第3話 推しとクラスメイトは別物 上

 藤咲ふじさきあんず

 進級一発目の自己紹介タイムで『趣味はゲーム全般』と宣った、将来が心配なクラスメイト。


 スマホ、コンシューマ(プレステやスイッチ)、PC……

 FPS、王道RPG、サンドボックス、ソウルライク……


 この世に現存する、ありとあらゆるゲームに精通してなければ――全般、なんて言葉はまず喉から出てこないはずだ。


 それらを踏まえて導き出される答えは――一途になれない女。

 あるいは疑わしきは罰せよ系プレアイドル(※詳しくは後述)。


 夫婦の寝室に男を連れ込んじゃうタイプか。

 はたまた咄嗟にキャラを盛っちゃうタイプか。


 どちらにせよ、あの自己紹介から明るい未来を想像するのは、俺みたいな闇落ち男の主観ではかなわない。

 大分失礼な妄想を爆走させているが、俺なりの根拠もある。


 こずるいのは、その見た目だ。


 こげ茶のボブに、のほほんとした顔。目元の泣きぼくろが妙に艶っぽい。

 スタイルもまあまあで、『中の上と上の下の間』くらいの容姿。


 とまあ、全国の女子から総叩きにあいそうな分析まで完了済。


 レベルは高い。でも手が届きそうなギリギリのラインで踏みとどまってくれている感じが、逆に男どもの競争心に火をつけている説、ここに爆誕。


 クラスで地味に人気を獲得しつつある――銀の卵プレアイドル……


 と、もうかれこれ三周くらい人道を外れた妄想(自覚はある)を展開しているので、そろそろ現実に戻ろうと思う。


「うーむ……杏仁あんにん白腐シロップにも、負けず劣らずのしたたかさだな」


 教室の一角。

 氷姫vs熱血娘の仁義なきマウント合戦が展開されている、その反対側。

 頬杖をついて一人のほほんと黒板を眺める藤咲は、それはそれで変な女だった。


「ゲーム全般って言ってたし……ワンチャン『Lost』も。いや、ないか。ないな」


 許せ、サスケ。じゃなくて、藤咲。

 リアルを直視したくない俺の弱さが生んだ、幻想を。


「ファームは最長で十時間ぶっ通しだったかしら?」

あめあめぇ、あたしなんて二十四時間だかんな!」


 まだ意地の張り合いしてるよ、こいつら。


「へぇ。二十四時間。私はあの男と二十七時間ルーフキャンプして海外キッズを狩りまくったけど」


 それと、トラップベースな。

 橘さんって可愛いよな、とか言ってる男どもはミス橘の本性を知らないのだ。こいつがショットガンタレットでキルログ荒らして、ゲラゲラ爆笑してる女だってことを。


「それをゆうなら、あたしは中世イベんときにロキと全拠点をレイドして回ったけどな。破城槌で」


 ――拳で、みたいなノリやめ。

 つうか、その槌を修理する上金集め回ったの俺だからね。やれ四連クロスボウよこせ、やれ槍でドアキャンプをしてこい、無邪気に人をパシってきた千夏さんぱねえっす。


「なぁ、姫。なんでお前は、いちいち張り合ってくるんだ?」

「愛宕さんこそ、どうでもいいことに固執してない?」


「……ねえ、君たち、そろそろ休戦しない?」


 これ以上は鼬ごっこな気がするので、睨み合う二人の脇から口を挟む。


「ちぇっ」

「ふんっ」


「俺のためにありがとな、二人とも。でも、もういいんだ」


 さ、平和的解決といこうじゃないか。

 青キジと赤犬の間に挟まれている黄猿って、こんな気持ちだったのかな。

 なんて。

 なんなら俺、『Lost』やりすぎて海外勢から『黄色い猿』って言われ慣れてるし。


「俺、ソロで頑張ることにしたから」


「私たちに声をかけておいて、その落とし所はちょっとサブすぎない……?」

「そうだそうだ、そんな熱意が足りない男に育てた覚えはねーぞ、あたしは」


 もうやめましょうよ。時間がもったいない(泣)


