第5話 年上を敬えが口癖の年上は敬えない
神企画なんてのは大抵、既出の劣化である。作:神室四季
いやほんと、どうしたものか。
「ちょっと兄貴、考え事なら部屋でしてよ」
「いやぁ、この階段のスペースが妙に心地よくてな」
薄暗い木造二階建ての中でも、とりわけ陰気な場所。
二階から一階へと降りたい妹を
いや、鎮座している。
「邪魔だから、どいて」
「飛び越えろ、女バス部。部活をサボり気味なお前への練習メニューだ」
「私が転落して怪我したら、お父さんにガン詰めされるのは兄貴だよ」
最近、無駄に弁が立ってきた妹が、俺の背中を見下ろしてジト目を向けてくる。
ブルッと身震い。やれやれ。
「親父のゲンコツは脳みそ飛び出るからな。お題を変えよう」
さて、どんな試練をふっかけてやろうか。
「この状況、RPGなら衛兵に銭を払う場面だな」
「またカメダで散財したの?」
「必要経費だ。……今回は特に」
「ふ~ん。十円ならあげるけど」
「十円は貴重だぞ。それでうまし棒買え」
「十六円だよ、今」
「物価高もそこまできたか……」
「やばいよね」
「ところで今日はプリンの口なんだよ。冷蔵庫のプリン食べていいか?」
「じゃあ、等価交換ね。兄貴のアイス食べていいなら」
「ゴリゴリくん? それともダッツ?」
「ダッツ」
「ちっ、どくよ。どけばいいんだろ。俺の楽しみを奪うな」
よっこらせと立ち上がり、妹にケツをぺんぺん叩かれながら階段を下りる。
俺は馬じゃないぞ。
ちょっと小腹が空いたので、その足でリビングへ。
「部屋に戻りなよ。
「爆睡こいてやがるんだ、あいつ。人様のベッドで」
図太さと眠りの深さに定評がある
「起こしたら?」
「あいつの寝起きの悪さを知ってるだろ?」
「ノーコメントで、てへっ」
「てへっじゃない。うへっだ。……はぁ。ダッツで機嫌を取るか」
「そこでゴリゴリくんを差し出さない兄貴は立派だよ」
言うな。
二個で三百円のアイスを買うなら――
一番安いアイスと一番高いアイスを買った方が同じ値段でもお得な気がした。
でも俺が実際に摂取できる幸せは、どうやら四十円分(スーパー価格)しかないらしい。
ゴリゴリくんも美味しいけどね。
……まあ、今日はいい。
他にも良いことがあったから。
ちょうど三十分ほど前、藤咲から電話がかかってきたのだ。
カメダ珈琲で連絡先を交換してから少し時間は経っていたが――ふらっと俺の様子を見に来た従姉に部屋を占拠され、げんなりしているタイミングでの連絡だった。
『コラボOKだったよ』
「ま、マジか? 今ノリに乗ってる『ぶいねくすと!』様の許可が下りたのか?」
『いやさ、それがちょっと異例な感じで』
「異例?」
『うん、マネージャーにカムロストの名前出したらさ』
「うむ」
『絶対にコラボしなさいって逆に念押されちゃって』
「ん? どういうことだ?」
『えとね、『Lost』に再び嵐がやってくるとか、よくわからないことも言ってたかな』
「そのマネージャーさん、よくわかってるじゃないか」
『ん? どういうこと?』
「お前が期待されてるってことだよ」
『ごめん、文脈が飛びすぎてちょっとよくわからない』
「ふっ。最高の企画を考えてやるから、首洗って待っとけ」
『く、首洗うって……どういう企画――』
そこで通話は途切れた。てか、俺が切った。
ネタバレは厳禁。
企画内容を伝えた時の藤咲、いや杏仁白腐のリアクションも欲しいからな。
アイディアなら無数にある。
けど、その中から最高の一つをチョイスしなければならない。
「時間との勝負だな……」
右手にスプーンとダッツ、左手にゴリゴリくんを持って、二階へ上がる。
「おい起きろ、瑞穂」
「ぐごぁっ」
「……いびきで返事すな」
「ん~、なんや~?」
自室のベッドでぐーすか腹を出して寝てる従姉を叩き起こす。
ゴリゴリくんの冷気をまとった袋で、太ももをペチペチ。
俺なら、つめひゃっと跳ね起きるレベルなのに、この女にはまったく効かない。
「話があるんだよ。大事な」
「~ん、はなし~……? そら……かまへんけど、四季……」
「なんだ」
「瑞穂ねぇやろがッ、ごるぁあッ!!」
