出たオーガは冒険者たちの足跡を追った。
手負いの自分で勝てるわけもないと冷静に考えている自分もいたが、守るべき家族や貢献すべき村のないオーガには冒険者に対する憎悪と言う感情以外何も持ち合わせてはいなかったためだ。
しかし当然と言うべきか、その追跡劇も簡単にはいかなかった。
これまでオーガの姿を見ると一目散に逃げだしていたウルフやオークも、オーガが手負いだと見るや否やこれまで強者に向けていたような畏怖のこもった目ではなく、捕食対象かのような視線を向けて来るのだ。
手負いであったが何とか襲撃者を退けるも無傷とはいかず、古い傷が癒える間もなく新しい傷が出来ていく。そうして長い旅を続けていくうちに少しづつ体は弱り続けていった。
それでも動けるうちは、この胸に秘めた感情の赴くままに行動したい。そうして一歩一歩進み続けたオーガの元に、これまでとは比べ物にならない脅威が降りかかることになる。
まず目の前に入ってきたのは1人の人間だ。
見た目は平凡な顔つきの年の若い男ではあったが、彼の傍には村の長であるレッド・オーガに匹敵するだけの重くのしかかる程の圧を放つ大柄なゴブリンが控えており、その近くにも腕の立ちそうなゴブリンが手負いのオーガを油断することなく警戒することなく取り囲んでいる。
手負いの獣が油断ならないということを知っているオーガからすれば、この群れの主が優秀であるのだと理解するには十分であった。そしてそんな敵を相手にして今のオーガでは戦って勝つことはおろか、逃げることすら不可能だろう。
オーガは全てを諦め死を受け入れることにした。いや、もしかしたらオーガはあの村でもうすでに死んでおり、ここに来たのはただの動く屍だったのかもしれない。
若い人間の男は珍しくすぐにオーガに止めを刺すでもなく、オーガから話を聞くという奇特なことをし始めた。
会話の相手が自分の命を狙った者だったとしても、村の仲間が死んだこと、そして長い追跡劇をずっと1人きりで孤独を抱えていたオーガは少しだけ会話を楽しむことができた。
しかし会話の最中もジワリジワリと体力を消耗し続け、ついに限界を感じて意識を手放すことになる。
最期の最期で珍しいことを経験した。あの世にいる仲間たちにいい土産話となるだろう。仲間を失った悲しみ、仇を打つことが出来なかったという己の無力を嘆き胸を割くような激しい痛みも、これで最後だと思うと死ぬことも不思議と怖くはなかった。
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