「だってお前ら、無駄にこじらせるじゃん」


「……」

「……」


「俺はさ、ひたむきに『Lost』やってた頃のお前らともう一度パーティが組みたかったんだよ。……けど、あの頃の二人は、もういないんだなって思った」


 年月は人を変えるというが、こうまで変わり果てた二人を正直見たくはなかった。


「しょうみ今、本気で『Lost』を愛してる配信者は、俺と杏仁白腐くらいだと思う」


「……あ、杏仁? なんですって……?」

「なんでシロの名前が出てくんだよー!」


「お前らの事務所の後輩だろ? あの子、直近の俺の最推しなんだよ」


「さい?」

「おし?」

「そうそう」


 ――あっ! 

 いいことを思いついたぞ。


「で、ものは相談なんだけど、なんとかシロたそに繋げてもらうことって」


 刹那、空気がピンと張りつめた。

 橘の目元が氷柱のようにすうっと冷えて、千夏のポニテがメラメラと炎みたく揺れる。


「あたし、用事思い出したから帰るわ。じゃーな」

「私も。明日から話しかけてこないでね、四季君」


「お、おい、まだ話は終わって――」


 ついてくんな(×2)と言わんばかりに、ぴしゃんとドアが閉まった。


 ……心のドアも一緒に、ってか。なんだよ、薄情なやつらだな。

 事務所が絡むからって、そそくさと逃げ出さなくてもいいだろ。


 昨今の『ぶいねくすとっ!』はV以外のストリーマーも加入してごたごたしてるって噂だし、俺みたいな底辺を相手してる暇はないってのは、わかるよ。

 わかるけどさ……俺だって一応、『Lost』公認配信者なんだぞ。


 まあ、登録者ギリ一万の末席だけど。


 はぁ。とりつく島もないとは、まさしくこのこと。


「ったく、邪険にしやがってあの女ども……」

「女性、って言った方がいいと思うよ。今の時代」


 ちっ。ポリコレ警察のお出ましか。

 ……いや、それにしては口ぶりが柔らかい。

 諭すでも責めるでもない、ただ空気を和らげるためだけの声だった。


 その和やかな響きは、背後から静かに届いた。


「なんだ、お前か。もう黒板と睨めっこするのはやめたのか?」


 振り返ると、藤咲が立っていた。

 のほほん顔をキープして、こっちを見ている。


「えーと、あ、うん。一応はじめまして、だよね? わたしたち」


「お前、去年何組?」

「一年のときも、A組だったよ」


 いたっけか、こいつ。


「奇遇だな。俺もそうなんだよ。影薄くてごめんな」

「ち、ちがっ、そうじゃなくて……! 面と向かって、ちゃんと話すのが、はじめてって意味で……!」


 おっ、わかりやすくテンパってる。

 したたかな女だと思いきや、案外繊細なのか?


「意外に神経質なんだな、お前」

「意外?」


「ああ。アホ二人がバチバチやってたのに、平然と座ってたじゃん。あの時点で、お前以外の連中は蜘蛛の子散らすみたいに逃げてったぞ」


「うーん……逃げ遅れただけかも? でへへ」


 ぽわーっとした笑顔で、よくわからない言い訳をする藤咲。

 多分この女、どこまでもマイペースだ。


「それに、ほら、ちょっと興味深い話してたし」

「はぁん? どのへんが?」

「話題はひとつだったと思うけど。んー、『Lost』の話、かな」


「――藤咲、お前『Lost』を知ってんのか⁉」

「ち、近い近い。落ち着いて」


 これが落ち着いてられるかってんだ。

 俺の中では、世界三大ニュースの一角に食い込んでくる朗報だ。


 クラスで『Lost』を知ってるやつ、0人説、ここに散る。


 GG。



 ◇



 後になって思えば、この会話が導火線だった。


 まだ名前の売れていないVtuberのひたむきさが、名だたる猛者たちを集結させるだなんて――このときの俺は、まだ知る由もなかったのだ。

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