第35話 塩の行商
安宿で素泊まりして翌朝。昨日の夜、酒場でザックリとした情報を集めた後に≪等価交換≫で購入した金になりそうな物を持って、この町でもそこそこ名の通る商店に顔を出した。
「————ふむふむ、塩の買い取りですか。失礼ですがカスガイ様はこの辺りでの商売は初めてとお聞きしましたが?」
応対に出てくれたのは恰幅の良いおじさんだった。品の良い衣装に身を包み、流石はそれなりに名の取った店で責任ある立場を任されているだけはあると納得のいくデキる男の雰囲気を纏っている。
「ええ。自分は東方にある小さな島国出身でしてね。王国や帝国だけでなく、見聞を広めるために色々と見て回っています」
「その過程で塩の売買をされていると?」
「塩は腐らないですからね。おまけにヒトが生きるためには絶対に必要な物。海沿いの町で安く購入し内陸の町に持って行けば、大きく稼ぐことは出来ずとも確実に利ザヤを得ることができますから」
「なるほど、お若いのに堅実な商売を心がけていらっしゃるようだ」
「単に肝が小さいだけですよ。苦労して運んだ商品で利益が銅貨1枚とかだと、心が押しつぶされてしまいそうになりますから」
「ほほほ……借金で身を崩すまでそれが分からない商売人に比べれば遥かに素晴らしいと言えましょうな。さて、では早速件の塩を見せていただいてもよろしいですかな?」
近くの雑貨店で買ったどこにでもありそうな麻の袋に詰め替えた、伯〇の塩を取り出した。
キロ単価1,000円ぐらいのこの塩がコッチの世界でどれほどの価値を有するのか、期待と不安が入り混じる。
麻袋から検品用の皿の上に塩を出して片眼鏡のようなものをスッとかけると、さきほどの朗らかの会話の時には見せなかった、買取責任者としての鋭さを増した眼で検品を始めた。
「————ふむ、混じり物は一切なし。これは珍しい、粒子の大きさがほとんど均一ですな。失礼、この塩をドコで購入されたのですか?」
「すみません、それは企業秘密ということで」
「いえいえ、商売人が仕入れ先を秘密にしておきたい気持ちはよく分かります。不躾な質問をしてしまい申し訳ありません」
「謝罪を受け入れます」
≪等価交換≫で手に入れた、と馬鹿正直に言えるはずもないからな。それにしても検品をする眼差しが真剣過ぎてかなり怖い。
もちろん塩の売買に関して一切の不正をしたわけでもないんだけどな。何も悪いことをしていないが、学校の先生に『お前、何か悪いことをしたんじゃないだろうな!』と詰められているような気分だ。
「……ふう、カスガイ様はかなり良い流通ルートを確保しているようだ。それで買い取り価格ですが1キロあたり銀貨1枚でどうですかな?」
小売り業では原価率が大体5~7割ぐらいが相場だとニュースか何かで見た記憶がある。
先ほど雑貨店で見かけた塩の売値よりも幾分か割高に感じるな。それだけ品質が良いと判断してくれたのだろう。
「ええ、その金額で問題ありません」
商談成立の証としてか、差し出された手を握り返す。持ってきていた塩25キロを渡すと、買取価格である金貨2枚と銀貨5枚を渡された。
「よい取引ができました。今後この塩を仕入れられた時も、是非わがザンペルツ商会をご利用ください」
「ええ、よろしくお願いします。……つかぬことをお伺いしますが、昨日酒場で近ごろこの辺りで人が行方不明になる、なんて噂を耳にしたのですが何か詳しい話を知りませんか?」
「まぁこの辺りでは昔からよくある話ですよ。借金が返せなくなった、人から恨みを買ってしまった。犯罪に手を染めてしまった、人間関係が嫌になった。そういった様々な理由でヒトは生き場所を失い、新天地を求めて旅に出る。特にこの辺りは国境の近くにありますからな、別の国に行きさえすれば過去のしがらみと簡単に決別できると思っているのでしょう」
「ふむふむ」
「冒険者パーティーが行方不明になったとの噂もありますが、どうやらリーダーがパーティーを抜ける抜けないでイザコザがあったと聞き及んでいます。恐らくは依頼先でちょっとしたアクシデントがあり、それが原因で仲間内で言い争いになってしまいつい手が出てしまって……そんなところではないでしょうか」
「なるほど。いや、実は何か悪いモンスターが跋扈しているのではないかと恐々としてしましてね。その話を聞けて安心しました」
今度こそ本当のお別れとしてお辞儀をして店を出た。
ふむ、店員の対応も良かったしこちらの質問にも丁寧に答えてくれた。この町を襲撃することになったとしても、この店だけは見逃してやることにしよう。
ザンペルツ商会で塩を売却した後も、適当に何件か回って塩を売って回ったが買取価格はどこも似たり寄ったりだった。
店員の対応が一番良かっただったのがザンペルツ商会で、一番クソだったのがこの町で一番大きな店を構えているアングラッド商会だった。
店員の態度も行商人に扮するオレを終始下に見ている態度があからさまであり、 デカい店に勤めている=自分も偉い、と勘違いしちゃうタイプの気位の高い店員だった。
オマケに塩の買取価格も他店とくらべて1割ほど割安だった。
もう2度とこの店を利用しない……と言いたいが、この町に来た本来の目的は金を得ることではなく、あくまでもオレに都合のよいトラブルを起こすことにある。
それを考えれば、明らかに何か問題を起こしてくれそうなこういった店の方が何かしらの利用価値があると考えても良いんじゃないかな。
とりあえず金貨12枚という大金を懐に入れ、今後のことも考えて雑貨店を中心にいろいろと見て回ることにした。
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