第36話 協力者
この町で物を売った時、一番利益率が高くなったであろうものは塩ではなく砂糖だった。
コッチの世界でも砂糖は嗜好品として富裕層を中心に需要が高く、オマケに砂糖の原料となる植物がこの近辺では生育しないという背景も相まって、同じ重さの金に匹敵すると言えないまでもかなりの高値で取引されている。
ではなぜ砂糖を売らずに塩を売ったのか。
それはポッと出のオレが、そんな貴重な品を大量に売れば目を付けられる可能性が高いと考えたためだ。
もちろん今後この町に一切合切寄り付かないのであれば、たった一度の取引で莫大な利益を得るという選択肢もあっただろう。
しかしダンジョン最寄りのこの町は今後とも情報収集などでお世話になる可能性も十分に考えられるため、おいそれとそんな向こう見ずな作戦を取れるはずもなかったというわけだ。
だが、砂糖を売却することで得られるであろう莫大な利益を簡単に諦めきれるわけもなし。どこか遠い場所に砂糖を売りに行ってくれる協力者でもいれば話は別なんだがな。
信頼のできないヒトに砂糖を売りに行ってくれと頼んだとしても、間違いなく現物だけを持ち逃げされるだろう。必要なのは信頼出来て確実にコチラを裏切らない協力者だ。
例えるなら相手の生殺与奪の権利をオレが完全に握っている、奴隷とかが上げられるだろう。しかし自分で商談も出来て長い旅路を自衛もできる、そんな素晴らしい奴隷を今の財力で買えるわけがない。
後は所謂『表』ではなく『裏』のルートで売るって方法もあるんだろうけど、そんなツテがあるわけもないからな。はぁ……町に来たと言っても欲しいものが増えるばかりだ。
まあ、今回の商談でここの商店とわずかながらも繋がりができた。何度か足を運び信頼を得ていけば、高級品である砂糖を売ったとしても怪しまれないようにもなるだろう。
そのための布石を打ったと考えれば、今回の取引では塩の売却益以上の何かを得たと考えることもできるか。
悪だくみもそこそこに情報収集に戻るか――――ん?何やらざわめきのような物を感じるな。
屋台の兄さんも客寄せの声を小さくし、遊んでいた子供は近くにいる親に手を引かれて動きを止める。近くで井戸端会議をしているオバちゃん集団も会議がいったん中止しており、その視線の先には身なりの良い服装に身を包んだガラの悪そうな兄ちゃんがいた。
その兄ちゃんは肩で風を切りながら近くの少し高そうな酒場へと入り、周囲から安堵ともとれる声が漏れ聞こえてきた。
彼は一体何者だ?何か騒ぎを起こしてくれそうなレーダーがビンビンに作動している。
ひとまずは情報収集だな。お話し好きそうな、近くにいたオバちゃん集団から話を聞くことにしよう。
「すみません。自分は行商をしている者なのですがあの方は一体……?」
「一人で行商をやっているのかい?若いのにスゴイわねぇ。でもあの人と仲良くするってのはあまりオススメでしないわよ?」
「あの人は領主様の次男、ヤーコブ様さね。後継ぎである兄君と違ってあまり良い噂を聞いたことがないお方さ」
「この間も税を持って来た村の村長から馬を取り上げて野山を駆けまわっていたそうよ?おまけに馬にケガを負わせて村長も帰るに帰れなくなったとか」
「あ~あったあった!あの時は確か兄君のカスパル様が私費で損失分を補填されて事なきを得たらしいけど領主様は激怒されて勘当するとまで口にされたとか」
「それもカスパル様が何とか穏便にってことでお怒りを鎮めなさったけど、あんなヤツ庇う価値なんてこれっぽっちもないって言うのにね!」
「全くよ、カスパル様が慈悲深い御方だからって甘え過ぎなのよねぇ。でもカスパル様が後継ぎで本当に良かったわぁ。あんなのが長兄だったらこの町は近いうちに無くなっていたでしょうからね」
流石は雑談好きの集団と言ったところか。知りたい情報を聞き出せたのでさっさと退去しようと思ったが、どうもタイミングがつかめずしばらくの間捕まってしまった。
おかげで知りたいとも思わないような話まで聞いてしまったが、目的を達成できたことで良とする。
優秀な兄と、何かにつけて比べられる落ちこぼれで性格の悪い弟か。優秀な兄弟を持つが故に何かと比べられてしまい、グレてしまったというよくあるパターンだな。
この町に住んでいる人からすれば悩みの種と言えるが、オレからすれば最も欲しかった情報———つまりはトラブルの種の1つと言えるだろう。
仮にオレのダンジョンが発見されたとしたら、その前線基地として選ばれるのはこの町であることは間違いない。
その時にヤーコブにコッソリと働きかけることでこの町で問題を引き起こせば、事件解決に人手が取られ、冒険者を迎え撃つ時間を稼ぐことができるかもしれない。
性格が悪いと聞いているので少々気は進まないが、ヤーコブと友誼を結びに行くとするか。これも自分が少しでも生き残るためには必要な仕事だと割り切ろう。
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