――うお、今かよ。
半分寝てたくせに、『姉』が抜けていたことには気づいたらしい。
一拍どころか三拍くらい遅れてキレられた。
たかが一年の差で、そのプライドはなんなんだ。
「お、落ち着け。ダッツを持ってきたんだ。食べるか?」
「もらうわ~、ふぁぁ。バニラかぁ?」
「バニラ、バニラ」
欠伸をかきながらあぐらをかく瑞穂に、ダッツとスプーンを渡す。
「今日のとこはこれで堪忍したるけど、年上のことはちゃんと敬うんやで」
「敬うところゼロなのが姉に瑕だよな」
「山田君、座布団一枚! って、ぜんぜんうまないで、自分」
まったく、この従姉だけは……
もろ関西人って感じがして、正直かなり苦手だ。
きょうび京都生まれ京都育ちの若者は、みんな標準語も話せるのに。
先輩後輩年上年下にうるさいとか、昭和平成かよ。
見た目が悪けりゃ、完全にアウトなタイプ……
というか、見た目に関してもアウトな要素多いのに、なぜかセーフなタイプ。
ダボTにゴムのショーパンという、全力でだらけた服装。
ツインテールに結んだ髪には、派手な寝ぐせが炸裂中。
――にもかかわらず、去年のミス洛宝に選ばれた。
三年D組。みやこの敬え系ミスグランプリ――こと、
「んで、話ってのは?」
「エディター目線の意見を聞きたくてさ」
ゴリゴリ君の袋を破きつつ、なるべく軽いノリで切り出す。
深刻ぶると、こいつはすぐ茶化してくるからな。
「へえ、やっと本気で動画やる気になったん? 感動するわ」
「いや、俺はメインじゃない。コラボすることになったんだ」
「白雪か? それとも千夏か? 二股はあかんで」
「違う。あの二人じゃない」
「ほな、誰よ?」
「瑞穂が知ってるかどうかはわからないけど、杏仁白腐」
「ホンマに? 知ってるも何も、あっこれは禁則事項やったわ」
「それ……ほぼ言ってるようなもんだろ」
「禁則事項は禁則事項や」
「柑橘ライムと愛ちゃんねるだけじゃなく、杏仁白腐の編集も請け負ったのか?」
「四季がそう思うなら、うちは否定せぇへんけどな?」
ご想像にお任せします風ではあるけど、答え出ちゃってるからね。
この従姉、ぶいすとから正式に編集業務を委託されてる、プロのエディター。
プラスアルファ、俺の動画の編集は親戚割りでただで請け負ってくれている、そこだけ最高の従姉。
「なら、話は早いか」
「ちょい待ち!」
「おい、スプーンで人を指すなよ」
あぁ……、溶けたバニラアイスの飛沫が俺のベッドに。
「コラボすんのは四季の自由やけどなぁ」
「なんだよ、含みのある言い方して」
「あんた、また引き立て役に徹する気かぁ?」
しゃくっとゴリゴリくんを齧りながら、当然とばかりに頷く。
うーん、ソーダ味うまし。
「気に入らへんなぁ。おいしいところ全部、他人に回すっちゅうんは」
「アシストに徹して俺の動画が伸びないなら、それも含めて俺の実力だ」
「ネガティブな方面に思考をフル回転すな。白雪をプロデュースした功績も含めて、うちはもうちょい、あんたが称えられてもええストリーマーやと思っとるで」
「いいんだよ、俺は、それで。真の目的は――『Lost』の布教なんだから」
「でたっ、ロス教」
「誉め言葉だ。……で、瑞穂はどう思うよ。シロたそのポテンシャル」
ぱくっとアイスをはんだ瑞穂はスプーンをくわえたまま、んーっと長考タイム。
見せ場をいかに面白く調理するか、そこに特化してるプロ編集者の意見は貴重だ。
「ぜろひゃくやな」
スプーンの先端がキラリと俺に向く。
「あんたの企画は、良くも悪くも人の本性を炙り出すさかいな。シロちゃんが不満漏らし始めたら最悪炎上、理不尽な状況でも楽しそうにやってたら、逆にバズる可能性もあるんとちゃうか? まあ、白雪みたいに冷酷無慈悲な氷属性に覚醒するパターンもあるかもしれへんけど」
「氷と炎は間にあってるからなぁ……できれば光属性を伸ばしたい」
「ほな、もうあれしかないやろ――」
――奇遇だな、俺もさっきそこに思い至ったんだよ。
てか、アイスの汁、飛ばすなって。
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