第24話 ゴブリンによる襲撃

 鍋の中にあったカレーという料理は最後の1滴に至るまでとても美味しかった。


 ワジンは食べなれているからと1皿で満足していたので、残ったカレーをヨルグたちで仲良く分けて食べたのでかなり満足するだけの量を食べることができた。ヨルグたちは満腹によってせり出したお腹を幸せそうに優しく撫でる。


「お前ぇ、商人つったケドこんな旨い料理作れるなら料理人になった方が大成すんじゃねぇのか?」


「いやいや、ワタシの料理の腕なんて素人に毛が生えたようなものですよ。すべてはこのカレーパウダーのおかげ。冒険者である皆様方にお伺いしますが、このパウダーこの辺りで売れると思いますか?」


「その粉を入れりゃあ、さっきの味をいつでも楽しめるってことか?だったら間違いなく売れるだろうぜ。なあ、お前らもそう思うだろ?」


「そうだな。価格がどれほどのものかは分からないから一概に売れるとは言い切れんが、俺たちにタダで食べさせたということはそれほど高価でもないのだろ?で、あるならば売れると判断してもいいだろうな」


 ヨルグも同意するように頷くと、ワジンは満足したように笑顔を返す。


 腹が膨れれば饒舌になるというもの。しばらくは他愛のない雑談に興じる。意外なことにヨルグたちのしている地味な仕事である調査依頼のことに関して興味を示していたが、この辺りのことを知ろうとしているのだと考えればおかしい行動ではないだろう。


 そうして話ははずみ、夜も深くなりかけたところでそろそろ夜番をたてて眠ろうかとしていたところ、またしても何かの気配を感じ取ったヨルグが武器を取り周囲を警戒する。


 そのただならぬ様子に少し弛緩した空気になりつつあったマカロたちも剣を取り、周囲の警戒を始めた。


 しばらくすると草をかき分けるような複数の音が聞こえはじめ、目をこらすとその先にいたものは―――――


「赤・ゴブリンだとっ!?」

「まさか、こんなところに!」

「……ザっと見ただけで赤ゴブが4、普通のゴブが8、か……」


 この周辺に赤・ゴブリンがいたという情報はなく、おそらくは遠方から流れてきた流浪のゴブリンの集団なのだろう。それが人間の気配を察知して襲い掛かってきた、とみるべきだ。


「ワ、ワタシは戦力的に期待しないでいただきたい……ですが、赤・ゴブリン1体程度でしたら足止めをしてみますよ」


 先ほど調理に使った大きな鍋と蓋を手に持ち、おびえた表情ではあったが戦う意思を見せるワジン。商人とはいえ、遠路はるばる旅をしてきただけあってそれなりに肝は据わっているのだろう。


「助かる、今は少しでも戦力は欲しいところだからな。とりあえずの作戦は、あのリーダーと思われるデカい赤ゴブを俺が速攻で仕留めるから、お前らは他の赤ゴブを押さえててくれ」


「了解だ!ワジン、そんな不安そうな顔をしなさんな。ヨルグは1人で赤ゴブを何体も倒したことがある猛者なんだぜ?お前が赤ゴブを1体でも押さえてくれてりゃコッチの勝利は確定したもんだ!」


「そ、それは心強い……!皆様、頑張ってください!!」


 赤・ゴブリンたちは警戒することなくヨルグたちと距離を詰める。


 ゴブリンの亜種と言っても赤・ゴブリンたちの知性はそれほど高くなく、目に見えるほどの圧倒的な実力差でもなければゴブリンというモンスターは敵のことを警戒しない。


 だからこそヨルグたちも安心して戦えるというもの。


 まずはマカロが速射で他の赤・ゴブリンの注意を引き、盾を構えたサウロンが突出してゴブリンの注意を引く。その間に一番大きな赤・ゴブリンの前にヨルグが立ちふさがった。


「お前の相手はこの俺だっ!」


 ゴブリンに人間の言葉が通じているとは思わないが、威勢の良い声をあげれば少なくとも後方にいる仲間たちを鼓舞することにはつながるだろう。


 ヨルグの後方に回ろうとしていた赤・ゴブリンの1体をワジンが鍋を盾にして抑え込もうと必死になって戦っている。武器を持っていない彼がどこまで持つかは分からないが、防御に徹していればそれなりに時間を稼いでくれそうな悪くない動きであった。


 他のゴブリンは仲間が押さえてくれている。自分の役目は目の前の赤・ゴブリンを一秒でも早く倒し仲間の加勢に加わること。


 ヨルグは落ち着いて剣を構え赤・ゴブリンを見据えた。ゴブリンらしく、構えもクソもない雑な身のこなしであるが、腕力だけはかなりのものだ。


 赤・ゴブリンは手に持つ剣を大きく振りかぶり、腕力にものを言わせた大上段から剣を振り下ろす。ヨルグは赤・ゴブリンの攻撃を受け流すべく剣を斜めに構えた。


 全力で振るった攻撃を受け流されれば大きな隙ができる。これは人間のみならずゴブリンのような人型のモンスターにも当てはまることであり、かつて戦った赤・ゴブリンも、こうして生みだした隙を突くことで勝利を収めることができたのだ。


 今回も同じように赤・ゴブリンの攻撃を受け流しバランスを崩した瞬間に反撃に出る――――はずだった。


 赤・ゴブリンが振り下ろした斬撃はヨルグの想定よりも遥かに軽く、ヨルグがそのことに疑念を抱くよりも先に赤・ゴブリンは瞬時に剣を引き、ヨルグの胴体に向けて突き出したのだ。


 知能の低いとされる赤・ゴブリンが剣戟の最中に『フェイント』という技術を用いたのだ。そのようなことをするとは想定していなかったヨルグの回避行動は後手に回ってしまい、わずかに体を逸らすことは出来たものの皮鎧の隙間に突き立てられた剣はヨルグに小さくない傷をつけた。

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