第6話 現実サイドの下準備

『はいどうも、杏仁あんにん白腐シロップです!』

「Come to Lost!! 消えろじゃないよ、ロストに来いだよ。どうも、カムロストです」


『はい、というわけで――今回はなんと! コラボ実況です! 『Lost』公認チャンネルのカムロストさんと、コラボすることになりました~! パチパチパチパチ!』


「えー、ここまで全部、台本です」

『えっ、それバラしちゃう⁉』

「いやね、シロたそ」

『ん~? なんだい、カムロ君』


「今さ、サーバー内の全プレイヤーから俺たち狙われてるから、前説いったん打ち切っていい?」

『え? どういう――』

「耳を澄ませてみてくれ」

『ん~……ドカンドカン鳴ってるね~』


「はい、それ我々の拠点がロケランでぶち抜かれてる音ですね」

『う、嘘ぉ!? おととい、配信に備えて夜通しで建てたばっかの拠点が――⁉』

「そーゆー裏話はナシナシ。ほら、窓の外を見てごらんなさい」


︰www

︰やっぱカムロだわ

︰シロたそ、この人確信犯です

︰ロストの癌(良い意味で)

︰神コラボすぎて漏れた

︰杏ちゃんのチャンネル登録が増えるかはお前にかかってるぞ


 うるさいぞコメ欄古参ども、あっ……投げ銭あざーっす。


『いやな予感しかしないけど、どれどれ――ぐへっ』


 ――ヘッドショット。

 ばたりと倒れる藤咲、もとい、シロたそ。


︰ぐへっwwwwwwwww

︰死亡確認

︰即死芸覚えさすなw

︰過去、柑橘ライムを闇堕ちさせたカムロのお家芸


「はい、スナイパーもスタンバイ済みのようですね」

『いやいや笑いごとじゃないよ⁉ わたしがインしてない間に何したの~⁉』


「ということで、今回の企画は――」


 ――とまあ、予定通り、杏仁白腐とのコラボ実況は成立した。

 問題はなぜ俺たちがサーバー内の全プレイヤーから命を狙われる羽目になったのかだ。


 いやホント、入念に準備しましたよ、もろもろ。

 ――ひとまず、話は一週間前にさかのぼる。



  ◇



 素晴らしき出会いに感謝しつつ、企画を詰め始めた四月十一日。

 から、早くも十日が経ち、四月二十一日。


 クラスメイトが、まさかの推しの中の人だった。

 そのわりに、我が青春は思ってたほどドラマチックでもない。


 現実なんて、だいたいそんなもんだ。


 両片思いだの、じれったいラブコメだの――ラノベ的青春は大体ファンタジー。

 欲しいものがすぐ手に入る家庭環境なんてのも、今どき少数派だし。


 バイトもせず休日に好きな子といちゃつきながらお菓子食ってゲームしてるような主人公は、もれなく転生特典つきだと思ってる。


 ――青春は、もう捨てた。

 すべてを『Lost』に捧げると、決めた。

 だからこそ、このチャンスだけは逃したくなかった。


 コラボが決まってからというもの、授業中もバイト中も、俺の脳内はずっと『Lost』でフル回転。


 ――「バズる」なんて運だろ、と同世代の連中は言う。

 だったら、その確率を上げてやればいい。俺ならそう考える。


『全プレイヤーを敵に回して、推しと一緒にサーバーの天下を獲る』


 ……そんなとち狂った企画のために、俺は今、現実サイドの下準備に追われていた。


「新人くん、17番、サーモンハラスときのこのクリームね~」

「はいっ」

「それ運んだら、休憩入っていいよ。まかない、何にするか考えといて」

「ありがとうございます」

「かむろ~! こっち、ヘルプぅ!」

「今行く!」


 茹でる音、炒める音、広告なしのASMR。

 焦った呼びかけに、シンクの中の食器が打楽器代わり。

 キッチン全体が、ちぐはぐな協奏曲を奏でている。


 京滋バイパスの近くにあるファミレス、『ジョニーパスタ』。

 店内はお孫さんを連れた、お年寄りが多い。

 平日とはいえ、金曜は十七時を回ると、そこそこ混む。


「ったくよー、あの店長だけは……」

「どうした旬、また愚痴か?」


 菅原すがわらしゅん。他校の同い。

 染めた髪にパーマかけた、イマドキ風の雰囲気イケメン。


「愚痴っつうか、ムカつくっつうか。人には『休むときは代わり探せ』とか言うくせに、自分が熱出したら丸投げで休むって、どうよ」

「店長ってのは、そういう生き物なんだよ。俺も昔、クランのリーダーやってたとき、ファームは全部メンバー任せだったし」


「ファーム? 前のバイトの話か?」

「そういうことにしといてくれ」

「へー。にしても、今日で十連勤だろ? マジ助かるわ」

GWゴールデンウィーク、まるっと休む予定だからな。今のうちに稼いどかないと」


「……なるほど。で、コレとデートか?」


