第25話 構え
「き……気をつけろっ!コイツら普通のゴブリンじゃねぇぞっ!!」
ヨルグは傷の痛みをこらえながら、バックステップをして赤・ゴブリンと距離を取り、大きな声で仲間に対して注意喚起をした。しかしそれはあまりにも遅すぎる警告であった。
本来なら盾を持つサウロンが敵の注意を引きつけて、マカロが安全な後方から弓を放って支援する。そうしてヨルグが1体ずつ敵を確実に屠っていくというのが彼らの戦いのセオリーであった。
しかし今回のゴブリンは明らかに他のゴブリンとは異なった動きをしており、盾をもつサウロンを最低限のゴブリンで押さえ、木の板を張り合わせた簡素な盾を用いて後方にいるマカロとの距離を詰めて弓による援護を妨害していたのだ。
「な、なんだコイツら……戦いづらいっ!」
「こ、こいつらちょこまかと……!!」
単純な腕力ではマカロたちの方が上である。しかしゴブリンたちは人間よりも小柄という特性をうまく使って立ち回り、数にものを言わせて着実にマカロたちに手傷を負わせていく。
「だ、だれか……え、援護を……!!」
ワジンが相手にしているのは赤・ゴブリン1匹であるが、腕力が拮抗しているのか先ほどからあまり動きはない。サウロンたちの援護は難しいだろうが、彼がこの場にいて少しでも敵戦力を削いでくれることはありがたい。
「すまんワジン、コッチも余裕がないんだ!しばらくは1人で頑張ってくれ!!」
虚を突かれはしたが、まだ負けると確定したわけではない。確かに傷は痛むが致命傷になりうるほどの大きな傷ではなかったからだ。脳裏にチラリと『撤退』の二文字が浮かぶも、夜目の利くゴブリンと夜道の逃避行を繰り広げても、手傷を負った状態では逃げ切れる見込みは限りなく低いだろう。
ならば光源となる焚火の近くで、決死の覚悟でこの場で戦う方が生き残る可能性が高いはずだ。この先は油断せずに戦う。そうすれば負けることはないはずだ。そしてこのリーダーを倒せば他のゴブリンたちの戦意を挫き、ちりぢりになって逃げだすはずだ。
そう自分を鼓舞して気合を入れ、赤・ゴブリンと向き合った。
しかし今度は赤・ゴブリンは先ほどの野蛮な動きとは全く違う、知性を感じさせるような動きを見せた。
「ゴブリンが構えた……だと?」
あくまでも形だけであり、その構えにあった戦法を取るはずがない。
ヨルグはそう自分に言い聞かせ、赤・ゴブリンに向けて剣を振るった。そして数合打ち合ったことで、ヨルグは目の前の赤・ゴブリンがしっかりと剣の鍛錬を積んでいるということを思い知ることになる。
正眼は攻防ともにバランスのとれた構えである。無理な突撃すれば赤ゴブリンは落ち着いてカウンターを狙い、慎重に距離を詰め腕力の勝る自分に有利な鍔迫り合いに持ち込むと、無理せず後退すると同時にヨルグの防具に守られていない剣を持つ手を狙った。
そんな理にかなった基本的な動きだけでなく、時には金的を狙ったり足の甲を踏みつけようとするなど油断できない動きによってヨルグは終始押されっぱなしであった。
(まさか、初手は俺を油断させるために構えなかったのか?……だとすればコイツはとんでもなく知性の高いゴブリンだ!初手の傷がなかったとしても楽に勝てる相手じゃなかったぞ!?)
そして戦いの天秤は着実にゴブリンたちの方に傾いて行く。確かに赤・ゴブリンの動きも並々ならぬものを感じるが、それ以上にヨルグの身体に力が入らなくなっていったのだ。
(なん……だ、これは……体が、重く……まさか、武器に毒でも仕込まれてたのか……?)
見ればヨルグだけでなくマカロたちも動きにいつもの機敏さが感じられなくなっている。終始防御に徹しているためかワジンの動きにはまだ余裕がありそうだったが、ヨルグの勘が正しければ彼も次第に動けなくなるはずだ。
(このままでは全員殺される……そうなる前に……!!)
乾坤一擲とばかりにヨルグは必殺の連撃を繰り出した。しかしその攻撃も赤・ゴブリンには地面を転がるという他のモンスターでは見られないトリッキーな動きで悠々と躱されてしまい、起き上がると同時にいつのまにか拾っていた砂を使って目つぶしを試みたのだ。
それはまるで熟練の冒険者のような、生きるための戦いを熟知したような戦い方だ。
何とか目つぶしを回避することに成功するも、連撃によって息の上がったヨルグに赤・ゴブリンの攻撃を躱し続けるだけの気力も体力は残されていなかった。
ヨルグが弱っていることで油断してくれればまだ勝機があったかもしれないが、赤・ゴブリンは最後まで気を抜くことなく、そして息の上がったヨルグの体力を奪うよう巧みに立ち回り、いよいよ腕の一本すら持ち上げられるほどにまで疲弊したヨルグの意識を刈り取った。
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