第48話 エルザレム公爵
「————それではカスガイ様。本日の買い取り代金である金貨280枚です。ご確認下さい」
「いえいえ、アングラッド商会を信用していますので大丈夫ですよ。それよりもヤーコブ様に支払う手数料の金貨56枚をお届け願いますか?」
「分かりました。後で係りの者に届けるようにと伝えておきます」
アングラッド商会の商談室でクリボッタといつもの取引を終わらせ、商談が無事に成立した安心感もあってゆっくりとお茶を飲む。そして軽く雑談をするような調子で情報収集がてら話を振ることにした。
「最近の調子はどうですか?」
「まずまず、といったところでしょうか。カスガイ様から仕入れた商品は王都で飛ぶように売れていますが、王国北部のエルザレム公爵が自領から産出されるミスリルに高額な関税をかけてしまいましてね。買い控えをする貴族の方もいらっしゃるようで」
ミスリルといえばマナの伝導率が高く硬度もあるため武器はもちろん生活に欠かせない魔道具なんかの素材としても重宝されている。そのため軍事面はもちろんのこと、社会面や文化面であっても国の発展には欠かせない重要な素材であるとクロに聞いたことがある。
そこに高い関税をかけられては王国の民全体の生活に大きな被害を及ぼすと言っても過言ではないだろう。
「この件について国王陛下はなんと?」
「今のところは何も発表がありません。ミスリルを産出しているのは公爵領だけではありませんからね。ですが公爵領にある鉱山が王国で最も多くのミスリルを産出しているのは事実ですので、近いうちにミスリルの値が上がると予想されています」
「なるほど。ではアングラッド商会でもミスリルを買いだめされているのですか?」
「ミスリルを日常的に使う職人ギルドの目もありますのであまり大っぴらには出来ませんがね。資本力に余裕があって、職人ギルドに睨まれても屁とも思わない王都の大商会ほど露骨には出来ませんよ」
どこか伺うような視線を向けて来るクリボッタ。話の流れからオレにミスリルを用意できないか?と聞いているのだろう。
出来るかできないかと問われれば出来なくはない。もちろん≪等価交換≫で購入できるのは前世の世界にあった物品のみであり、マナによって性質の変換した金属であるミスリルを用意することは出来ない。
だが『ダンジョンコア』であれば話は別だ。
ポイント交換でミスリルのようなこの世界特有の貴金属やら希少素材を生み出すことも可能であり、多くのダンジョンマスターは人間をダンジョンに招き入れるための餌として利用している。
つまりダンジョンマスターであるオレもまたミスリルを用意することは可能ではあるのだが、正直言ってミスリルはかなり高いのでアングラッド商会に多少割高で売ったとしても利益率はたかが知れている。
異世界産の産物を売った方が遥かに利益率は良いので、進んでい売りたいものではないという事だ。
「用意できなくはないですが、かなり割高になってしまいます」
「いえいえ、ミスリルなどの希少金属は国によって厳重に管理されているので多少なりとも用意できると分かり少しばかり安堵できました。もしもの時はよろしくお願いします」
深々と頭を下げるクリボッタ。自分の親世代よりも上の年代の人に頭を下げられるというのはどうにも落ち着かないが、今のオレは帝国に深く根を張る巨大シンジケートのエージェント(設定)だ。
鷹揚に頷いて反応を返し、そもそもの疑問を問うてみることにする。
「自分は遠方の出身ですので王国の内情に関してあまり知らないのですが、エルザレム公爵はなぜミスリルに関税をかけられたのかご存じですか?」
「ミスリル鉱山が枯渇している……というのが表向きの発表ではありますが、実際には王国からの独立を目指しているからだという噂がまことしやかにささやかに囁かれています」
「王国からの独立。ですが一公爵の反旗など王国が一丸となれば鎮圧することはそれほど難しくは……なるほど、裏に他国の影がある、ということですか」
「ええ。大貴族と言う立場を利用して王国を内部から混乱させることで国力を低下させ、他国からの侵略があれば侵略する他国と通じて王国を内から食い尽くす。弱小貴族であれば輸出入などを規制して簡単に力を奪うこともできますが、公爵領には食料も資源も人口も全て揃っていますからね。……まあ、あくまでも噂ではありますがね」
力なく笑うクリボッタ。
帝国は皇帝にすべての権力が集中する一極集中型の政治体形であり、王国は国王をトップに据えてはいるが重要な決定事項などは多数の力ある貴族による合議制によって決をとる政治体形で成り立っている。
帝国の在り方は皇帝が1度でも間違った選択を取れば国を揺るがしかねないほどの損失を被る可能性もあるというデメリットがあるが、迅速に政策が実行されるというメリットがあり、王国の在り方は1度の失政で国を揺るがすほどの損失を被ることはないというメリットはあるが、何事を決めるにも時間がかかってしまうというデメリットがある。
今の王国の一貴族の目に余る行動はそういった力ある貴族に権力を与えすぎた、つまり合議制によるデメリットと言えるだろう。王国の民なら腹立たしいことこの上ないが、オレの立場からすれば迎合すべき楽しい状況だ。
件のエルザレム公爵にはもっともっと頑張ってもらい、この調子で戦争の火種を一生懸命灯し続けてもらいたいな。
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