第23話 カレー
そんなヨルグたちのパーティーが最後の依頼として決めたのが『周辺地理の調査』だったのは、ヨルグが最後にこの地をもっとよく見て周りたいという欲望にかられたためであった。
ザイドベルトのパーティーメンバー全員がCランクである。実力者揃いのパーティーであれば都市を跨いで高難度の依頼を受領することは珍しくはない。
そうなれば次にいつこの街に戻ってこれるか分からないと考え、最後の依頼でヨルグはこの街の周辺の情景ををしっかりと自分の脳裏に焼き付けておきたいと思ったのだ。
「―――――今日はこんなもんで良いだろ」
「だな。さっさと夜営の準備を終わらせてメシにしようや」
「うむ。こんな退屈な依頼だと食事ぐらいしか楽しみが無いからな」
「食事を楽しむ、ねぇ。お前ってホントすげぇよな、あんな味気ない保存食を喜んで食えるんだからな。その才能を少しは分けてもらいたいぜ」
「村にいた頃だと食事を抜かれるなんてザラだったからな。それに比べりゃ、こうして腹が満たせる量のメシを食えるだけも感謝しなきゃならん」
「ははっ……違ェねぇ」
雑談を交えながらもテントの設営や薪の準備は着々と進み、カバンから保存食を取り出そうとしたタイミングで不意にヨルグが周囲の警戒を始め、少し遅れて何かの気配を感じたマカロとサウロンも準備の手を止めた。
しばらくするとガサガサという草をかき分ける無遠慮な音が聞こえ始め、1人の青年がヨルグたちの前に姿を現した。
「おおっ!よ、ようやく人に会えた…!!」
「……何モンだ、おめぇ」
「ワタシは極東の島国から来たワジンと言います。お恥ずかしながら道に迷ってしまいましてね。よろしければ今晩ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ワジンと名乗る青年は大きな荷物を背負っており、かなりくたびれた様子でヨルグたちに伺いを立てる。
こんな街道から離れた場所にいるワジンを訝しむ気持ちもあるが、例えばワジンが野盗か何かの一味であったとしても、こんな辺鄙な場所で網を張るというのも納得しがたい話である。
疑念の気持ちを抱きつつもヨルグたちは許可をする旨を伝えて自分たちも軽く自己紹介をすると、ワジンは火の近くに腰を下ろし、重そうな荷物を足元に置くとようやく人心地ついたとばかりに饒舌に語り始めた。
「いや~ホントに参りましたよ。まさかチョットした近道のつもりがこんな大事になってしまうなんて。おっと、よろしければここがどの辺りなのか教えてもらってもいいですか?」
ワジンは懐から年季の入った地図を取り出すとヨルグに対して場所を聞く。
確かにワジンの『道に迷った』という言が真であればそのような行動も腑に落ちるというもの。ヨルグは少し警戒し過ぎたかと自重しつつも、初対面の相手を信用することはできないと思い直す。
「ありがとうございます。……見たところ皆様方ご夕食はまだのご様子。先程のお礼も兼ねて、よろしければワタシが皆様の分までおつくりしましょうか?」
「ホントか?それは助かるぜ」
いの一番に声を上げたのはサウロンであった。
保存食は長期間にわたって可食が可能とするために貴重な塩や砂糖を大量に使用している場合が多い。そのため比較的高価なことが多く、できることならあまり消費したくないというのが冒険者たちにとっての本音である。
「お任せを。じつは故郷を遠く離れ、この辺りに来たのはとある調味料を売りにきたからでしてね。皆さまの忌憚のないご意見をお聞かせいただければそれに勝る喜びはありません」
ワジンは水の張った鍋を火にかけ小さく切った野菜を放り込む。十分に火が通ったタイミングで陶器製の壺を取りだし、その中に入っていた見慣れない茶色い粉を鍋の中に入れた。
「ワジン、それはなんだ?」
「こいつは『カレーパウダー』と言いましてね。複数のスパイスを調合したもので、ワタシの故郷では国民食とさえ言われるほどの『カレー』という料理の大事な調味料ですよ」
確かに『カレーパウダー』を入れた直後から周囲にはスパイスの良い匂いが漂い始め、空腹であったヨルグたちの胃袋を刺激する。
「ヨルグさん、申し訳ないのですがワタシのカバンから皿とパンをだしてくれませんかね」
ワジンの言葉にカレーの匂いによってトリップしかけていた意識が覚醒し、カバンから皿を取りだしてワジンに渡す。
それに並々とカレーを注いだワジンはヨルグに配膳を頼むと渡してきた。その言葉を聞いて、ヨルグの中にあったわずかばかりに残っていた警戒心を完全にといた。
仮にワジンにヨルグたちを害する意思があるのなら、この食事に毒などを混入させるというのがセオリーだ。しかし配膳をしたのはヨルグであり、ワジンが自分の皿にだけ毒を盛らないなんて芸当は不可能であると判断したためだ。
「さあ、それでは召し上がって下さい」
ワジンの言葉を聞くや否や、サウロンは皿の中身に飛びついて感嘆の声を漏らした。
「う……うんめーーーッ!」
「これは……食べたことがない料理だ。だがとても旨いぞ!!」
「確かに。まさかこんな場所で、これほど旨いものが食べられるとはな…!!」
「喜んでいただけたようで幸いです」
ワジンもまた自分が作った料理をパクパクと食べていたので、ヨルグは少し警戒しすぎたと思わず自嘲した。
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