第56話 オガ蔵Ⅲ

「————オガ蔵殿、如何ナサレタ?」


「……イヤ、何デモナイ。少シ昔ノコトヲ思イ出シテイタノデナ。アノ日、マスタート出会エタ幸運ヲ噛ミシメテイタノダ」


 同じ主に仕えているゴブリン・アサシンのゴブ忍の声によってオガ蔵はボンヤリとしていた意識が覚醒し、我に返った。


 ゴブリン・アサシンは討伐難度で言えばCランクと平均的な冒険者程度の力しかない、オガ蔵から見て決して強いとは言い難いモンスターではあるのだが、ゴブ忍は隠密能力を徹底的に鍛えることで、環境さえ整えば格上であるBランクのモンスターとも互角に戦えるだけの力をつけている。


 マスターの力による『合成』をすれば上位の種族であるゴブリン・ジェネラルに進化が可能なほどにレベルアップを果たしているが、ジェネラル種に進化してしまえば直接的な戦闘力は大きく向上するもこれまで鍛え続けてきた隠密能力が大きく減退するため、進化を拒み今のアサシン種のままで居続けているらしい。


 一度手合わせをしたとき、その優れた隠密の技で痛い目を見たオガ蔵はゴブ忍の能力を高く評価している。


 しかしそんな高い技術を有している一方で、ダンジョンの外で生き抜く術に関しては無知に近かった。そのため今回の遠征の最中も、オガ蔵の持つ食べらる野草や傷の治療に役立つ薬草、火の付け方や罠の張り方などの野外での活動に必要となる知識を教えることで信頼関係が深まっていた。


 恐らくは今回の遠征の最中、ゴブ忍たちにこうした情報を教示することもマスターの目的に含まれているのだろう。部下というものは上司の思考を察し、言葉にする前から動くことが必要だというのがオガ蔵の考えだ。


「アノ日ノコトデスネ。マサカアノ時ノオーガト共ニ戦ウコトニナルトハ思ッテモイマセンデシタナ」


「ソレハ俺トテ同ジコトダ。ダガ、コウシテ同ジ主ニ共ニ仕エテイル。何トモ不思議ナ関係ダナ」


 マスターの力によってオガ蔵は冒険者につけられた傷の完治はおろか、レッド・オーガという強く強靭な新しい肉体を手に入れることができた。


 余程の好条件さえ整わなければ決して敵わないと諦めの気持ちすらあった復讐も、このまま順調に成長していけば不可能と言い難くなり、目的が少しづつ近づきつつある今の生活を充実した気持ちで過ごすことが出来ている。


 これもすべては偉大なマスターのおかげだ。いつもいつもオガ蔵の忠義に過分すぎるほどの報酬を与えてくれる。これほどまでに仕え甲斐のある主はいないだろうとオガ蔵は確信していた。


「デ、アリマスナ。ソレデ、次ニ襲撃スル予定ノ開拓村ナノデスガ……」


 つい先ほどまで偵察に出ていたゴブ忍の続く言葉に意識を集中しようとした瞬間、オガ蔵達の傍らで姿を隠していたクロの分身体からの『念話』が届いた。


『マスターがそろそろ戻って来いって言っているっス。遠征は無事にダンジョンに帰ってくるまでが遠征、最後まで気を抜かず任務を遂行されたし、とのことっス!』


『了解シタ。マスターニハ次ノ村ヲ襲イ、我ラガ北ニ向カッテ逃ゲタヨウニ見セカケル工作ヲ施シタ後、人目ニ触レヌヨウ遠回リヲシテ帰還スルト伝エテ下サイ』


『了解っス~あっ!お土産はキチンと用意するっスよ!』


 『念話』がプツリと消えた後、オガ蔵は仮の拠点に蓄えていた山と積まれていた金銭を眺める。


「フム、クロ様ヘノオ土産トヤラハ金銭ダケデハ不十分カモシレンナ」


「デ、アリマスナ。マスターハ、オ喜ビニナラレルデショウガ、アノ方ハ金ヨリモ物ヲ望ンデオラレル。最後ニ襲撃スル村ハ予定ヲ変エ、元B級冒険者ガ私銭ヲ投ジテ買イ集メタ家畜ガ多数飼育サレイルトコロニシマセヌカ?ソノ中カラ何匹カ盗ミ、クロ様ヘノ土産トシマショウ」


「良イ意見ダ。牛ヤ豚ナレバ連レテイクノハ困難デアルガ、鶏デアレバ持チ運ブコトモ、ソレホド難シクハナイダロウカラナ。マスターデアレバ、旨ク調理シテクレルハズダ」


 オガ蔵は壮行会で用意された美食の数々を思い出す。


 どれもこれもが初めて見るような素晴らしい料理であり、当の本人は『お湯を入れただけ』とか『レンチンしただけ』と謎の言葉で謙遜していたが、村にいた頃では想像することが出来ないほどの美味であった。


 肉は単に焼くだけでも十分な美味しさがあるが、マスターの手にかかればさらに素晴らしい肉料理へと変貌するに違いない。ほおが緩み、涎が零れ落ちてしまいそうになる表情を何とか抑え込み、オガ蔵はこれから襲撃する村の情報をゴブ忍から聞き出すことで抜かりなく作戦を練ることとした。

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