 鉄板プレートを棚から取りながら、小指をピンと立てる旬。

 お前それ、昭和のおっさんのジェスチャーだぞ。


「違う。スキン代とかPCのメンテ費とか。てか、俺みたいな陰キャつかまえて、そういう皮肉言ってると、バチが当たるぞ」

「神室は陰って感じしないけどな」

「たわけ」


 俺は、ハッキリと言い切る。


「陽か陰を決めるのはあくまで自分だ。本当は陰気なのに無理して陽キャやってるヤツ、見たことねーか?」

「……あー、いるいる」

「そいつはきっと、『陽の中の陰』だ。アウェイで無理に盛り上げ役やるより、『陰の中の陽』に留まってる方が、本当は居心地がいいはずなんだ。鶏口けいこう牛後ぎゅうごってやつな」


 もちろん、俺は陰の中の陰。


「でもさ、やっぱ陽じゃねーと彼女できねーって」

「じゃあ、日本で一番女抱いてそうな政治家、思い浮かべてみろ」

「……」

「顔面に深い陰あるだろ?」


 黙る旬に俺は笑いかけ、フライパンを火から下ろす。


「ま、要するに中途半端が一番ダメってことだ」

「勉強はダメだ……俺はオシャレ方面で頑張るわ」

「オサレて。将来は、チャラい美容師か」


「神室せんぱぁい」

「なに、どしたの、小梅ちゃん」


 ホールスタッフの佐原さわら小梅こうめが、困り眉で駆け寄ってくる。


 うちの高校の一年。つまりは後輩。

 ピンクのインナーカラーに、テンション高めの話し方。

 ギャル属性強めで、俺の苦手なタイプだ。

 にこにこ話しかけてくれるし、ボディータッチもそこそこ多い。


 けど、その手のスキンシップはギャルの社交スキルの一種。

 うっかり勘違いなんてしたら、次の日にはガールズトークのネタだ。


 気をつけろ、俺。


「なんかぁ、17番テーブルのお客さまが、暑いから冷房いれてほしーって」

「冷房? まだ春だぞ。頭大丈夫か、その客。お冷顔に塗っとけって、話だよな」


「やばい。ウケる」

「俺が対応するよ。軽くガツンとな」


 サービスで。


 冷たいアイスティーでもいかが? 

 で機嫌を取るファミレスの小技だ。


 飲み放題についてるドリンクだし、一杯くらいならタダでクレーマーに振舞ってもいい。


 店長はいないし、新人くんのまかないは作らなきゃだし――今日は忙しい。


「せんぱい、待って」

「ん?」

「今日、バイト終わったら……ごはんでもどーかなーって。いつもお世話になってるんで」

「あー、ごめん、無理。帰ってやること山積みで」

「……そっかー、了解でーす。また誘いまーす」


「……神室、俺はたまにお前を羨ましく思うよ」


 どのへんがだよ。


「俺がおすすめした『Lost』やってみろよ、旬。世界が変わるぞ」


 隣の芝生は青いという。

 どこが青く映ったのかもさっぱりだが。


 俺の芝生は除草剤撒いて、火まで点けたレベルで真っ黒です。

 


 ◇


 

 4/21(金):バイト後に杏仁白腐のアーカイブを視聴

 4/22(土):一日中『Lost』

 4/23(日):ほぼ一日中『Lost』(昼に藤咲とご飯に行った)


「神室君って、カメダ好きだね」

「いい感じに学生が少ないからな。スタバとかドールは苦手なんだ」

「あ~、でもそれちょっとわかるかも。キラキラしてる人多いと、緊張しちゃうよね」

「緊張? なんで」

「え? なんか、場違い感、みたいな?」

「あー、俺のはそういうのじゃない。ペラペラな会話耳に入ってくると殺意が芽生えるんだ。人種が違うんだろうな、多分。今手元にC4があったらとか考えちゃうし」


「それ、テロリストの思考だよ?」

「ははは。で、コラボの日時なんだけど」


 4/24(月):悪質行為ルーフキャンプ用の拠点を建てるため資材集め

 4/25(火):一人じゃ無理、橘と千夏に協力要請


「あのぉ、お二人に話がありまして」

「話しかけて来ないでって言ったわよね?」

「あたしらも鬼じゃねーけどよ、お前にゃプライドってもんがねーのか?」

「面目ない」

「どうせコラボしてくださいってお願いでしょ?」

「ま、あたしはオーケーだぜ。姫はもうロキとは話したくもないらしーけど」

「誰もそこまでは言ってないわよ。話しかけないでと話したくないは、イコールじゃないし」

「いやそれ、ほぼ同義だと思う。ま、コラボの方はいいんだ。もうコラボする相手見つかったから」


「「??」」


「おかげさまで、シロたそとのコラボが決まりました」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあッ⁉」」

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