憧れの先輩と秘密の変身

「お願い、一日だけでいいの!助けてほしいんだ!」


先輩の真剣な声が耳に響く。


目の前には、憧れの存在である桜井先輩。


長い髪をかき上げ、少し焦った表情で僕を見つめている。


普段は完璧でクールな先輩のこんな顔、初めて見る。


「手伝うって、具体的に何をするんですか?」そう尋ねながら、内心の鼓動が速くなる。


「実は…今度のイベントでモデルが一人足りなくて。急にキャンセルされちゃったんだ。でも、どうしても成功させたいの!」


「僕が…モデル?」


「そう。でも条件があってね。出るのは女装モデルなの。頼めるのはもう君しかいないんだよ…」


その言葉に、頭の中が真っ白になった。


女装?それは冗談だろうか。


しかし、先輩の真剣な目を見ていると、とても断れる雰囲気ではない。


数日後、指定されたスタジオに向かった僕は、完全に女性用の服やアクセサリーが揃った控室に案内された。


そこには桜井先輩がいて、満面の笑みを浮かべていた。


「来てくれてありがとう、ほんとに助かる!」


「…これ、本当に僕が着るんですか?」


「もちろん。大丈夫、絶対似合うよ。私が責任持って仕上げるから!」


そう言われて椅子に座らされると、先輩が手際よく準備を始めた。


ヘアセット、メイク、そして衣装。普段見慣れた自分の姿がどんどん変わっていく。


「なんだか不思議な気分ですね…」


鏡越しに話しかけると、先輩は笑いながら言った。


「こういうの、初めてでしょ?でも変身するのって楽しいよね。君、肌も綺麗だし、目元が可愛いから絶対映えると思ってた!」


そんな言葉に、少し恥ずかしさを覚えながらも、次第に緊張が和らいでいった。


いざ撮影が始まると、最初はぎこちなく動く僕に、先輩が細かく指示を出してくれた。


「もう少し肩の力を抜いて。そうそう、笑顔で!」


「でも、僕こんな格好で…」


「大丈夫、すごく綺麗だよ。自信を持って!」


その声に励まされながら、少しずつポーズを取ることに慣れていった。


カメラマンやスタッフたちも驚いたような顔をしていたが、好意的な言葉をかけてくれる。


「本当に初めて?信じられないくらい上手だね!」


そんな中、桜井先輩の視線が僕に向けられるたび、胸の中が熱くなるのを感じた。


撮影が終わり、控室に戻った僕は、大きなため息をついた。


疲れたけれど、不思議と充実感があった。


「本当にありがとう!君のおかげで大成功だよ!」


先輩が笑顔で近づいてきた。


その笑顔を見ると、断れなかったことが正解だったと思えた。


「僕なんかで本当に良かったんですか?」


「もちろん。正直、最初はどうなるか不安だったけど、予想以上だったよ。それに…」


先輩は少し照れたように言葉を続けた。「君、すごく可愛かったよ。本当に女の子みたいで、びっくりしちゃった。」


その言葉に、顔が赤くなるのが自分でもわかった。


「でも、変な気分ですね。僕がこんな格好をするなんて…」


「ふふ、意外と似合ってたから、また機会があったらお願いしちゃおうかな?」


「それはちょっと…」


先輩の冗談交じりの言葉に困惑しながらも、どこか嬉しい気持ちがあった。


控室を出て帰る道すがら、ふと先輩の言葉を思い出す。「君、すごく可愛かったよ。」


その言葉が頭から離れない。


女装して、普段とは違う自分になって、先輩に褒められて…心のどこかで、それを喜んでいる自分がいることに気づいてしまった。


「あの時間だけは特別だったんだな…」


また会える日は来るだろうか。


次に会うときは、先輩にもっと素直に気持ちを伝えられるようにしたい。


そんなことを思いながら、僕はそっと笑みを浮かべた。

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