第54話 オガ蔵Ⅰ

 そのオーガは強大な力を有するレッド・オーガが支配する村に産まれた。


 オーガと言う種族は誇り高いモンスターであり、オーガの村の近くにゴブリンが住処を築くということもまれにではあるが存在するほどに、弱者を不用意に殺すことを好まないとさえ言われている。


 その村を率いるレッド・オーガはとりわけ寛大で慈悲深い性格であり、村に住まうオーガは皆そのリーダーを尊崇していた。


 オーガもまたそのレッド・オーガを村の長として、そして何よりも血を分けた実の兄として大いに尊敬していた。


 兄であるレッド・オーガは亜種として産まれながらにオーガとは比べ物にならない強靭な肉体を有していたが、そんな優秀な兄を持つ弟オーガは平均程度の肉体しか有していなかった。


 尊敬している兄とはいえ幼少の頃より常に比べられてきたオーガには種として超えられない壁があることは嫌と言うほどに理解していたが、それでも同じ父母を持つ身からすれば劣等感を覚えずにはいられなかった。


 肉体の差、そして戦闘経験の差などを含めあらゆる視点から見ても直接的な戦闘においては決して適うことはできそうにない。だからオーガは別の道で研鑽を積み、その道で兄を越そうと考えた。


 それが斥候や偵察など情報収集に関する面だった。


 しかしオーガと言う種は個人の武を重んじる種族であるため、そういった裏方の仕事、そして頭を使うコトに関する関心度が低く、村の仲間からも理解されることはほとんどなかった。


 果たしてこの分野で研鑽を積んでも良いのだろうか。迷いを感じていたオーガの背中を押してくれたのが兄であるレッド・オーガであった。


『俺ニハオ前ガ極メヨウトシテイル分野ノ才覚ハナイカラナ。ソノママ腕ヲ磨イテクレレバ村ノ防衛ト発展ニモ役立ツダロウ。オ前ノヨウニ他者トハ違ウ視点ヲ持ツ優秀ナ弟ガイテ頼モシイゾ』


 出来ることやり、伸ばせる分野を我武者羅に伸ばす。そうして徐々に頭角を現したオーガは狩猟や採取などで徐々に頭角を現していき、兄には及ばないものの村の中でもそれなりに発言力を得ていくことになる。


 そんな己の努力が周りから認められ充実した日常はある日突然終わりを告げた。村が冒険者に襲撃され、長であるレッド・オーガも凶刃に倒れてしまったのだ。


 その時オーガは狩猟の仕事をするため森の中に入っていた。


 ふと空を見上げると村の方からモウモウと煙が立ち上る様子を見て、尋常ならざる問題が発生したと判断して即座に狩りを中止して村へと戻る。


 そうして村に辿りついたオーガの目の前には信じがたい……いや、信じたくない凄惨な光景が広がっていた。


「……ん?おーい!アッチに1匹撃ち漏らしたヤツがいるぞ!」


「うわっ、マジかよ。って、あそこはカーマインの担当じゃん。責任取ってオメェがケリをつけろよな」


「ったく、メンドくせーな。『ファイアーボール』!」


 死屍累々と横たわる村の仲間たち。全身からおびただし量の血液が流れ出ている様子から息がない事は一目瞭然だ。そんな目の前に広がる光景が信じがたく、茫然自失となっていたオーガに巨大な火球が飛翔する。


 反応の遅れたオーガは回避することも防御の姿勢を取ることもできぬまま一瞬にして業火に包まれ、全身襲う痛みに耐えられるはずもなく、たまらず膝から地面に崩れ落ちた。


「うっし、これで殲滅完了だな。あとは討伐の証としてコイツの角をギルドに提出すりゃあ終わりだ」


 リーダーと思しき男の足元に転がる、見覚えのある赤く太い大きな角。何度も何度もあの角の持つ主に憧れ、追いつけぬまでも背中を託してもらえるまでに信頼を勝ち取った。


「転がってるオーガの死体はどうする?角だけでも回収しとくか?」


「面倒だから俺はパス。後でギルドに場所を知らせときゃあ多少の手間賃は取られるが素材の売却代金の大部分は貰えるだろ」


「だな。それにしてもレッド・オーガってわりには案外あっけなかったな。ブラウンの作戦がこうも上手くいくとは驚きだぜ」


「全くだ。オーガのガキを人質にとって『レッド・オーガの首を差し出せばガキは解放する』って交渉するって言いだしたときは失敗するって思ったんだがな、こうも簡単にいくとは拍子抜けだ」


「拍子抜けって言うか、馬鹿正直に自死したレッド・オーガを見たときゃ腹かかえて笑っちまいそうになるのをこらえる方が大変だったぜ。約束なんて守るわきゃねぇのにな」


「ギャハハハハッ!守るも守らんも、すでにガキどもは全員ヤっちまってるから守りようがなかったってのによォ。周りのオーガも『何故約束ヲ守ラナイ!』って言うだけだ。レッド・オーガも自死する前にガキどもの安否を確認すりゃ多少は結果が変わったかもしれねぇのにさ」


「自分らのリーダーが死んじまって、まとまった抵抗ができなかったんだから仕方ねぇさ。それよりも今日は報酬も入ることだしパ~っと派手にいっちゃいますか!」


 火球をぶつけたオーガの生死を確認することなく、冒険者一行は軽い足取りで村を後にした。


 直撃した火球の威力を考えれば並みのオーガであれば確かに命を刈り取るには十分ではあったが、そのオーガは兄であるレッド・オーガに少しでも追いつくために研鑽を重ねたオーガであったため命を長らえていただけに留まらず、動くことは出来ないまでも意識をつないでいたことで冒険者の会話は全てオーガの耳に届いていた。しかし冒険者が去ったことで緊張の糸が切れ、いつの間にか気を失っていた。

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