第49話 ガルム連峰に眠る黎き竜王
「そう言えば酒場で小耳にはさんだ話なのですが、町の北方にある開拓村がレッド・オーガに襲撃されたと聞きましたが?」
「カスガイ様も耳にされましたか。私も兵士が駐屯していないような小さな村がいくつか襲われたと聞いています。もっとも被害は家畜である牛や鶏が食べられたというものばかりで、人間が襲われたという情報はないようですよ」
オガ蔵はオレの出した任務の意図をきちんとくんでくれているようだ。
人権意識が弱い世界とは言え領民に人的被害が出てしまえば領主も襲撃犯であるモンスターの討伐を本気で行わなければならないが、被害が家畜のみであれば動きが消極的になるに違いない。
実際クリボッタさんの口調からすると討伐隊や冒険者が派遣されることもなさそうである。オガ蔵にはもう少し騒ぎを大きくしてもらい、北側に人間に視線を向けるよう動いてもらってからダンジョンに戻ってもらうことにしよう。
「で、ありますか。こういった町と町を行き来するような商売をしていますと、どうしてもそういった荒事を気にしてしまいましてね。己の肝の小ささが嫌になってしまいます」
「いやいや、蛮勇であるよりも遥かに素晴らしいと言えるでしょう。もっとも、カスガイ様ほどの実力者であればオーガなど歯牙にもかけぬのではありませんか?」
色々とあったことでクリボッタのオレに対する評価はかなり高い。ぶっちゃけると今のオレ強さではレッド・オーガの足元にも及ばないのだが、否定するのもアレなのでニヤリと笑ってやり過ごす。
そんなオレの表情をどう受け取ったのかは分からないがクリボッタのゴクリというツバを呑む音が聞こえた。
「――――そ、そう言えば、件のレッド・オーガはガルム連峰から来たという情報を耳にしましたね」
「ガルム連峰、ですか?」
「ええ。襲撃のあったエリアのさらに北側に聳え立つ連峰のことです。深い山脈に囲われており、冒険者ギルドをもってしても未開の地も多くあり、人の手が及ばないことで強力なモンスターが多数跋扈しているそうですよ」
「なるほど。そこに住んでいたレッド・オーガが住処を追われて山を下りて来た、と考えるのが自然という事ですか。ですがどうしてそんな危険な場所を冒険者は調査をしないのですか?強力なモンスターの素材は高く売れます。それを目当てに腕の立つ冒険者が押し寄せてもおかしくはないと思うのですが」
「実はあの地には太古に封印された黎き竜王が眠っているという話がこの町では昔から語られていましてね。騒ぎを起こしては竜王を目覚めさせてしまうのではないかと警戒して……」
「なるほど、だとすれば納得です。――――ああ、だからこの辺りで王国と帝国で国境が別れているという事ですか?」
「ご明察の通りです。何がきっかけで竜王が目覚めるか分からない以上、軍事的な動きはどうしても消極的になってしまいます。無論太古から伝わる昔話ですので正確なコトは一般人である私には分かりませんがね」
「それでも、わざわざそんなキナ臭い噂のある地域でわざわざ騒ぎを起こさなくてもと、両国の上層部が考えていると想像することは容易ですものね」
「今回のように山からモンスターが降りて来て村を襲うという話も昔からあるにはあったのですが、それは本当に珍しいことでして。基本的にはあの山の中で生態系が完結しているので、人の住む場所にモンスターが姿を現すのはかなり久しぶりの出来事なのですよ」
知りたかった情報も手に入ったし、カップの中のお茶もなくなったのでお暇することにしよう。
その旨を伝えるとわざわざ店の正面玄関まで送り届けてくれたクリボッタはかなり几帳面な性格であると見た。
「そうそう、言い忘れていましたが次回の取引では帝国金貨を何枚か混ぜて代金をいただけますか?」
「了解しました」
何か複雑な理由があるのだろうかとクリボッタは考えていることだろうが、ハッキリいって複雑な理由など欠片もない。
今までは王国金貨を≪等価交換≫で売却して残高に変えていたが、もしかしたら帝国金貨だとその売却価格が変わるかもしれないと思い、念のために別の金貨を混ぜてもらうように頼んだわけだ。
王国金貨と帝国金貨の交換比率は1:1。もし価格に変化があるのであれば、次回以降は高い方で代金を貰おうと思っているのだが……まあ、多分変わらないだろうな。
それでも気になったことを色々と試して行けば、その知識や経験が活きる時が来るかもしれないからな。失敗を恐れず、挑戦することこそが重要なのだ。
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